乃木繭子 本のある風景など。http://twitter.com/komayuko


by mayukoism
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<   2008年 08月 ( 5 )   > この月の画像一覧

雨音のしない夜もある

正午ちかく、本を入れかえていると外がさわがしい。
そっと非常扉を開けると、視界が白くなるほどの雨。
豪雨もかみなりも、どうにもこころがはしゃいでしまう。
そのあと休憩に出るともうやんでいた。

ドトールで、『贋世捨人』(文春文庫/車谷長吉著)を
読み終える。
主人公の生島嘉一と、写真で見た車谷長吉の姿と、
車谷長吉の「伝説」のようないくつかのエピソードが
ぐるぐると駆けめぐる。

このひとは生きることを物語にする。そうでなければ
こんなにたくさんの個性的な「登場人物」には
出会えない。
物語に「なる」わけではない。物語にあえて「する」。
そういう場所をかぎつけて飛び込む。

生きることを物語にするひとと言えば中上健次が
思い浮かぶけれど、中上とはまったく違う。
たぶん車谷長吉のほうが、実は器用ですこしずるい。
このずるさがけっこう好きだ。

巻末の「車谷長吉自暦譜」に思わず笑ってしまった。
生島嘉一もそうだが、いちいち女の人にはげしく
のめりこむところがもうどうしようもなくすばらしいと思う。
『赤目四十八瀧心中未遂』をもう一度読みたくなった。

夕方、仕事を切り上げて閉場時刻間近の高田馬場
「BIGBOX」へと向かう。大急ぎで見て回ったが、
なんとなく棚から「すでに抜かれている」感がただよっている。
それでも何冊か購入。古書現世の向井さんと少し
話した。

自分の部屋でごろごろしながら、『再会・女ともだち』
(新潮社/山田稔著)を読む。出品前の本をむりやり
お借りしてしまったのだが、これは借りてよかった。
予想以上におもしろい。まだ2章目までしか読んでいないので、
明日の鞄の友はこれに決める。

夕飯は白魚のチャーハンとローソンの餃子。
ローソンの餃子はなぜ高いのだ。
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by mayukoism | 2008-08-31 02:46 | 本のこと

さっきまで晴れていた

深夜、雨の音で一度目覚める。もう一度覚めると朝だった。
損したような気持ちで起きる。

ここのところ仕事を次の日に持ち越すことが多く、
昨日も、これとこれは明日!と自分に言い聞かせて帰った。
当然のことながら明日、つまり今日の自分は、昨日の
自分のしりぬぐいからはじめなければならない。
そのことを朝の車内でなんだかなあ、と思う。

読みかけの『贋世捨人』(文春文庫/車谷長吉著)が
どんどん面白くなり、休憩時間も読みすすめる。
先日読んだ『妻の部屋』(文春文庫/古山高麗雄)も
忘れがたく、いわゆる「私小説」づいている。
が、「私小説」を語れと言われてもよくわからない。

本当かどうかはどうでもよくて、ただ、この物語の
中で語られている言葉は「体験」であると思う。
「体験」を感じられる言葉でないとおもしろくない。
そしてどうも感想やレビューが苦手なわたしは
たぶん読むことを「体験」していないのだなということに
思いいたる。
キーボードをたたく指くらいの感触でもいい、目で追う
言葉を「体験」する力がもういちど(かつてはあった
気がするのだ)ほしい。

そのためには早く寝ることもひとつであるような気がする。
集中力という意味で。

夕方、仕事でいい話を立て続けにふたついただく。
そのうちのひとつはうまくやれば、いろんな人をいい意味で巻きこんで、
愉しむ、あるいは愉しませることができるかもしれない。
まだ、思いつきの段階だから、慎重に練りたい。

夜、久しぶりに人を見送る。
携帯電話がなかった時代のことを思い出す。
ここから先は相手が生きていても死んでいても
わからない、見送るというのはそういうことだった。
これきりかもしれない、最後かもしれない、
そういう切実さに少し鈍感になっているよな、と
思って、すぐ帰ってくるはずなのだが、心の中で
必死に見送った。

深夜、雷がなりやまない。
そう、ネットようやく開通しました。
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by mayukoism | 2008-08-30 02:10 | 生活

告白

ここのとこ浮気をしていた。浮気をして、新しいドトールに通っていた。
200円お得なコーヒーチケットは「裏面捺印の店舗」でしか使えない。
わたしは新しいドトールでチケットを買い、しばらく通ってみることにした。

新しいドトールは職場からほどなくちかい。従業員がたくさんいて、
例えばトレイを返却口まで持っていかなくても取りに来てくれる。
つねに堅くないチーズトーストを出してくれる。壁がヤニ色でない。
トイレの鍵はちゃんとしまる。空調もほどよく、店内のすみずみに
目をひからせる店長はなんだか頼れそう。

なのになぜ、今日わたしは古いドトールに行ってしまったのだろう。
チケットも買ってしまった。3階は冷凍庫のようだ。タンクトップの男の人が
時々腕をさすっている。

だいたいこのドトールは変な客が多い。日曜の午後にいる、窓際の席で
決して座らない男の人、何やら勧誘の手ほどきを、見るたびちがう女の子に
している男の人、しぱっしぱっ、とよく通る高音で、いつまでも歯を
鳴らしつづけるおじいさん。動物園かここは。

トイレの鍵はしっかりと水平にしないと開いてしまう。わたしはこれで2回ほど、
中の人をびっくりさせてしまったことがあるがわたしのせいじゃない。

店長はバイトと思われる女の子といつも最高につまらない軽口をたたいている。
このひとだましやすいだろうなあと思う。調理がだれより遅い、がチーズトーストは
なかなかいい加減で焼いてくれる。

茶色い髪をうしろで束ねた、笑顔のやわらかい女の子が、わたしを見ると
いつも、こんにちはー、と言ってくれる。何も聞かず、紅茶にミルクと砂糖を付けてくれる。

なぜか、飽きない。
そして、落ち着く。

返却口の手持ちぶさたな従業員を見ながらチーズトーストを食すことが、
あんなに落ち着かないものだとは思ってもみなかった。
ドトールにサービスはいらない。放っておいてくれればそれでいい。

とりあえず次、あのヤニ色のドトールに行くときはカーディガンを持っていこうと思う。

『積んでは崩し 南陀楼綾繁のブックレビュー&コラム1999~2004』
(けものみち文庫/南陀楼綾繁著)
を読んだ。
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by mayukoism | 2008-08-19 01:54 | 生活
本屋をうろつきながら時おり人がきの向こうの外を見やりましたが、
依然、一歩を踏み出すのをためらうほどの雨でした。
たまらず携帯電話の履歴をたどり、件の引越屋に電話をしました。
あのーこれ、無理ですよね。
ええ、でもとりあえず運べるものから運び出しちゃいたいんですよね。
電話に出たのは野村宏伸でした。
となると、わたしはいま向かったほうがいいというわけですね。
ええ、そうしていただけるとありがたいんですが。

わたしはそのとき何もかもをあきらめました。
もう、ずぶ濡れになったって着替えりゃいいじゃん。
本棚だっていまさら伸び縮みするわけじゃないし入らなかったら仕方ないじゃん。
時間オーバーで引越料金加算されたらそのときはそのときじゃん。
とにかく引越が今日中に終わればいいじゃん。
開き直って考えると、この状況がたまらなくおかしくなってきました。
はいはいあなたたち(誰だよ)見てなさい、やりますとも、やってやりますとも。
わかりました、行きます。
わたしは電話を切り、やや小降りになったところをみはからって、雨中の人となりました。

アパートの前に着くと、恐縮した様子の野村宏伸が立っていました。
すみません、こんなことになるなら乗せてきてあげればよかったですね、
女性だからいやがるかななと思ったので。
わたしは少しほろりとしてかぶりをふりました。
雨は一時にくらべればだいぶ勢いを弱めていました。
このすきにやっちゃいましょう、野村宏伸が言いました。
ただ、本棚はそうとう難しいと思います。できるだけのことはやってみますが、
解体するとなるとお時間をいただくので料金加算になります、よろしいですか。
覚悟は決めていたのでわたしは即座にうなずきました。もう今日中に終わるなら
なんでもいいです、と笑いながら言うと、加瀬亮(未満)も少し笑いました。
ああ、この引越屋さんいいひとたちだ、とわたしははじめて思いました。
二人は狭い階段を降りていきました。わたしはなまこのようになった靴下をしぼって、
まだ空の部屋で本棚を待ちました。

やがて階段を、かけ声をかけながら二人が上がってきました。
少しずつ、そっち落とすな、あせらなくていいから。
主に声をかけているのは野村宏伸でした。わたしは邪魔にならないように
ユニットバスの中にひそみ、便器に座って二人の様子を見ていました。
二階にたどり着いた二人はまず廊下で、奥の部屋のほうへ本棚を逃がしました。
そこから斜めに少しずつ扉の内側へ本棚を入れてきました。
いける、野村宏伸が言いました。
玄関先でくりひろげられる出来事は、ドアの形に切り取られて全貌がわかりません。
二人の姿も見えません。しかし少しずつ入ってくる毛布にくるまれた本棚を見て、
わたしも思いました。いける。
よーし、入った。
わたしはたまらずユニットバスを出て、あああありがとうございました、と
お礼を言っていました。おそらく大袈裟でなく涙ぐんでいたと思います。
いやー入りましたねよかった、野村宏伸も加瀬亮(未)も笑顔でした。
本当にうれしかった。

さて、すべての搬入が終わって支払いの段になりました。
指定時間内に終了したので、当初の予定どおりの金額で無事済みました。
ぼくらが来る予定ではなかったので領収書は後日郵送になります、と野村宏伸が
言いました。ご利用ありがとうございました。
加瀬亮(未)は疲れきった表情で先に階段を降りていきました。彼は本のつまった
ダンボールを二つ重ねて運んでいたりしていたのでした。
わたしは財布をふたたび開いて、二人を呼びとめました。引越貧乏もいいところだし、
めったにこんなことはしないのですが、感謝していることを形にしたくて、これで
ジュースでも買ってください、と千円札を渡しました。
野村宏伸が、ありがとうございます、と本当にありがたそうに千円札を両手で
受け取ってくれました。
最後にいただいた名刺の裏は「次回ご利用時10%割引券」になっていました。

またふりだしに戻ったわたしは、この部屋を新たな始点にしていろんな場所へ行くでしょう。
いろんな人と会うのでしょう。そして自分のためにあつらえたこの借りものの部屋に
何度も帰ってくるでしょう。この部屋で歌ったり悔やんだりまるまったりするのでしょう。
今まで暮らしたすべての部屋に忘れがたい記憶があり、すべての部屋でわたしは
少しずつつよくなっていました。上手に一人でいるために。
いつかこの部屋を出るときがきたとして、そのときのわたしがどうなっているのかは
さっぱりわかりませんが、その日のわたしのためにこの「次回ご利用時10%割引券」は
大事にとっておく。

とりあえずその日、お祝いで知人と食べた日高屋の餃子とビールは、たいへん
おいしかったです。
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by mayukoism | 2008-08-14 21:26 | 生活
あの日の話をします。
あの日とは前回の日記に書いた引越決行日の、夕方以降の出来事について
お話しします。

あの日、新しい部屋のガスは無事開栓され、わたしは滅多に乗らない急行に乗って、
いそいで部屋に帰りました。
わずかに残った荷物を要不要で分け、靴の箱を運び出しやすいよう紐でしばり、
ひととおり床拭きをすると、もうやるべきことはありませんでした。
前日、引越屋さんに確認の電話をした際、17時には着くようにスケジュールを
組んでますから、と比較的自信たっぷりに言われたのですが、時刻はすでに
17時半をまわっていました。
まあ遅めでよかった、ただし夜に会う予定の友人には多少遅くなる旨のメールを
しておこう、とわたしは空になったシングルベッドに寝転がりながら、メールを打ちました。
ああ、夕方になっても暑いなあ、と思いながらゆっくりと意識が遠のくのを
人ごとのように感じていました。

小さな音で電話が鳴っていました。はっとして頭上の電話をとりました。
電話に出る前にデジタル表示の数字が見えました。「1830」。電話はもちろん、
件の引越屋さんからでした。
今用賀なんです、とその人は言いました。
18時までの予定、じゃなかったでしたっけ、とねぼけながらも言うと、
はい、あの、前の人の引越が大変長引きまして、ほとんど荷造りがされて
いないような状況の方だったそうでして、実は本来僕たちはそちらに行く予定では
なかったんですが、急遽お伺いすることになりまして、なので申し訳ないんですが、
お客様のお荷物の内容を簡単におっしゃっていただきたいのですが。

わたしはとっさに、これは本棚について話すチャンスだ、と思いました。
約束の時間を過ぎたことで少なからぬ負い目が引越屋にはあるはず。
これは多少の無理を言ってもかなえてくれるかもしれないぞ、という
寝起きとは思えない、ずる賢い思いつきです。
大きめの本棚があります、わたしは言いました。
ぎりぎり入る、んじゃないかと思うんですが。
ほどなくして引越屋が到着しました。一人は野村宏伸(ふるい)、もう一人は
いまだ覚めやらぬ加瀬亮、といった感じの、なかなか感じのいい男子二人組でした。
だいぶ待ちましたか、と聞かれたので、ええまあはい、と答えました。

さて、滞りなく搬出が終わった時点で、時刻はすでに20時をまわっていました。
楽しみにしていたので、どんなに疲れていても友人宅に寄るつもりだったのですが、
赤ん坊のいる家だし、さすがにこの時間の訪問は不可能だろう、とやむを得ず
訪問の約束はキャンセルさせてもらいました。
クリームパンをほおばりながら電車を待っていると、ちと雨が、というメールが
知人から届きました。空を見上げると、薄い雲が若干かかっていましたが雨の
気配はありません。局地的なものかしらんと思いながら、雨はやんでほしいです、
という今思うとたいへんお気楽なメールを送りました。

新しい部屋の最寄駅にもうすぐ到着というころ、再び携帯電話がふるえました。
「ひゃーすごい雨」。わたしは慌てて窓の向こうに目を凝らしましたが、暗くて
よく見えません。やがて列車はホームへすべりこみ、ドアが開いたところで
わたしは呆然としました。扉とホームのわずかなすきまに、飛散した雨が
壁をつくっていました。
夕立にこの時間は遅すぎるだろう、とわたしは思いました。
そして引越にもこの時間は遅すぎる。

あと3時間早ければなあ、予定通りに引越屋が来ていればなあ、と
わたしは半ばぼんやりした頭の中でそう繰り返しました。駅近くの書店は
外に出られない人たちであふれかえっていました。この中のだれよりも
この雨がやむことを望んでいるというどうでもいい自信がわたしには
ありました。
ここを出るあいだに。
わたしは地下道をゆっくりと抜けながら思いました。
雨がやんでいるといい。
願いは予想通り打ちくだかれました。わたしはただの雨宿りの人みたいな
顔をして、ビジネス書の新刊を手に取って眺めたりしていました。
逃避行動です。



(後編につづく)
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by mayukoism | 2008-08-14 21:20 | 生活