乃木繭子 本のある風景など。http://twitter.com/komayuko


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坂道考

暗い部屋で、目を閉じて、もうすぐ眠りにおちるというそのまぎわに、
視覚以外の感覚がすっ、と刃をぬくように尖る時間があり、そういうとき、
マンションの前の坂道を下る、自転車の長いブレーキの音が耳に入ってくる。
どこからの帰りなのか、それともどこかに向かうのか、彼か、彼女か、
思考が言葉になる前にブレーキは遠ざかり、わたしの身体もわたしから遠ざかる。


帰路、マンションの部屋の明りを見あげながら坂道をのぼる。
坂道の向こうには雑司が谷霊園があり、だからというわけではないだろうけれど、
坂道をのぼる、という行為にはちょっとしたトリップの感覚がある。
坂をのぼるとき、うっすらと思いうかべる物語がある。


 ―あの坂をのぼれば、海が見える。
 少年は、朝から歩いていた。草いきれがむっとたちこめる山道である。顔も背すじも汗にまみれ、休まず歩く息づかいがあらい。

   杉みき子『小さな町の風景』(偕成社文庫)所収「坂のある風景 あの坂をのぼれば」より



祖母に聞かされていた「海」をたしかめに、坂道をのぼる少年の短い話は、
たしか、小学校3年の国語の教科書で読んだ。
なぜそれをおぼえているかというと、転校したての小学校で朗読をさせられたとき、
話に夢中になってえんえんと読みすすめてしまい、笑われたからだ。


教科書には「あの坂をのぼれば」の一篇しか収録されていなかったので、
このお話が作者の故郷、新潟県高田を書いた作品集のほんの一部であったことを、
大人になるまで知らずにいた。
「あの坂をのぼれば、海が見える」というこの印象的な書き出しはなんだったっけ、と
調べるうちに再会した。


 トミ子のマンションへ通うのは週に二回だったが、庄治はいつも坂の下でタクシーを降りた。一方通行になっていたからだが、通れたとしてもそうしていたに違いない。そこから先へゆくとメーターが上るのである。

   向田邦子『思い出トランプ』(新潮文庫)所収「だらだら坂」より



この話もよく思いだす。
マンションに女を囲う庄治は、「そういう身分になれた」ことに、どこか弾むものを感じている。
そして、坂道をゆっくりのぼるのだ。
「男の花道という言葉がちらちらした。花道は、ゆっくりと歩いたほうがいい。」
はじめて読んだのは中学3年の夏で、ああ、大人ってこうなのか、と思った。
いやではなかった。
ただ読み終えて、坂の下の夕焼けを、制服のままで、並んで見ているような気分になった。
いつか、自分も、こうして、坂道の中途に置いていかれるのかもしれない、と思った。


もうひとつ。
坂道、というと思いだすなぞなぞ。
「世界中の上り坂と下り坂、さてどちらが多いでしょう?」
幼いころ、叔父に教えてもらったこのなぞなぞがわたしは大好きだった。
よくできているなぞなぞだ、と子どもながらに思っていた。
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by mayukoism | 2012-01-28 02:45 | 生活

犬派と猫派

どちらかというと自分は犬派だと思っている。

散歩中の犬をじっと見る。
おしりがふりふりとゆれるのを見るのは、しあわせだ。
往来で犬同士が出会うと、どのような態度をとるのか、息をつめる。
くるったように吠えるのもいれば、無防備に相手の匂いを嗅ぎにいくのもいて、さまざまだ。

3年前まで実家に犬がいた。
長毛の秋田犬で、大型だったので散歩していると「熊!?」とよく驚かれた。
臆病で、よくほかの犬や、人も噛んだ。
わたしも一度不注意で左の薬指を噛まれ、3針縫った。

でも、好きだった。
実家を出ていたのでたまにしか会わないのだが、帰るたび熱烈なキスの歓迎をうけた。
やつが後ろ足で立つと、わたしとキスをするのにちょうどいい背の高さになった。
亡くなる前に帰ったいちどだけ、もう後ろ足で立つことができなかった。
わたしがしゃがんだ。

いまでも犬を見ると近よりたくなるし、目と目で通じあったりもしたい。
けれど、犬派vs猫派というあちこちでくりかえされる他愛ない会話のなかで、自分は
「どちらかというと犬派」
というおもしろくない答えをかえしてしまう。

自分が好きなのは実家にいたあいつで、あいつがたまたま犬だから、自分は犬が好きなのだ。
そもそもずっと犬が好きだったわけでもない。きらいだったわけでもなかったけど。
わからない。



雑司が谷に住んでいると、この街は「猫派」だったら聖地のような場所だと思う。
毎日のように猫とすれちがう。
すれちがいながら目があう。見つめあうこともしばしばある。
人懐こいやつもいて、見つめあううちに寄ってくる。

額、のあたりを親指でそっとなでる。
触れたとたんに、すっと目の前のあたたかみが遠くなる感じがする。
人間ってふがいないな、と思う。
こんなふうに寄ってきてくれたあんたに対して、いま、あたし、撫でることしかできない。
いっしょに屋根の上で休むこともできなければ、フェンスの縁を駆けることもできやしない。

猫と対面すると、人間はひどく無能な生きものだと感じる。
自分は自分の、おまえはおまえの世界で、問題を勝手に解決して、生きていくしかないのだなあと思う。
猫というおおらかな大地のような生物を、自分はひきうけられないとつよく思う。

亡くなった実家の犬の遺骨を、庭に埋葬するのに墓地から分けてもらう話が、家族から出たことがあった。
自分は実家を出た身だから、と前置きしたうえで、反対した。
あの、しなやかな身体を、分けてしまうのはかわいそうだと思ったこと。
もうひとつは、家族の一員としての自分が、小さな庭にある彼の一部を守りつづける自信がなかったこと。

生きものをひきうけることは、はてしがない。
ひきうけることについて考えることも、はてしがない。
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by mayukoism | 2012-01-20 02:36 | 生活

青と桃

3つ違いの妹とおそろいの服を着せられた記憶がない。

幼い自分に母は「ふたりのコセイをソンチョウして」というようなことを言ったが、
そのときは意味がわからなかった。
わからないながらに覚えているのは、なんとなく重要なことを言われた気がしたからだ。

毛布やタオルなどの生活必需品は、いくつかおそろいがあった。
たいてい色違いで、わたしが青か緑、妹がピンクか赤だった。
選択権はなく、とくに問題もなかった。
ただ、わたしは与えられた青い毛布をかぶりながら、
青色がピンクよりもすぐれている理由を頭のどこかで考えていた。
すぐれている理由が見つからなかったので、わたしは青色が好き、と思うことにした。

・・・かどうかはさだかではないけれど、色を選ぶときにはいまでも青や黒など、
地味な色をえらぶ。
いまならその色が好きだと言えるし、それなりに自分に合う色だともおもう。

先日、2年前に亡くなったKくんの3回忌法要がいとなまれ、お斎に出席した。
(※Kくんについてはこちらこちらに書きました。)
親戚付き合いがなく、ふたりきりになってしまったご両親から、何度もお礼を言われた。
Kくんの位牌を真ん中にして集合写真を撮った。
一周忌のときに撮影した集合写真は仏壇の前に飾っているので毎日見ている、とお母さんは言った。

最近になって写真は、写真にかぎらず残すことは、大事だとおもうようになった。
いままでは記憶が大事だった。
その場に「いる」ことをなによりも大切にしたかった。
けれども記憶は、わたしがいなくなったら消えてしまう。
そしてわたしの記憶装置はそれほどかしこくないことに、気づいてしまった。

お斎が終わり、お母さんが女の子はこっち、男の子はこっち、とお返しを持たせてくださった。
その後の気楽な飲み会でお返しを開けてみた。革のパスケースだった。
革は黒で、縫い目と裏地が女性がピンク、男性は青だった。
パスケースに定期をはさむと、「PASMO」のピンクのロゴと糸の色が合ってかわいいな、とおもった。
つぎは7回忌だけど、一年に一回くらいこの時期に会うことにしようか、とだれかが言って、
みな、すこし考えたあと、ばらばらにうなずいた。
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by mayukoism | 2012-01-13 02:47 | 生活