乃木繭子 本のある風景など。http://twitter.com/komayuko


by mayukoism
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<   2008年 07月 ( 8 )   > この月の画像一覧

混沌まであと何マイル?

一口ガスコンロをかかえて新しい部屋につづく大通りを歩いた。
15時までにガスの開栓をしたら急いで元の部屋に戻り、16時から18時まで
に来るはずの引越業者を待つ、予定がガス屋が来ない。
電話したら予約の時間が15時からになっていた。なんとか早めに来ていただくよう
お願いし、今はしばし空白の時間。なにもない部屋でチーズカレーパンを食す。
なにもない部屋をしみじみ眺める。うん、これは7回引っ越した中で一番せまい
部屋かもしれない。


いま、ガス屋さんから電話があり15時半くらいに来ていただけるとのこと。
やることはたくさんあるのですが、いまは考えない。考えてもどうにもならないときは
考えない。


ただ、引越を決めてからずっと気になっているのが、あの大きい本棚が果たして
入るだろうかということで、階段と玄関口がかなりせまいのでもしかしたら今回は
だめかもしれない、と少し弱気になっている。つりさげて窓から入れるのも、
窓と窓の間に柱があるので、それなりに難しいだろう。どうなることやら。
もし解体せずに入れてくれたら、2年後以降(と信じたい)の引越のときも
絶対お願いする。プロの鑑と褒めたたえる(うれしくない)。


いままでいろいろな引越業者に見積もりを出してもらったが、やっぱりここが
断然安いので お願いするのは実はすでに3回目なのだけど。


で、部屋は学生のときに住んだ保谷のロフト付きの部屋が一番せまい、と
思っていましたが、よく考えたらロフトがない分、今回の部屋のほうが
せまいかもしれない。でも増えるのは本だけだから、それだけを考えればいいのだ。
本のスペースをどう作るかなのだ。


あと3時間後くらいに、この部屋はおそらく混沌世界になっている。
さて、2003年にディノスで通販した180×150の本棚は果たして入るのか。
だいたいダンボール20箱(うち半分以上本)はこの部屋に入りきるのか。
引越屋さんの舌打ちを何度きくことになるか。
あっ、転送届けを郵便局に出し忘れた。もうあきらめて明日にするか。
そして今日すべての作業を終えたら友人の赤ん坊を見に行くという
なぜ別の日に約束しないのか的ハードな夕方が暮れていく。


いまガス屋さんが来てくれました。今年はじめての蝉の声を聞いている。
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by mayukoism | 2008-07-29 15:52 | 生活
AM7:00
寝すごした、と思いながら目覚める。ふと見ると昨日のワンピースのままである。携帯電話から日記を更新しようと横になりそのまま寝てしまったらしいのだが、寝入る直前の記憶がまったくない。かしゃん。シャッターを切るように眠りの国へ。ちなみに今日は休日、もう一度寝ることにした。かしゃん。

AM10:30
ふたたび目覚める。讃岐うどんを茹でながら、冬物洗濯大作戦を実行にうつす。ようやく、というかいまさら、というか。ここ3ヶ月くらいの多忙、身の回りのめくるめく変化をぼんやりと思う。しかしなんでこんなにチョッキが多いんだわたし。しかもほとんどお下がりじゃないか。もう何も考えずぽいぽいとほうり込む。

AM11:30
シャワーから出るとハリー・ポッターからメール。最終巻の発売日でどの書店も人が駆り出されているようだ。1巻目発売当時は郊外の書店で働いていて、店頭に出した2冊があっというまになくなったので慌てて追加注文をしたら、もう騒ぎになっていた。ハリーは決して読まないけどあの喧騒は『ダディ』の次くらいに忘れがたい。

PM13:30
NHKスタジオパークの再放送に樹木希林が出ている。どこかで面白がっているんですよね、の一言にそうなんだよなあ、と頷いてしまう。父から電話。八王子の事件の話と、自転車の話。新しい部屋に自転車が置けないのだが、雨の日も飲みつかれた朝帰りの日もさんざんお世話になったし、まだ乗れるので、実家で預ってもらうことにした。

PM15:00
市役所で転出届、郵便局で住所変更の手続きのため外出。別れを決めた愛すべき自転車の様子がおかしい。だだこんだだこん。後輪がパンクしている。駅前に自転車屋さんがあったはず、と押しながらむかうと「定休日」の札。時間がないので、自転車は駐輪場に置き、とりあえず市役所と郵便局に行く。

PM16:30
隣駅のブで数冊の本を売る。査定の間に均一の文庫を見ていたら、気になる本が続々とあらわれて、みるみるうちに両手がふさがる。なんだこれ。査定は5冊で640円。買った本は9冊で1345円。明らかに計算がおかしい。何かの陰謀にちがいない。しかも引越するって言ってるのに!首を傾げながらブをあとにする。

PM17:00
さて自転車をどうしよう、と思い駅前の交番に寄る。すいません、このへんに自転車屋さんないですか。お巡りさんが指さしたのは定休日の自転車屋さん。いえ、あのお店お休みなんであそこ以外にないですかね、と(図々しく)尋ねると、部屋の奥から電話帳を持ってきてくれて、なんと電話までしてくれる。さらに電話した自転車屋さんは定休日だったにも関わらず、わたしが来るまで入口を開けておいてあげる、と。なんなんだこれは、と思う。なんでみんなこんなにやさしいんだ。わたしは何もしてないのに。お巡りさんにお礼を言って、案内された自転車屋さんへ。半分開いていたシャッターを覗くとタイガースのTシャツを着たおじいさんが一人。この時期は空気をこまめにいれないとだめだよ、と怒られながら、パンク以外の傷んだ箇所も補修してくれた。わたしはパイプ椅子に座らされて、ずっとおじいさんの手元を見ていた。

ディスプレイとして天井に飾られた古い黒の自転車。さまざまな自転車の絵葉書が入ったパネル。床にいくつも落ちているキーホルダー。チューブをいれると揺れるバケツの黒い水。

しばらく自転車にも乗らないし、このお店にもきっと、二度と来ない。

パンク修理は1000円だった。もし新しい町で折りたたみ式の自転車を買うときは、必ず地元の自転車屋さんに行こうと思った。お礼を言って自転車に跨がるとペダルが軽かった。夕暮れ時に自転車に乗るのは久しぶりだ、と思いながら、花びらみたいな赤い雲に向かって自転車をこいだ。

買った本。
『いつか物語になるまで』(晶文社/中上紀)
『十六夜小夜曲』(新潮文庫/阿木燿子)
『May Be The Best Year of My Life』(新潮文庫/オフコース)
『マチョ・イネのアフリカ日記』(新潮文庫/西江雅之)
『阿修羅のごとく』(新潮文庫/向田邦子)
『さよなら子どもの時間』(講談社文庫/今江祥智)
『向田邦子全対談』(文春文庫)
『星の旅』(河出文庫/藤井旭)
『暮しの眼鏡』(中公文庫/花森安治)
花森安治だけ400円でした。
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by mayukoism | 2008-07-23 21:24 | 生活
ふと見えた背表紙を、本の山が崩落しないようにえい、と引っぱり出す。

見渡すと半径3メートル以内にはるかな本の尾根が、壁に向かって
ゆるやかに続いている。
こちらの山に手をつけるとあちらの山もゆれる。
背伸びをすると、ああ、伝説のクレバスも見える。あそこに落ちたら最後、
もう二度とその本には出会えない。
世界が終わって、すべての山がくずれてしまえばまた会えるかもしれないけれど、
それはこの山々の所有者と、今ここにいるわたしの危険をも意味する。
とりあえず地震は、せめてこの部屋にだれもいないときに来ていただきたい。

というわけで、人の本の山はいくら眺めていても飽きるということがなく、
先日はタイミングよくこの本をお借りした。

『それぞれの芥川賞 直木賞』(文春新書/豊田健次著)

文學界、別冊文藝春秋の編集長を経て、文藝春秋取締役も務めた著者の
芥川賞、直木賞回想録ですが、主に触れられている作家は3人のみ、
野呂邦暢、向田邦子、山口瞳についてである。この3人に興味のない人は
あまり楽しめない新書かと思う。

野呂邦暢の名前は『夜中の薔薇』(講談社文庫/向田邦子著)ではじめて知った。
『落城記』テレビ化についての短い随筆だった。

野呂邦暢氏の作品に惹かれたのは、私の持っていないものが
みっちりとつまっているからであろう。

〈『夜中の薔薇』所収 「楠」より〉


向田邦子が惹かれる理由を知りたくて、図書館で『草のつるぎ』を借りてみたが、
当時中学生のわたしにはやや作品世界がとおく、硬かった。
はじめて読んだのは本当に最近で、昨年の向田邦子展を見たあとに
やはり読んでおかなければならぬと思い立ち、図書館にあった『愛についての
デッサン』(みすず書房)を借りたのだった。

古本をめぐって出会う人すれ違う人、その軌跡が淡々と描かれている、ように
見えるのに、本を閉じると読んでいた自分が、どれだけこの物語に揺さぶられて
いたかがわかる。一文一文が研ぎすまされた刃物のような美しさで、いつのまにか
記憶にするりするりと入っている。これだけの張りつめた文章を書き連ねるのに一体、
どれほどの集中力を要するのだろうと思った。

それからずっと、野呂邦暢をまとめて読みたいなあと思っているのですが、
これがなかなか見つからない、あるいは売値が高い。『草のつるぎ/一滴の夏』は
講談社文芸文庫で出ているので持っていますが、なんとなくもったいぶっていて、
まだ読んでいない。

『それぞれの芥川賞 直木賞』では、第一章で野呂邦暢の豊田健次宛書簡を
中心に、野呂の芥川賞受賞までのさまざまな逸話が語られているが、この
野呂邦暢の手紙がとてもいい。小説に対しての、あるいは過ぎるほどの真面目さと
情熱がたえず語られている一方で、同業者の評価を気にしたり、原稿料の前借りを
お願いする、生活者としての作家の姿もかいま見える。

言いたいことが、そこにあれば文体なんかどうでもいいのだという平凡な理屈に、
つい先日、気がつきました。
内容空疎な表現ほど美文に流れやすい。ものかきは、ひたすら語ればいいのです。

(『それぞれの芥川賞 直木賞』所収「野呂邦暢の芥川賞ショーブ日記」
昭和四十五年十二月十二日の手紙より)


また、この新書の巻末には「芥川賞・直木賞データ」が付いていて、第1回から、
金原&綿矢芥川賞受賞の第130回までの両賞歴代受賞者を知ることができる。
初出や決定日、選考委員、なかでも他の候補作を知ることができるのが便利。
ええっ、この人のこの作品が候補にあがっていたのに受賞しなかったのか!とか、
この人このとき候補になっていたのか…とか、選考委員の顔ぶれを見ながら、
だれがどのように発言したのかを想像したりすると、また楽しめます。
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by mayukoism | 2008-07-22 06:18 | 本のこと

夜のいんちきなソネット

目をあけると大きな車窓は黒々と夜を切りとって、ぼんやりとひらいた
指紋をひとつ、浮かびあがらせていた。跳ねるように降りる。駅をひとつ
乗り過ごしていた。降りたのはひとりだった。


反対側のホームに出た。寝覚めの、熱をおびた身体をわずらわしいと
感じた。正面にあったベンチに腰かけて、うしろの駅の方角を見ていた。
上り電車はさきほどすれちがったので、あと15分は来ないだろう。


この駅と、あの駅のあいだに大きな川がある。冬から住みはじめたが
雪は見ていない、というとその人は残念そうな顔をして、あの川べりの
雪景色はむかし多摩八景に選ばれたのだ、と言った。


高架のプラットホームから見えない川を見ていた。夜と水がまじわると
どうして闇はあれほどに深くなるのだろうと考えていた。夜の川を
越えるとき、車窓の指紋は温みをさがしてよりはっきりとひらくだろう。


そのときぱんと音がして線路をわたったひとすじの青い光があった。
つづいてピンク。しばらくして緑。やがて再び辺りを泡のように静けさが
満ちて、トタン屋根を歩く鳩の乾いた足音だけが残った。


またたいたと思うとすぐに消える安価な花火の軌跡が、頭の中でかすかに
夜へ傷をつける。向こうの駅のそばにそびえるあの明るい建物はカラオケ
ボックスだ。だれもが自分の恋を唯一と歌うのだろう。


ほんとうにほしい人からの手紙はいつだって最後に届くのだった。
手紙をひらいてわたしはその人の一日の無事を確認し、ふいに目の前に
あらわれた上り電車に乗りこんで、車窓に映る自分をぼんやりと見た。


この町に住んだことの意味を考える。わたしはこの町に住んでいたことを
すぐに忘れるだろう。ときどきだれかに請われたときだけ子細な地図を
空にえがいて、だれかを驚かせるだろう。


これまでに、似た夜なんてひとつもなかった。いつでも見たことのない暗さで
夜は模範解答をかくした。わたしはきっとくりかえし、ひとつ駅を乗り過ごす。
家でそうするよりもはるかに深く眠りながら、安心して。
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by mayukoism | 2008-07-14 02:22 | 生活

すかんぴんち

引越しの数をかぞえてみる。
二十歳を過ぎてからの引越しに限定する。

西武線沿線に2回。
中央線沿線で3回。
小田急線沿線で1回。
そして今回で7回目である。

ばかじゃなかろうか、と思う。
それぞれの引越しにさまざまな理由があった。
どの引越しも自分なりに回避できなかったわけがあるんですが、
それにしたって薄給の書店員、あっという間に素寒貧です。
ああ、素寒貧て言葉、いま生まれてはじめて使ったと思います。
素寒貧を6回もやって、7回目の素寒貧をもうすぐやろうとしているのか。

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★引越しにまつわる好きなこと

・物件探しにまつわるすべて
・部屋に合わせた小物選び
・気分がのってきたときの解約もしくは移転手続き
・新しい部屋の掃除
・荷解き全般
・引越し屋さんのトラックに運良く乗せてもらえたとき

★引越しにまつわるきらいなこと

・物件契約の手続きにまつわるすべて
・支払いにまつわるすべて
・気分がのらないときの解約もしくは移転手続き
・新しい部屋の物入れの扉をはじめて開けるとき
・荷造り全般
・目の前でひそひそ話する引越し屋
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中でも物件探しは大好きだ。
前からそうじゃないかと思ってはいたが、今回やはり確信した。
定点を決めるのです。
自分で自分の。
そこから放射状に世界が広がっていく。
その時点では、もうありとあらゆることがただすすんでいく。
後退しない。
すすむのみ。

時間があるときの荷造りはまだいいけれど、タイムリミットが近づいて、
くたびれて帰ってきてからの荷造りはもう、拷問に近い。
だれがあたしの本をこんなにいっぱい増やしたの、ばーかばーか、とか思う。
今まではそれほどきらいでもなかったのですが、この前の引越しが
二つ大きな仕事をかかえているときで、たいへんにつらくて、
それで嫌いなほうに入ってしまった。

わたしは比較的大きな本棚をひとつ持っていて、
たいていの引越し屋さんがそこでまずうーん、とうなる。
どう?無理じゃねえ?とか話してる。
これはばらさないと…とまず言われるが、わたしはばかな!と
いったていでぶんぶんと首をふり、
いえ、ここに越してきたときはこのままこれをこう斜めにして
こうやって入れてました!と身ぶり手ぶりで必死に説明する。
そうするとしぶしぶといった感じで運んでくれる。
わたしは床の大きな埃を拾いながら、そうだよ、そうやって運べるんですよ、
だってね、あとでひとりで本棚を組み立てるの大変なんですよ、と
こころの中でつぶやく。
いや、でも、引越し屋さんにはおおむね感謝しています。本、重いし。
わたしが引越し屋だったらこんなお客は遠慮したい。

というわけで引越しだ。
引越し先未定である。
来週には決めたいけど、タイミングだからどうだろう。
ああ、そうか、こんなに大きな買いものなのに、最終的に決定を
左右するのはタイミングだ。運だ。勢いだ。妥協だ。情熱だ。
恋みたいだ。
選ばなくても済むくらいにさきだつものがあれば、こんなに悩まなくて
いいのかもしれないけど、予算ぎりぎりで至極満足できる部屋を見つけるのも
すごくいいものだ。楽しいのだ。
たぶん根っからの素寒貧なんだと思う。
これからもきっと何ももたないで、会いにいく。
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by mayukoism | 2008-07-11 00:44 | 生活

終わらない帰り道

「やりたいことですか」
ずっと音楽を聴いていることだ。ずっと、その時聴いている曲を最後まで聴くために
わざと遠回りするあの帰り道を繰り返すことだ。

『ミュージック・ブレス・ユー!!』(津村記久子/角川書店)より




多くの女性作家が創作の中で、そこで繰り広げられる「物語」のリアルを、
各々の方法で突きつめることに比重をかけていることに対し、
絲山秋子と津村記久子は「人物」のリアルを求めることに比重を
置いている。その意味で、このふたりの作家は根源的に近いものがあると思う。
絲山は「背負ってしまった人間の弱さ」を書き、津村は「背負うことのできない
人間の弱さ」を書く。
『ミュージック・ブレス・ユー!!』と同じように音楽を軸にした絲山の作品に
『ダーティ・ワーク』(集英社)がある。


私は、子供を産むだろう。昔から女たちがしてきたように。今こうして、私のことを
不安にさせたり、少しずつ食べ物の好みを変えたりしている命を、私は
育てたいと思うだろう。
わたしは立ち止まり、大きく息をつきました。
じゃあ、ギターは?
昔、別の人にそんなことを言ったなと思い出しました。仕事は休んだらいい。自分でも
驚くほどさっぱりとそう思いました。

『ダーティ・ワーク』(絲山秋子/集英社)より



前者は進路の決め方がわからない受験前の女子高校生、後者は大学を中退し
スタジオミュージシャンになった二十八歳の女性ギタリストが物語の中心になっている。
『ミュージック…』を読みながら、わたしはアザミがたどり着くのは『ダーティ・ワーク』の
熊井望かもしれない、と勝手に思ったのだ。

だったらそれはそれでいいかもしれない。
わたしは高校生の言葉にも二十八歳の言葉にも、正直、はげしくゆさぶられる。
わたしはどちらの年齢でもないが、ふたつの、一見矛盾するような思いが自分の中で
等しく同時に存在する。たえずどちらかにかたむきながら、それでもしばらくすると
あやういバランスを保ってまた、息をする。それはつまり、どちらにもなれないよと
いうことか。


音楽がそこにあるとはどういうことだろうと考えた。背後でドアが閉まる音を聞きながら、
アザミは、今はヘッドホンをかぶっていないし、何も持っていないし、これからもそうだけど、
自分はひょっとしたら、音楽を聴いたという記憶だけで生きていけるのではないかと思った。

『ミュージック・ブレス・ユー!!』(津村記久子/角川書店)より



しかし津村記久子はタイトルのつけ方がうまくないなあ。
『ちくま』に連載していた『コピー機が憎い!!』がこの人との出会いで、タイトルに驚愕した
勢いでさして期待せずに読んだのだが、これがなかなか類を見ない小説で面白かった。
この作家の動向はしばらくリアルタイムで追っていこうと決めた。
芥川賞は、どうだろう。今回は無理かもしれないが、このひとはいつかとるんじゃないか。
『コピー機…』はいつ本になるのだろう。
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by mayukoism | 2008-07-09 03:58 | 本のこと

小田急線雑考

深夜、改札をぬけるとかすかな雨だった。
惰性でスーパーに寄る。エスカレーターを降りると
うそうそとした野菜の緑であふれている。
薬味のパックをさがしたのだけど、なかった。
流れるようにデザートの棚、惣菜の棚をぼんやり見る。
惣菜の前を腰のまがったおばあちゃんが、はやく
買わないとぬれちゃうからね、ぬれちゃうからね、と
だれかに聞かせるみたいに呟きながら通りすぎた。
雨が降っているのは、知ってます。
なにも買わないでスーパーを出た。
ありがとうございました、と機械が言った。

新宿の駅で、ソルダムが転がっていたのだ。
かすかに赤味のある赤ん坊のこぶしほどの実が、
階段のほうへゆっくりと転げて、そばに白いビニール袋が
投げやりなふうに口をあけていた。
そばに立つ若い女のひとのまっすぐな背中は、肩にかけた
トートバックの中身をさぐっていた。
ソルダムはなおも転がっていった。
近くを通った同い年くらいの、やはり若い女のひとが
かがんでそれをひろった。
トートバックの女のひとは頭をさげてソルダムを受け取った。

遅れている各駅停車を待っていたら、前に並んでいる
ちぢれ毛の男のひとがものすごくのっていた。
ヘッドホンを手のひらでおさえて、前のめりになって
踊っていた。斜めがけのAIPの鞄がわたしの手の甲に
ばさりと当たった。隣に並んだスーツの男のひとは、
虫を見るみたいな目で見てた。
各駅停車が来て、彼は座席の端にいち早く腰かけ、
やがて眠ってしまった。
うしろから見たちぢれ毛には白髪がたくさんまじっていた。

本屋の店先で背の高い男のひとふたりが話していた。
ひとりがうぉーむ、と言った。
すぐにもうひとりがぅわぁーむ、と言った。
ぅわーむ?ともうひとりが言うと、
のんのん、ともうひとりが言って、
ぅわぁぁーむ、と言った。
本を探し終えてわたしがその店を出ると、ふたりも
まるでついてくるように歩きはじめた。
う、う、う、うわぁーむ。
ぅ、ぅ、ぅ、ぅわぉぉーむ。
ふたりともフレッドペリーの、色違いのポロシャツを
着ていた。改札を入って上り方面に消えていった。

スーパーを出て、自転車で小雨の大通りを抜ける。
傘をさし歩く人を追い越すときだけ、心の中で
実況中継する。
抜いた!またひとり、抜いた!
ああ、何もない町だ。
ここには何もない。
雨なんて降る予報だったかな。
どこなら何があるのかな。
さあ、暮らしというのは目に見えるたしかなものですか。
それとも文学からこぼれ落ちたそれだけものですか。
いずれにせよ、わたしはこれから東京のどこへ住もう、と
明日の朝もたぶん思いながら、同じ道を自転車で走る。
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by mayukoism | 2008-07-04 01:15 | 見たもの

長靴同盟不参加

所用あり、以前にアルバイトしていた古本屋へ、雨中。
駅からのびるまっすぐな大通りの奥、商店がまばらになった辺りに
その店はある。
メールで連絡していたので、軒先で傘を振っていると帳場から、
店主のIさんがもう手をあげている。お久しぶりです、と声をかけると
隣りに小柄な女性。反射的にあ、お久しぶりです、と言ったあと
知らない人だと気づく。店頭で展示をしているKさんであった。気を
とりなおしてはじめまして、とご挨拶。

閉店間際の店内を早足気味にぐるりとし、3冊購入。
『青梅』(伊藤比呂美/集英社文庫)
『同級生交歓』(文春新書)
『お話を運んだ馬』(アイザック・シンガー/岩波少年文庫)
上から500円、300円、105円、でした。

依然、雨足つよし。
久しぶりだから焼鳥でも食べに行こう!とにこにこ言うIさんの勢いに
ひきずられて、ご一緒することに。
とつぜんIさんに、そういえばあなた長靴ですか、と尋ねられる。
え、長靴じゃないです、と言うと、IさんKさん、ふたりして足をのばし
すてきな長靴を披露。今日は長靴でないと参加できないんですが、
ま、久しぶりだから特別に許可しましょう、とIさんににやにやしながら言われ、
はあ、と恐縮したふりをしてついていく。

そういえばこの古本屋は、ゆるい坂の低い部分にあって、一度台風の日に
店の前の大通りが川のようになったことがあった。

帳場でのんびり文庫をみがいていたら、どうも窓越しに見える外の様子が
黒すぎる。扉を開けるともうそこまで水がきていた。
慌てて外の、ビニールをかぶせていた均一台を中に入れて
遠く駅の方角をながめやると、路上駐車の車の、タイヤ半分くらいまで
灰色の水が波打っており、完全に川。
帰れない、ことと、店に水が入ったら本がだめになる、ことを隅々まで
想像してかるくパニックになりながらとりあえずシャッターを閉めてみる。
閉ざされた店内でアン・サリー嬢は軽やかに歌う。

しばらく帳場で文庫をみがいていた。勝手口から時々外を見て、
様子がまったく変わらないどころか、どんどん水が近くなるのを見て、
とりあえず移動できる本棚を店の奥に押しやり、入口に泥落としの
赤いマットをはさんで、アン嬢に別れを告げ、ごみ袋を何枚か持って店を出た。

裸足で歩こうかと思ったが、何か踏むといけないのでざぶざぶ歩いた。
パンツを膝上まで上げて、足にごみ袋を巻いたりしてみたけどすぐに落ちてくるし
流れていく。もう知らん、とざぶざぶびしゃびしゃ歩いてるうちに、ふくらはぎに
感じる水の抵抗が心地よくなった。後ろ向きに歩いたり、殿様みたいに水を
蹴飛ばしながら歩いた。

いつもと違うって本当にたのしいなあと思った。

駅に近づくにつれて、通りの水はひいたが、わたしはざぶざぶだった。
駅のホームで電車を待つ人々は、濡れてはいるがきちんと人の姿で
立っているのに対し、わたしはいま山をおりてきたけものみたいな姿で、
羽織ったごみ袋をはずしたりパンツの裾をしぼったりしていた。
本がだめになることだけが心配だったのだけど、大丈夫だった。
店内には水は入らなかった。
長靴を買おうかなあとあのときも思ったのだ。あれから何年?まだ長靴は買っていない。
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by mayukoism | 2008-07-01 19:00 | 見たもの