乃木繭子 本のある風景など。http://twitter.com/komayuko


by mayukoism
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それでも日々はめぐる

工作舎のIさんから、職場にメールが届いた。
何度か返そうとして、何度も胸がいっぱいになってしまい、
今日はけっきょく返すことができなかった。
申し訳ありません。

メールで、あの講演会の日に触れられていた。
そう、あの日は講演会の前に、偶然アーケードの外れにある「文久堂書店」を見つけて、
嬉々として棚を眺めていたら、しばらくしてがらがらと扉のひらく音がして、
だれか入ってきたのだなあと思ったら、それがIさんだったのだ。
いたずらが見つかったみたいに、おたがい笑ったと思う。
講演会のあとのブックオフでは、紅屋さんもブログに記されているとおり、
はじめはにぎやかに入ったのだけれど、そのうちそれぞれ真剣に棚を見はじめた。
勝負師みたいな横顔になった。

みなさんは黒岩さんと面識があったので、講演会のあとにごあいさつされていたと思うけれど、
わたしはこういうとき尻ごみしてうしろにひいてしまう。
だからあの日、わたしが黒岩さんと対面することはなかった。
ただ、講演会の前に入った「文久堂書店」にしろ、インベーダーゲームのある喫茶店にしろ、
ブックオフにしろ、そこには黒岩さんの気配が濃厚にあった。
しいていえば学校のマドンナをお見かけしてからどうにも熱冷めやらぬ男子学生、のような気分で、
あの一日、ずっと頭の中の黒岩さんの姿をぼんやりとおいかけていた。
黒岩さんの講演会だったから、奇妙な喫茶店で肩をつきあわせたり、ぞろぞろとブックオフに
入ることが、あんなにもたのしかったのだと思う。

書かないことなんていくらでもできた。
むしろ書くべきでなかったかもしれないと今も考えている。
それほど黒岩さんにお会いしていない自分が、追悼めいた文章を個人的なブログに
書くのってどうなんだ。お前が書くな、と言われるだろう、なにもしていないくせにと。
そのとおりだ、と思った。
ただ自分勝手にもりあがっているだけなのか、そうなのか、ちがうのか、ちがうならなぜ書くのか。
言葉にするという行為は、ちっともほめられたことではないと、こういうとき痛いほど思う。

言葉でおぼえておきたかった。
自分のなかにある数すくない黒岩さんの記憶を、言葉にすることで、記憶があたたまるというか、
記憶がうごきだすというか、襞のすきまにかくれて見えなくなるあいまいな景色ではなくて、
いまもういちど、言葉で時間をうごかしたかった。
時間をうごかせるとしたら、それはわたしにとってはやはり言葉しかないのだった。
もし不快に思った方がいたら、ただ申し訳ないと思う。

今日、ようやく『パンとペン』(講談社)を購入した。
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by mayukoism | 2010-11-23 02:49 | 言葉

黒岩さんのこと

冷えるので、夕飯はシチューにしようと思った。
近所の肉屋で鶏モモ肉を200g買った。
一口大に切りますか、と言われて、そういやスーパー以外でお肉を買うのは久しぶりだと思った。
おねがいします、と伝えて、光るガラスケースの中を見ていた。
黒岩比佐子さんの訃報が、携帯電話の画面から目に入ったのは、そのときだった。

黒岩さんの姿をはじめて目にしたのは、2009年3月に江戸川区立中央図書館でおこなわれた
「ノンフィクションのすすめ」という講演会だ。
それまでもお名前やブログは拝見していた。たまたま日曜日に休みがとれたので、
知人と聴きにいくことにしたのだ。
この日のことは、ブログ「空想書店書肆紅屋」にくわしく書かれている。
黒岩さんがお元気だったころの姿や言葉をいまたどるのは、すこしだけつらいけれど、
紅屋さんらしくすっきりとまとまっていて読みやすいので、いつかぜひ読んでください。

グレーのスーツを着ていらっしゃったと思う。
すらっとして、まっすぐに切りそろえた髪が肩の上で揺れて、きれいな方だと思った。
だれにでもとどく言葉で、やわらかに話をされた。
講演後、紅屋さんのブログにもある奇妙な喫茶店で、工作舎のIさんから黒岩さんの新刊の話を聞いた。
記憶の中でまだあざやかな黒岩さんの姿を反芻しながら、イベントぜひやりたいですねえ、と話した。

あれからまだ1年半しか経っていないのだ。

その講演で、黒岩さんの1冊目の著作である『音のない記憶―ろうあの写真家 井上孝治』を
めぐる話をうかがって興味がわき、角川ソフィア文庫で再刊されたときにすぐ購入した。
読後の感想を、少しだけ過去のブログに書いている。
この過去のブログを読みかえして、『音のない記憶』の感想として自分が書いている言葉が、
まるで黒岩さんそのものじゃないか、と思う。

やがて、黒岩さんのブログでは闘病記がはじまった。
そして、今年の6月になって工作舎から待望の『古書の森 逍遥』が刊行された。
あのとき話したとおり、自分の職場である書店でフェアを開催した。
黒岩さんは、Iさんといっしょにフェアを見にきてくださった。
何回か来てくださったのに、わたしが定休だったり休憩だったりで、なかなかお会いできなかった。
ようやくお会いできた、という感じで名刺をお渡ししようとすると、もういただいてますよね?と
黒岩さんがにこやかに言ったので、内心とてもおどろいた。

じつは黒岩さんとお会いしたのは、図書館の講演会が最初ではなかった。
それよりも前、岡崎武志さんと山本善行さんのイベントを企画したときに、黒岩さんはお客様として
来てくださっていたのだ。そのときに控室でごあいさつをした。
そのことをわたしは覚えていた。
でも、まさか黒岩さんが覚えてくださっているとは思わなかった。
それはほんとうに、ただごあいさつだけの短い時間だったのだ。

黒岩さんの本はまだすべて読んでいないし、歴史にくらい自分が黒岩さんの前に出て、
黒岩さんを愉しませるような話ができたとも思えない。
ただ、たまたま本をあつかう仕事に就いていたから、お会いできる機会がもてたのだと思っている。
けれど、こういうとき、本をあつかう仕事でよかった、とも思う。
自分が手にとって棚にならべるかぎり、本はそこにあり、言葉はそこで息をする。
何度でも棚に並べれば、何度でも本は息をする。
生きている。

黒岩さんのことをくわしく知る前に、黒岩さんていったいどんな方なんだろう、と思ったのは、
黒岩さんのことを語る人たちが、一様にとてもうれしそうな顔をするからだ。
「わたしの知っている黒岩さん」話を何度も、何とおりも聞いたような気がする。
お会いしてみて、そのわけがよくわかった。
わたしは黒岩さんを「あこがれの先輩女子」のように思っていた。
手のとどかない、それでもただ見つめていたい、近づきたいけど近づけない、あこがれの。

そうしたら、黒岩さんと、自分の出身中学が偶然同じであることを知った。
黒岩さんはほんとうに「先輩」だったのだ。
のっぺりとした郊外の田舎町を、黒岩さんも制服で歩いたのかと思うと、いまよりすこし
あの町を好きになれるような気もしたのだ。
そのことを、黒岩さんに伝えそびれてしまった。
もう、伝えられない。

今日は、昨夜のシチューをあたためて昼ごはんにした。
たまっている洗濯物を、2回洗濯機をまわして、干した。
今日も、びっくりするくらい昨日のつづきの今日だった。
4階のベランダで洗濯物を干しながら、ふと屋根の波間のむこうになにか見えるんじゃないかと目をこらす。
なにかはわからない。
でもこんなに晴れていて、雑司が谷の空がこんなに広いなら、なにか見えるんじゃないかと。
そうして、いつまでもわたしは黒岩さんのことを考えていたかった。
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by mayukoism | 2010-11-19 03:57 | 言葉