乃木繭子 本のある風景など。http://twitter.com/komayuko


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神宮球場にて

神宮球場に行く。
日中の雨はやみ、しめった空にながれるさまざまなかたちの雲がひとひら、ふたひらと影になれば、
青々とした人工芝が目の前にさしだされたデザートのように浮かびあがる。
ナイターである。

夏休みなので子どもの姿が目だつ。
われ先にゲートをくぐろうとする友だちをうしろから「チケット!」と呼びとめる少年の集団や、
選手の名前の入ったフェイスタオルを肩にかけて携帯電話をかまえる、やけに脚の長い少女や、
親子連れも多い。

モニターに映る観客席を見るのが好きだ。
大きなモニターに、「映ってる」と気がついたとき、人はさまざまな表情をする。
その表情や、表情がまわりに連鎖していく様子が、その人たちのふだんの関係性を
瞬間的に、けれどもはっきりと伝えてくる。

先に気づいたお父さんの横で、満面の笑顔になって手をふる子どももいれば、
お母さんに促されながらも、どうしていいのかわからずにうつむく子ども。
いっせいに大きなリアクションでアピールする家族もいれば、
映ってる、ほら、ほんとだ、としずかにモニターを見あげる家族。

家族というつながりや子どもという存在を、個人的にわたしはそれほど信用していないのだけど、
モニターのなかの景色を見るときは、「平和のカタマリのようだなあ」と素直にしみじみする。

芝と赤土のコントラストがきれいだ。
一塁側の外野席から、バッターボックスに目をこらす。
ヒットやホームランならわかりやすいのだけど、わあっと歓声があがっても正直、
デッドボールなのか、ワイルドピッチなのかよくわからない。

神宮球場といえば、村上春樹がここで小説を書こう、と思いついたんだったっけなあ。
すこーんと夜空をかち割るような音がして、代打で出てきた選手がホームランを打った。
集中して見ていないと、ホームランはいつのまにかホームランになっている。
打った瞬間は見ていない。白球の軌道だけを見ている。

野手は静止している。バッターはゆっくりと赤土のダイヤモンドをまわる。
前の席で、お母さんと子どもたち(おそらく兄・姉・弟)がいて、お母さんは弟にばかりちょっかいを出していた。
それはおそらく弟がまだちょっかいをだしても喜ぶ年齢(幼稚園~小学校低学年)だからだと思うけど、
あまりに兄と姉(小学校中学年~高学年)がほったらかしなので気になった。

ホームランを打ったのは三塁側のチームなので、お母さんと子どもたちはがっくりしていた。
最終回が近づいて、弟は眠ってしまった。
兄と姉はミニバットをときどき振りながら、試合をじっと見ていた。
お母さんがトイレに立ったときも兄と姉は会話をしなかった。

べつの前の席には40代くらいの女性がトートバックを持ってひとりで座っていた。
一塁側チームの攻撃のとき、応援歌にあわせて女性がふりつけをしたのでおお、と思った。
トートバックの中に応援のための小さい傘がきちんとたたまれて入っていた。
点が入ったとき、女性は傘を広げて「東京音頭」を歌った。ヨイヨイ、と最後に二度、傘を真上にあげた。

結局、一塁側のチームは負けてしまったのだけど、最終回の前に女性はいつのまにかいなくなっていた。
いつか、なにかの事情でひとりになって、どこにも行くところがなかったら、球場に来よう。
野球がとくべつ好きなわけでも、くわしいわけでもないのだけど、今日はそう思った。
そんな景色ばかりを、神宮球場で見ていた。
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by mayukoism | 2011-08-26 02:53 | 見たもの
この「空にパラフィン」という雑記の、「カテゴリ」の枠、
パソコンでご覧いただいている方は右の中ほど、を見ていただきますと、
「twitter的日常」なる分類があります。

これは、わたしのまわりでtwitterが流行りはじめたころ、
フォローする/されるというやりとりにどうにもなじめず、
しかし140文字のつぶやき、という枠はおもしろいなあと感じて、
twitterはやらないけれど、「twitter的」な文章はおもしろそうだ、
と気まぐれにはじめたもので、言ってみれば意味のない短文のつらなりです。
twitter的であればいいので、じつは字数にもこだわっていません。

散文と散文の間の箸やすめ、のような気持ちではじめた架空のつぶやき群が、
じつはこの雑記のなかで、いちばん感想をいただく率が高いです。
正直にもうしあげて、長文のように練りあげていません。
ほとんど反射神経で書きこんでいるような一文もあります。
なのに。
いちばん反応をいただくのです。

「わめぞblog」という、もりだくさんなわめぞのイベントを告知するページに、
古書現世のむかいさんから、「なにか書いてほしい」というご依頼を
往来座の隣の、いまはなきミニストップでいただいたとき、うれしかった。
そうして書きはじめたのが、「雑司が谷白想」という連載だったのですが、
こちらのブログとわめぞのブログと、自分のなかでうまく線引きができないのと、
定期的に時間がとれないのとで、更新が滞っておりました。

つづけられるもの、ブログが更新されたとき読まれるものをあらためて、ということで
むかいさんから「twitter的日常」をわめぞblogにどうか、というご提案をいただきました。
あの、ちょっとした悪戯のような気持ちではじめた「架空のつぶやき」が
こんなことになるなんて。
つぶやいてみるものだなあ。

というわけで、きりよく8月1日からはじまりました、わめぞblogバージョンの
「twitter的日常」、週刊連載をはじめることになりました。
架空の町で、架空の人間が、架空の妄想のなかで、つぶやいていると思ってください。
会ったことも、会うこともないだれかの言葉がふいにぽろりと届いてきた。
そんな感じで、お時間のあるときによかったら。
このつぶやきの意味がわかんねーよ、という方の質問もどうぞ。
ほんとうかうそかは自分でも話してみないとわかりませんが、説明できます。
こちらの「空にパラフィン」でもいままでどおりときどきは「twitter的」、できればと思います。

どうぞよろしくお願いいたします。

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わめぞblog 【連載】 twitter的日常 Vol.1  乃木繭子

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追記:いまは現実のtwitterも、ひねくれずやさぐれずやっております。
http://twitter.com/komayuko

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by mayukoism | 2011-08-02 02:30 | ■お知らせ■