乃木繭子 本のある風景など。http://twitter.com/komayuko


by mayukoism
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<   2009年 08月 ( 13 )   > この月の画像一覧

久しぶりに料理をする。
気持ちが痩せていると、お勝手にも立てない。
ずいぶんまえに友人から借りた料理本から2品、「牛肉とアスパラガスのピリ辛いため」と
「香味野菜たっぷりの刺身サラダ」を、スーパーにあった材料にあわせてアレンジしてつくる。

夕方のスーパーで牛肉を選んでいると、安くしましょうか、と背後から声がかかった。
どれくらい?と尋ねると、半額…はきびしいな、380円でどうでしょう、と言われたので、
わーい、と小躍りしたい気持ちをおさえて、パックを差し出した。
「SALE!」の黄色いシールにマジックをすべらせて、お兄さんはやや遠ざかった。

ふむ。
これがこれだけ安くなるのなら、もう1パック買っとこうかしら。
そう思って、あの、と声をかけるとお兄さんは苦笑いで、もう1パックを350円にしてくれた。
わーい。
お兄さんの気が変わらないうちに、早足でレジにむかおう。

お勝手は苦手だった。
母親が料理上手で、ひとりでなんでもやってしまう。手伝おうとしても満足にできないので、
かえってよく怒られた。それがいやでお勝手にはまったく寄りつかなかった。
ひとりで暮らすようになって、素材の正しい切り方も、だしのとり方もよくわからないけれど、
えいっといきおいでつくる料理を、まあまあおもしろいと思えるようになった。

テーブルのそちらとこちらで知人と箸をつつきながら、アニメ『時をかける少女』を見る。
2006年、いったい自分はなにをやっていたのだったか、このアニメが話題になっていたというのを、
まったく知らなかった。途中から見たのだったけれど、いやはや、ものすごくよかった。
あまりにも集中して見ていたので、笑われた。ちょっとDVDがほしいと思うくらいだ。
名づけようのない少年少女の時間というのは、どうしてあんなにやさしく見えるんだろうなあ。
現実はやさしいばかりではなかったけれど。
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by mayukoism | 2009-08-13 00:30 | 生活
働く、ということを愉しもうとする自分と、逃げようとしている自分とがいつもいて、
ふたりの自分はときどき果てしなく遠ざかっていく。

目の前にやるべきことがあれば、それをなるたけ完璧なかたちで遂行しようと考える。
そのために必要な準備をして、ときには慎重に、ときには勢いでとりかかる。
それだけのことだ。それだけのことがつみかさなって、なんとなく巻きこまれている。
なんのためなのかよくわからない。
でもこれをつみかさねないと、暮らしていけないのだということはわかっている。
目の前の、たとえば650円のあじのひらき定食を食べたいと思ったとき、
食べるためには、あじのひらき650円分の余裕が出るまで働かなきゃいけない、
働くという行為でしか、いまの自分はこのあじのひらきと向き合えない、と知ったとき、
自分の中の「何もなさ」が、はじめておそろしくなった。それは28歳の夏だった。
その後、運よく縁のできた会社に入って、毎月決まった日数を働いて、
決まったお給料をもらっているけれど、いつまでたってもあの「何もなさ」は消えない。
人件費を減らされていくことに不満を言う人、自分の持ち場の大変さを主張する人、
さまざまな人の話を、真剣に聞かなければ、と思う。
ときには自分も従業員の代表として、そういったことを主張しなければ、とも思う。
でも、できない。
する気がおきない。
あなたが信じている「それ」はふいに消えたりもする。あなたが思うほど「それ」は
あなたのことを考えていない。そしてそこには、本当は「何もない」かもしれない。
「何もない」かもしれない、と気がついてしまったときのこわさと比べてしまうと、
会社の中で自分の立場を主張したりすることに、まったく真剣になれなくて、
そのときは真剣な人たちに申し訳ない、とも思うが、こればっかりは
もうどうしようもない気もする。たいがいの場面でけっこうひねくれている。

少女であるから純粋だなんてすこしも思わない。
不器用だから純粋であるとも。
世の中の大部分の人々が暮らしていくために働いていて、同じように暮らしていくために
自分も働いて、そこからでしか見えないものがきっとあるはずだと思った。
要領がよかったり、見栄をはったり、ずるがしこかったり、攻撃的だったり。
だからと言って純粋でないとは思えない。
それをしないから純粋であるとも思えない。
ただ、カーテンのついた一人の部屋からは見ることができないものを、自分の足で
見に行きたいとは思う。
それのひとつが働くこと、であるのだけれど、どうしてもアルバイトに注意をうながさなければ
いけない事態が起きて、別室でふたりまとめて教え諭す、ようなことが起きると、
茹ですぎたほうれん草みたいにくったりとくたびれたこんな夜は、もうこのまま一生
だれにも会いたくない、と思ったりもする。
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by mayukoism | 2009-08-07 02:40 | 生活

はじめはDだった。

つぎにSだった。

たのまれた原稿を仕上げなければと、伊集院光の「深夜の馬鹿力」も聞かずに、
パソコンをぱちぱちしていると、~で、の「で」が画面に出てこない。何度打っても
「え」になってしまう。

???

キーボードに埃でも入ったか、そういえばさっき、「スーパーカップバニラ」のふたを開けたとき、
付着していた氷のかけらが、ちょうど「D」のあたりに落ちていった。
ふっとつよく息を吹きかけて、爪楊枝でキーのすきまをこしょこしょとする。綿ぼこりが
するんと出てきた。

ひとしきりキーボードの清掃を終えて、ふたたび「で」を入力する。
すると、押してもいないのに、ddddd…と画面にdの字が走りはじめた。
わっ、こわい、霊?などと、霊感もないくせにおびえながら、とりあえずウィンドウを閉じた。

じつはこのパソコンはものすごく古い。
知人に、つかえない!と泣かれるくらい古い。
OSはWindows Meで、保証書を見ると「01年8月」と書いてある。ちょうど8年
使っていることになる。人間で言ったら、相当におぼえのわるいおばあちゃんである。

でも使えるのだ。
CDもDVDも動かせないけれど、ネットやメールやブログはできる。
それ以外なにも要求しないから、あなたにそこにいてほしい。(先立つものがないから)
わたしはこの老パソコンを、なるべく刺激をあたえないように、おそるおそる使いつづけた。

ところが「D」である。
みたびウィンドウをひらいて、「で」を入力すると問題なく表示された。
ほっとして「で、書店の」の「しょ」を入力しようとするとこんどは「しょ」が出てこない。
「しょてん」と何度打っても、「よてん」になってしまう。
「よてん」、よてん、と道端にねころがってしまうよっぱらいのようなひびき。
原稿がすすまないことにうんざりして、とりあえず再起動する。

……

まっくらである。
まっくらな地平に白いカーソルが、希望の出口のようにまたたいている。
が、出口にはたどりつけない。
パソコンが立ちあがらない。

???

キーボードに触れるとパソコンがわめきだした。
びー、びー、びー。
びっくりして指をはなしてもまだわめく。
びー、びー、びー、びー、びー。
あきらかに緊急事態の音である。
おどろいてぶちっと電源を切ってしまった。

たいへんなことに!と電話ごしに知人に音を聞かせると、お亡くなりになりましたね、と言われた。

と、いうわけでパソコンを買いかえます。
しばらく更新できない期間があるかもしれませんが、携帯電話からがんばってみます。
ここからはどなたかわからないのですが、ごめんなさい。
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by mayukoism | 2009-08-06 03:22 | 生活