乃木繭子 本のある風景など。http://twitter.com/komayuko


by mayukoism
カレンダー
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31

生活のつづきの場所

ビニール傘ごしに見る町はいつも冬みたいだ。

退館時刻ぎりぎりまで仕事をし、雨の夜、自転車を飛ばして帰宅。
玄関で、傘をとじないままメールを打つ。
冷えた腿がぬるまったので、ぬれた服を勢いよく脱いでみる。
あー、部屋にひとりっていい。

『働きながら書く人の文章教室』(小関智弘/岩波新書)をいただいて、
読んでいる。
これは文学だと思う。
文学になりたかったことを思い出している。

無職で小説を書くことは考えていなかった。
かと言って仕事に力を注ぐつもりもなかった。
アルバイトしていた書店で、請われてそのまま社員になった。
本に触れていればたのしかった。
郊外の、中規模の書店だったので、それほどしばりもなくて楽だったが、
結局、その書店にいる間に書いた小説はひとつもない。
書店は、社員になってから5年経って倒産した。
それからも小説は書いていない。

漠然と書きたい気持ちが短歌に会った。
ひとつの歌に小説ひとつ分くらいの熱をこめた。
熱だけで詠んでいた。



ぼくたちの遠さを言葉で語らないために今すぐ虹、直立せよ(2004)



短歌をやめて、生活に向き合うようになった。
想像の国を旅するのもいいけれど、現実の町もわるくないのだと
思えるようになっていた。
人と会うことを覚えた。
知らない人とふたりで会うなどして、自分のことをいかに話すかを覚えた。
小説を書いていなくても、歌を詠んでいなくても、たいていの人はわたしの
話に耳をかたむけてくれた。
これにはおどろいた。
現実の町とはかくもやさしいものか。

やさしかったのでうれしくて、文学になりたかったことを
少し忘れていた。
というより忘れよう、と思って少しだけ忘れた。
小説だとか短歌だとか一行詩だとか俳句だとか、
かたちを模索しているうちにわからなくなっていたのだが、
いただいた『働きながら書く人の文章教室』を読んでいて、
題名から想像していた内容とまったくちがい、読み始めてすぐ
夢中になってページを繰るうちに、目の前をぱちん、ぱちんと
はたかれている感じがした。
ああ、文学になりたいなと思った。

呪文をとなえて別人になる魔法でもなく、
高みから見下ろして旗を立てるようなものでもなく、
熱だけでいためつけるのでもなく、
たとえばビニール傘の内側で、残高の少なさを不安に思いながら、
そういえばドトールをド、と略したのがまるでブ、みたいで
おかしかったと少し笑う、そういう生活のつづきの場所で、
ふかく文学になりたいと思う。

まだ途中までしか読んでいないけれど、この本には生活の一場面として、
「文学」が切実に存在する。
[PR]
# by mayukoism | 2008-06-03 02:04 | 本のこと