乃木繭子 本のある風景など。http://twitter.com/komayuko


by mayukoism
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窓と発熱

方角でいうと南西を向いたわが家の窓は、ちょうど雑司が谷から新宿方面を
見おろすようなかたちで、波頭のような家々の屋根をうつしている。
窓とむかいあわせに置いた無印良品のソファにふかく腰かけると、
半分の曇りガラス部分より上、窓からの景色はすべて空になる。

発熱できしむ身体をもてあましながら、ずっと窓を見ていた。
自分の干した洗濯物が、風のない日はじらすように揺れながらとどまり、
風のある日は窓を鳴らしてすこしずつ移動した。
14時を過ぎれば太陽はもうその身を横たえる準備をすこしずつしはじめた。
それは、部屋にはいる光の角度でわかった。

昼間の世界はいろんな音がするものだなあ、と思った。
共用の廊下を、検針にまわる水道局員の足音がゆっくり近づいてくる。
園児たちの散歩コースも、猫の国ではすでに春がきているらしいことも耳で知った。
そのあいだも、窓の空はゆっくりと明るさの加減を変え、飛行機雲をのみこんだり、
烏の航跡をふるわせたりした。

窓は、時計を見るよりも時間そのものだった。
窓を見ていれば、見えない時間がそこに空や雲や風のかたちをして流れていた。
わたしは時計を気にすることなく、時間が流れていくことを喉のいたみとともに感じていた。
いま地上にいるあらゆる人たちの上に、この空が流れているのなら、
なにも伝えなくていいから、ただ一斉にみんなで空を見上げてみるのがいいのじゃないかと思った。

太陽がマンションの隙間に暮れはじめて、さて洗濯物をとりこむか、と立ちあがる自分にはっとなる。
干した洗濯物を暗くなるまで放置してしまいがちな、ふだんの自分をかえりみたとき、
自分の自由な時間を優先することに、いかに気をとられていることか。
夕暮れがきて、さて洗濯物をとりこもうと腰をあげること、その余地が「生活」なのではないか。
ふだんの自分から、どれだけの余裕が失われているのだろう。

けっしてひろい部屋でなく、お湯の便などよいとは言えないが、同居人と「この部屋だ」と
すぐに一致して決められたのは、たぶんこの窓の存在が大きかった。
曇りなら曇りの、晴れなら晴れの日の、
寒い日にはぱりんと割れそうな、暖かい日はうるりと溶けそうな、
この窓から眺めるどの空も、ポケットに入れてもちはこびたいくらい、わたしは好きだ。
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by mayukoism | 2012-02-23 23:50 | 生活

手紙と星座

ほとんどがチラシであることをたしかめるために、むっつりおし黙る銀色の集合ポストをひらくとき、
ひらく手の内側でほんのすこし、未知の国から自分宛ての招待状が届いているのではないかと、
ひととき想像にふけるわたしを、はい、認めます。

もちろん想像はたんなる想像でしかなく、住宅やピザやネット回線の過剰にはなやかな宣伝を、
なにも思わないようにしながらゴミバコにすべらせるのだが、いつもとちがったのは、
おそらく前の住人宛てのものと思われる郵便物が、そこにまぎれていたことだ。

番地も、部屋番号も同じで、名前だけがちがう。この名前ははじめてだ。借家ではよくあることだ。
手のひらの上の知らない名前を、近しいようなわずらわしいような、奇妙な距離感をもって、見る。
この名前がわたしではない、と、わたしはどうやって証明できるのだろうか?とふと思う。



先日、職場の書店に、一昨年亡くなった祖母の話し方によく似たお客さまからの電話があった。
耳に心地よいイントネーションはおそらくあの地方のものだろう、と思っていたら、案の定近い住所だった。
脚がわるく店まで行くことができない、いくらかかってもいいから本を送ってほしいという電話だった。

名前を尋ねられたのでお伝えすると、「OOさん、ありがとう」と告げられて不思議な気分になった。
祖母はわたしをとうぜん下の名前で呼んだから、よく似た口調で苗字を呼ばれ、お礼を言われると、
それこそ未知の国からの電話のようでぼんやりとする。

また職場の別のフロアにて、よく電話で無理難題を言うお客さまがわたしと同じ苗字で、
これもまたなんとも、居心地がわるい。日誌に書かれた名前と無理難題のいきさつを読みながら、
意味もなく脚を組みかえる。なんとかしなくては、とつい思ってしまうが、なんともできるわけがない。



ふたたび手紙の話。

カルカッタを通過する知人に送るよう頼まれた手紙は、大使館留め、領事館留め、中央郵便局留めと
受取場所が3つあって、10数年前のネットのない時代、バックパッカーへの連絡手段はほかになく、
3通の手紙を書いて、それぞれの場所に送ったことがあった。

が、3通の手紙はいずれも受けとられることなく、知人は次の土地へ移動することになった。
袋か、箱か、ひっくりかえして探してもらったが、わたしの手紙はそこにはなかったと聞いた。
異国の地で、ひっそり目をとじたまま消えてしまった3通の手紙のことを思うとき、なぜか星座が思いうかぶ。

はるかな闇に点在する茫漠とした光に、地上から名前をつける。
名前をつけることで、はるかなものを少しだけこちらにひき寄せようとしたのだろう。
届かなかった手紙を思うことは、星に名前をつけようとすることに、少しだけ似ている気がする。
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by mayukoism | 2012-02-11 03:46 | 生活

ナポリタン・メモリーズ

『探偵はBARにいる』という映画で大泉洋演じる探偵が、喫茶店で毎朝食べるのが
「ナポリタン」だった。
喫茶店のウエイトレスが探偵の気を惹こうと、ダイタンに挑発するその妙な仕草に、
つい目をうばわれてしまうのだけど、たしかにあれはナポリタンだった。

と、気がついたのは、その夜たまたま観た「きょうの料理」の献立が、「スパゲティナポリタン」だったからだ。
いくつか知らない工程があった。

ひとつは「くだいたスープのもとを入れる」。
もうひとつは「パスタのゆで汁を最後に加える」。
さっそくためしてみる。

わが家では、「ナポリタン」が献立の中心になることはなかった。
オムレツや、ハンバーグの付け合わせとして、それはこじんまりと存在した。
だから、ナポリタンをめぐる記憶や郷愁は、自分のなかにほとんどないはずなのに、
ナポリタンを思うとき、それはいつもなぜか「懐かしい」。

ナポリタンの「懐かしさ」とは、赤々したケチャップが醸しだす「スナック感」なのか。
輪切りのピーマン、櫛形の玉ねぎ、缶づめのマッシュルームが織りなす「おもちゃ箱感」なのか。
できあがったナポリタンを意味もなくしみじみ食していると、同居人が、
「なぽり+たん=萌え・・・」などとくだらないことを言う。

ナポリタンのレシピをインターネットで調べてみると、じつにさまざまなナポリタンがあった。
牛乳を入れてまろやかにするものや、意外と多かったのは「ソース」を加えるというもの。
ナポリタンは日本で生まれた洋食だというから、今後も日本の各家庭で進化をとげるのかもしれない。

家、と言えば何年か前、わめぞのネギさん邸へお呼ばれしたとき、
「猫ストーカー」の浅生ハルミンさんが、ナポリタンを作ってくださったことがあった。
カゴメかデルモンテか、ケチャップをまるまる一本使いきるという、まっすぐなナポリタンだった。
神聖な舞台をみるように、真剣にケチャップを使いきるハルミンさんを、各々が真剣に見ていた。

それよりもずっと前、日韓ワールドカップをみんなで観よう、と集まった当時の同僚の家で、
お母さんがナポリタンを、大量に作ってくださったことがあった。
おそらく目分量でパスタを茹で、目分量で味付けをしたと思われる、大盛りの「ナポリタン」が
妙においしくて、たのしかった。

だれひとりサッカーが好きなわけではなかったのだけど、ただ無邪気にはしゃぐ女子たちと、
使いなれない皿で食べたナポリタンの赤さは、たしかにわたしの「懐かしさ」につながっている。
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by mayukoism | 2012-02-04 03:41 | 生活