乃木繭子 本のある風景など。http://twitter.com/komayuko


by mayukoism
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<   2012年 04月 ( 3 )   > この月の画像一覧

あずま通りをあるく

暗くなった池袋のジュンク堂書店を横目に見ながら、あずま通りに入る。
あずま通りをまっすぐ行けば、やがて雑司が谷霊園につきあたる。
雑司が谷霊園に行くまでに、いくつかの集団とすれちがう。
さっぱりと小奇麗なスーツの集団が大半である。
駅へ向かう集団にさからいながら、あずま通りをあるく。
コンビニの白っぽい灯りは通りにあふれ、ひとびとの輪郭をぼやかす。
通りに近いコンビニは3店あり、まず小さめのセブンイレブン、次にサンクス、
サンクスの角を曲がったところにローソンがある。
あずま通りの終わり、地下を通る副都心線と都電の分岐点あたりに、
ちかくミニストップが開店すると、ある日建物に告知が貼られた。
そうすると夏は、ミニストップのソフトクリームを食べながら墓地をぬけて、
帰路につくのかもしれない。半袖の自分を思いながらぼんやり明るい霊園にはいる。
霊園の先に家があるのだ。


ある風の強い昼、ちょうどその開店準備中のミニストップの先で宅配業者の男性が、
大きなコンテナのような台車を引こうとして、突風に台車の中の伝票が舞いあがり、
文字通り四方八方に飛んでいった光景を見た。
あまりの舞いあがりぶりに、男性も呆然とし、うしろから見ていたわたしも呆然とした。
おそらく個人情報でいっぱいの伝票は、あずま通り一帯ををころげるように駆けていった。
あの伝票…再発行できるのだろうか。なくしたらやっぱり叱られるのだろうな。
彼のせいではないのに。
あずま通りは、背の高い建物のあいだをアスファルトがまっすぐに伸びているせいか、
そんなふうにときおり、怖いくらいの突風が吹きぬけていく。


「家に帰る」ことは、日々体験する「小さな死」なのではないかと思ったのは、
いつもどおり、残業後の深夜のあずま通りをあるいているときだった。
ひとり暮らしをしていたころ、なにかと寄り道してひとりの部屋に帰るのを
先のばししていたのはなぜだったのだろう、と考えながらあるいていたのだ。
帰路をあるく自分には、小さいけれどまだ「どこにでも行ける」可能性があるような気がする。
だが、いちど部屋に入ってしまえば、部屋を出る前の過去の自分に凝視されながら、
あとは今日を終わらせる準備をするだけだ。
その光景が、自分の人生が、あと何年かで終わるかもしれない、と思うときと
もしかしたら似ているのではないかという気がした。
わたしはまだいつでも、どこにでも行ける準備をしておきたいのだと思う。
わたしはまだ死をさとれない。
なんのためにかはわからないけれど、いろんなふうに生きてみたいのだと思う。
そんなことを考えながら、あずま通りをぬけ、霊園をとおり、今日も家に帰る。
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by mayukoism | 2012-04-28 04:12 | 生活

世迷いごと

道に迷うのが好きだ。
もとい、人といて、道に迷うのが好きだ。



住所と地図があれば目的地にはたどりつける、ということは
住所と地図がなければ、まったくの方向音痴であり、空間把握能力もおそらくない。
方向音痴であることは「女子」っぽくて、じつはすこし悔しい。
方向音痴であることを、あまり声高に言いたくはない。
ただ、時間までにどこどこへたどりつきたい、なんてときはだれかがいてくれるとたすかる。

たすかるのだけど、先導役が首をかしげたり、やっぱりこっちかも、などと言って
急にUターンしたりすると、わくわくしてしまう自分がいる。
先導役にとってはこれ以上ないほど、ハタ迷惑な話だろうという自覚はあるので言わないけれど、
じつはこころのなかで、きた、きたぞ、と思っている。

道に迷う、というのはあらすじからはずれることだ。
大団円に向かってまっすぐにつきすすんでいた物語が、
読者の、作者の予想さえもこえて、勝手にまわりだす。

迷わなければ歩かなかった道。
迷わなければうまれなかった時間。
沈丁花の植え込み、工事中の家、補助輪のついた自転車。
だれが通ろうと、これらの景色はずっとここにあり、わたしにとっての非日常は、だれかの日常なのだ。
そのことを感じるとき、迷っているという現実はまるごと、わたしにとってSFになる。

迷ったかも、と言われると、おたがい無防備になる感じも好きだ。
年齢、住所、家族構成、先月の給料、ええいどうでもいいな、いったんすべて脱ぎ捨てて、
ただ情熱と知恵をもちよって、目的地までの道すじを必死にさがそうとする、
そのあけっぴろげな感じは恋に似ている。
実際は恋でなくてもいいのだ。まるで恋みたい、と思う気持ちだって日々のうるおいなのだ。



子どものころ、祖父が少し離れた町の桜並木を見に、散歩に連れていってくれたことがあった。
遊歩道のあちこちで花見をしている集団を見て、ぐるっと帰るつもりだったが、
やがて握る手がすこしずつこころもとなくなり、帰り道わかんなくなっちゃった、と祖父が笑った。
ええー、おじいちゃん、どうするのー、などと言いながらわたしはちっとも困っていなかった。
俳句をたしなむ祖父の話はいつもおもしろくて、わたしは祖父といるのが好きだった。

その日は遅くに帰って、わたしは祖父が道に迷ったことを家族に吹聴した気がする。
道に迷ったことがほんとうはとてもうれしくて、たのしかったのに、そうは言わなかった気がする。
祖父はたぶん笑っていた。
まいったまいった、と苦笑いしていたと思う。
もうすぐ、祖父の七回忌だ。
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by mayukoism | 2012-04-21 04:22 | 生活
ブックギャラリーポポタムにて、文・木村衣有子、画・武藤良子による
「十二篇」が開催されている。
明日、すでに日付が変わっているので、正確にいうと今日が最終日だ。
本音を言えば、もういちど見たかった。記憶をたぐって書く。

白い壁には色とりどりのマスキングテープがまっすぐに貼られ、
テープを罫線に見立てて、武藤さんが文章を書いている。
もはやあれは武藤さんの指先なのではないか、と思われるクレパスで、
壁一面に書かれた武藤さんの文字を、ゆっくり咀嚼するようにたどる。

そこに書かれているのは武藤さんの字だけれど、武藤さんの文章ではない。
『十二篇』と称された文章は木村衣有子さんが書いている。
他人の文章で、白い壁を埋めつくす武藤さんを想像する。

そういうとき、文字は「意味」ではなく、それこそ起源としての「形」になる。
一巡目は「意味」を読み、二巡目で「形」を読もうとした。
すると不思議と、白い壁が気になった。壁には釘穴もテープ痕もない。
武藤さんの文字と絵と、木村さんの文章にはさまれた空白があるだけだ。

他人の文章を、自分の文字で壁に書くこと。
だれかの文章を、えんえんと白い壁に書く。
終わらない物語を、休むまもなく壁に書きとっていく。
修行みたいだ。

そう思うと、木村さんの文章の「書かれていない部分」も気になってくる。
『十二篇』は「山雀さん」なる女性を中心に書かれた文章であるけれど、
「山雀さん」が出てこない話もあって、ではその文の主体はだれなのか、
そもそも「山雀さん」とはだれなのか、読むたびにわからなくなる。

そんなときポポタム店長の大林さんが、今回の展示について、
「聖書のように誰が書いたかわからない長い読みものから、
木村さんの言葉で十二篇を取り出したようなイメージだった」と仰っていて、
なるほどなあ、と思った。

壁に書かれているのは『十二篇』の一部である。
全文が掲載された別売りのペーパーはあるけれど、ペーパーを読んでも
『十二篇』の謎はほどけないし、つながらない。
でも、これははじめからほどくものでも、つなげるものでもなかったのだ。
では『十二篇』とはいったいぜんたいなんなのだろう?

武藤さんの絵も文字も、木村さんの文章も、なにかがほんの少しずつ、
足りない気がするのだ。足りないというのは不十分という意味ではない。
足りない分を、木村さんは武藤さんに、武藤さんは木村さんにあずけようとしている。
ふたりの熱はわずかにずれて、わからない部分はわからないままになっている。

武藤さんの文字による武藤さんの、木村さんの文字による木村さんの展示なら、
たぶんこんなことは感じなかっただろう。
文字の書かれていない白い壁と、物語に書かれていない「山雀さん」を想像するとき、
ぽん、とはじけるように、わたしのなかに、この星に似た別の惑星が生まれる。

その惑星では、「山雀さん」がジーンズを脱ぎすてているかもしれないし、
転がった豆は、サッシの桟にはさまって見つからないかもしれない。
でもそこにはたしかに「山雀さん」がいて、もしかしたら「武藤さん」も「木村さん」もいて、
いっしょに豆をさがしている。三人で床にはいつくばって、真剣な表情で。

はっとした。
なんて明るい想像だろう。







まだご覧になっていないという近郊の方、今日をすぎれば消えてしまう展示なのでぜひ。

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ポポタムHPより転載★

●木村衣有子・武藤良子 二人展「十二篇」

木村衣有子(きむらゆうこ)の文と
武藤良子(むとうりょうこ)の画の展示。
4.4(水)〜14(土)
12〜19時 最終日は17時まで
4.9(月)のみ休み 入場無料
※4.6(金)19時半〜 オープニングイベント
木村衣有子×武藤良子トーク
参加費1000円(ペーパー『十二篇』と1ドリンク付)
定員30名(要予約/03-5952-0114 popotameアットkiwi.ne.jp)
企画:ポポタム
展示デザイン:to-kichi , Harenichi
この展示は5.1(水)〜6.3(日)
盛岡・Cygに巡回予定です。cyg-morioka.com/
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by mayukoism | 2012-04-14 05:17 | 見たもの