乃木繭子 本のある風景など。http://twitter.com/komayuko


by mayukoism
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カテゴリ:生活( 88 )

さっきまで晴れていた

深夜、雨の音で一度目覚める。もう一度覚めると朝だった。
損したような気持ちで起きる。

ここのところ仕事を次の日に持ち越すことが多く、
昨日も、これとこれは明日!と自分に言い聞かせて帰った。
当然のことながら明日、つまり今日の自分は、昨日の
自分のしりぬぐいからはじめなければならない。
そのことを朝の車内でなんだかなあ、と思う。

読みかけの『贋世捨人』(文春文庫/車谷長吉著)が
どんどん面白くなり、休憩時間も読みすすめる。
先日読んだ『妻の部屋』(文春文庫/古山高麗雄)も
忘れがたく、いわゆる「私小説」づいている。
が、「私小説」を語れと言われてもよくわからない。

本当かどうかはどうでもよくて、ただ、この物語の
中で語られている言葉は「体験」であると思う。
「体験」を感じられる言葉でないとおもしろくない。
そしてどうも感想やレビューが苦手なわたしは
たぶん読むことを「体験」していないのだなということに
思いいたる。
キーボードをたたく指くらいの感触でもいい、目で追う
言葉を「体験」する力がもういちど(かつてはあった
気がするのだ)ほしい。

そのためには早く寝ることもひとつであるような気がする。
集中力という意味で。

夕方、仕事でいい話を立て続けにふたついただく。
そのうちのひとつはうまくやれば、いろんな人をいい意味で巻きこんで、
愉しむ、あるいは愉しませることができるかもしれない。
まだ、思いつきの段階だから、慎重に練りたい。

夜、久しぶりに人を見送る。
携帯電話がなかった時代のことを思い出す。
ここから先は相手が生きていても死んでいても
わからない、見送るというのはそういうことだった。
これきりかもしれない、最後かもしれない、
そういう切実さに少し鈍感になっているよな、と
思って、すぐ帰ってくるはずなのだが、心の中で
必死に見送った。

深夜、雷がなりやまない。
そう、ネットようやく開通しました。
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by mayukoism | 2008-08-30 02:10 | 生活

告白

ここのとこ浮気をしていた。浮気をして、新しいドトールに通っていた。
200円お得なコーヒーチケットは「裏面捺印の店舗」でしか使えない。
わたしは新しいドトールでチケットを買い、しばらく通ってみることにした。

新しいドトールは職場からほどなくちかい。従業員がたくさんいて、
例えばトレイを返却口まで持っていかなくても取りに来てくれる。
つねに堅くないチーズトーストを出してくれる。壁がヤニ色でない。
トイレの鍵はちゃんとしまる。空調もほどよく、店内のすみずみに
目をひからせる店長はなんだか頼れそう。

なのになぜ、今日わたしは古いドトールに行ってしまったのだろう。
チケットも買ってしまった。3階は冷凍庫のようだ。タンクトップの男の人が
時々腕をさすっている。

だいたいこのドトールは変な客が多い。日曜の午後にいる、窓際の席で
決して座らない男の人、何やら勧誘の手ほどきを、見るたびちがう女の子に
している男の人、しぱっしぱっ、とよく通る高音で、いつまでも歯を
鳴らしつづけるおじいさん。動物園かここは。

トイレの鍵はしっかりと水平にしないと開いてしまう。わたしはこれで2回ほど、
中の人をびっくりさせてしまったことがあるがわたしのせいじゃない。

店長はバイトと思われる女の子といつも最高につまらない軽口をたたいている。
このひとだましやすいだろうなあと思う。調理がだれより遅い、がチーズトーストは
なかなかいい加減で焼いてくれる。

茶色い髪をうしろで束ねた、笑顔のやわらかい女の子が、わたしを見ると
いつも、こんにちはー、と言ってくれる。何も聞かず、紅茶にミルクと砂糖を付けてくれる。

なぜか、飽きない。
そして、落ち着く。

返却口の手持ちぶさたな従業員を見ながらチーズトーストを食すことが、
あんなに落ち着かないものだとは思ってもみなかった。
ドトールにサービスはいらない。放っておいてくれればそれでいい。

とりあえず次、あのヤニ色のドトールに行くときはカーディガンを持っていこうと思う。

『積んでは崩し 南陀楼綾繁のブックレビュー&コラム1999~2004』
(けものみち文庫/南陀楼綾繁著)
を読んだ。
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by mayukoism | 2008-08-19 01:54 | 生活
本屋をうろつきながら時おり人がきの向こうの外を見やりましたが、
依然、一歩を踏み出すのをためらうほどの雨でした。
たまらず携帯電話の履歴をたどり、件の引越屋に電話をしました。
あのーこれ、無理ですよね。
ええ、でもとりあえず運べるものから運び出しちゃいたいんですよね。
電話に出たのは野村宏伸でした。
となると、わたしはいま向かったほうがいいというわけですね。
ええ、そうしていただけるとありがたいんですが。

わたしはそのとき何もかもをあきらめました。
もう、ずぶ濡れになったって着替えりゃいいじゃん。
本棚だっていまさら伸び縮みするわけじゃないし入らなかったら仕方ないじゃん。
時間オーバーで引越料金加算されたらそのときはそのときじゃん。
とにかく引越が今日中に終わればいいじゃん。
開き直って考えると、この状況がたまらなくおかしくなってきました。
はいはいあなたたち(誰だよ)見てなさい、やりますとも、やってやりますとも。
わかりました、行きます。
わたしは電話を切り、やや小降りになったところをみはからって、雨中の人となりました。

アパートの前に着くと、恐縮した様子の野村宏伸が立っていました。
すみません、こんなことになるなら乗せてきてあげればよかったですね、
女性だからいやがるかななと思ったので。
わたしは少しほろりとしてかぶりをふりました。
雨は一時にくらべればだいぶ勢いを弱めていました。
このすきにやっちゃいましょう、野村宏伸が言いました。
ただ、本棚はそうとう難しいと思います。できるだけのことはやってみますが、
解体するとなるとお時間をいただくので料金加算になります、よろしいですか。
覚悟は決めていたのでわたしは即座にうなずきました。もう今日中に終わるなら
なんでもいいです、と笑いながら言うと、加瀬亮(未満)も少し笑いました。
ああ、この引越屋さんいいひとたちだ、とわたしははじめて思いました。
二人は狭い階段を降りていきました。わたしはなまこのようになった靴下をしぼって、
まだ空の部屋で本棚を待ちました。

やがて階段を、かけ声をかけながら二人が上がってきました。
少しずつ、そっち落とすな、あせらなくていいから。
主に声をかけているのは野村宏伸でした。わたしは邪魔にならないように
ユニットバスの中にひそみ、便器に座って二人の様子を見ていました。
二階にたどり着いた二人はまず廊下で、奥の部屋のほうへ本棚を逃がしました。
そこから斜めに少しずつ扉の内側へ本棚を入れてきました。
いける、野村宏伸が言いました。
玄関先でくりひろげられる出来事は、ドアの形に切り取られて全貌がわかりません。
二人の姿も見えません。しかし少しずつ入ってくる毛布にくるまれた本棚を見て、
わたしも思いました。いける。
よーし、入った。
わたしはたまらずユニットバスを出て、あああありがとうございました、と
お礼を言っていました。おそらく大袈裟でなく涙ぐんでいたと思います。
いやー入りましたねよかった、野村宏伸も加瀬亮(未)も笑顔でした。
本当にうれしかった。

さて、すべての搬入が終わって支払いの段になりました。
指定時間内に終了したので、当初の予定どおりの金額で無事済みました。
ぼくらが来る予定ではなかったので領収書は後日郵送になります、と野村宏伸が
言いました。ご利用ありがとうございました。
加瀬亮(未)は疲れきった表情で先に階段を降りていきました。彼は本のつまった
ダンボールを二つ重ねて運んでいたりしていたのでした。
わたしは財布をふたたび開いて、二人を呼びとめました。引越貧乏もいいところだし、
めったにこんなことはしないのですが、感謝していることを形にしたくて、これで
ジュースでも買ってください、と千円札を渡しました。
野村宏伸が、ありがとうございます、と本当にありがたそうに千円札を両手で
受け取ってくれました。
最後にいただいた名刺の裏は「次回ご利用時10%割引券」になっていました。

またふりだしに戻ったわたしは、この部屋を新たな始点にしていろんな場所へ行くでしょう。
いろんな人と会うのでしょう。そして自分のためにあつらえたこの借りものの部屋に
何度も帰ってくるでしょう。この部屋で歌ったり悔やんだりまるまったりするのでしょう。
今まで暮らしたすべての部屋に忘れがたい記憶があり、すべての部屋でわたしは
少しずつつよくなっていました。上手に一人でいるために。
いつかこの部屋を出るときがきたとして、そのときのわたしがどうなっているのかは
さっぱりわかりませんが、その日のわたしのためにこの「次回ご利用時10%割引券」は
大事にとっておく。

とりあえずその日、お祝いで知人と食べた日高屋の餃子とビールは、たいへん
おいしかったです。
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by mayukoism | 2008-08-14 21:26 | 生活
あの日の話をします。
あの日とは前回の日記に書いた引越決行日の、夕方以降の出来事について
お話しします。

あの日、新しい部屋のガスは無事開栓され、わたしは滅多に乗らない急行に乗って、
いそいで部屋に帰りました。
わずかに残った荷物を要不要で分け、靴の箱を運び出しやすいよう紐でしばり、
ひととおり床拭きをすると、もうやるべきことはありませんでした。
前日、引越屋さんに確認の電話をした際、17時には着くようにスケジュールを
組んでますから、と比較的自信たっぷりに言われたのですが、時刻はすでに
17時半をまわっていました。
まあ遅めでよかった、ただし夜に会う予定の友人には多少遅くなる旨のメールを
しておこう、とわたしは空になったシングルベッドに寝転がりながら、メールを打ちました。
ああ、夕方になっても暑いなあ、と思いながらゆっくりと意識が遠のくのを
人ごとのように感じていました。

小さな音で電話が鳴っていました。はっとして頭上の電話をとりました。
電話に出る前にデジタル表示の数字が見えました。「1830」。電話はもちろん、
件の引越屋さんからでした。
今用賀なんです、とその人は言いました。
18時までの予定、じゃなかったでしたっけ、とねぼけながらも言うと、
はい、あの、前の人の引越が大変長引きまして、ほとんど荷造りがされて
いないような状況の方だったそうでして、実は本来僕たちはそちらに行く予定では
なかったんですが、急遽お伺いすることになりまして、なので申し訳ないんですが、
お客様のお荷物の内容を簡単におっしゃっていただきたいのですが。

わたしはとっさに、これは本棚について話すチャンスだ、と思いました。
約束の時間を過ぎたことで少なからぬ負い目が引越屋にはあるはず。
これは多少の無理を言ってもかなえてくれるかもしれないぞ、という
寝起きとは思えない、ずる賢い思いつきです。
大きめの本棚があります、わたしは言いました。
ぎりぎり入る、んじゃないかと思うんですが。
ほどなくして引越屋が到着しました。一人は野村宏伸(ふるい)、もう一人は
いまだ覚めやらぬ加瀬亮、といった感じの、なかなか感じのいい男子二人組でした。
だいぶ待ちましたか、と聞かれたので、ええまあはい、と答えました。

さて、滞りなく搬出が終わった時点で、時刻はすでに20時をまわっていました。
楽しみにしていたので、どんなに疲れていても友人宅に寄るつもりだったのですが、
赤ん坊のいる家だし、さすがにこの時間の訪問は不可能だろう、とやむを得ず
訪問の約束はキャンセルさせてもらいました。
クリームパンをほおばりながら電車を待っていると、ちと雨が、というメールが
知人から届きました。空を見上げると、薄い雲が若干かかっていましたが雨の
気配はありません。局地的なものかしらんと思いながら、雨はやんでほしいです、
という今思うとたいへんお気楽なメールを送りました。

新しい部屋の最寄駅にもうすぐ到着というころ、再び携帯電話がふるえました。
「ひゃーすごい雨」。わたしは慌てて窓の向こうに目を凝らしましたが、暗くて
よく見えません。やがて列車はホームへすべりこみ、ドアが開いたところで
わたしは呆然としました。扉とホームのわずかなすきまに、飛散した雨が
壁をつくっていました。
夕立にこの時間は遅すぎるだろう、とわたしは思いました。
そして引越にもこの時間は遅すぎる。

あと3時間早ければなあ、予定通りに引越屋が来ていればなあ、と
わたしは半ばぼんやりした頭の中でそう繰り返しました。駅近くの書店は
外に出られない人たちであふれかえっていました。この中のだれよりも
この雨がやむことを望んでいるというどうでもいい自信がわたしには
ありました。
ここを出るあいだに。
わたしは地下道をゆっくりと抜けながら思いました。
雨がやんでいるといい。
願いは予想通り打ちくだかれました。わたしはただの雨宿りの人みたいな
顔をして、ビジネス書の新刊を手に取って眺めたりしていました。
逃避行動です。



(後編につづく)
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by mayukoism | 2008-08-14 21:20 | 生活

混沌まであと何マイル?

一口ガスコンロをかかえて新しい部屋につづく大通りを歩いた。
15時までにガスの開栓をしたら急いで元の部屋に戻り、16時から18時まで
に来るはずの引越業者を待つ、予定がガス屋が来ない。
電話したら予約の時間が15時からになっていた。なんとか早めに来ていただくよう
お願いし、今はしばし空白の時間。なにもない部屋でチーズカレーパンを食す。
なにもない部屋をしみじみ眺める。うん、これは7回引っ越した中で一番せまい
部屋かもしれない。


いま、ガス屋さんから電話があり15時半くらいに来ていただけるとのこと。
やることはたくさんあるのですが、いまは考えない。考えてもどうにもならないときは
考えない。


ただ、引越を決めてからずっと気になっているのが、あの大きい本棚が果たして
入るだろうかということで、階段と玄関口がかなりせまいのでもしかしたら今回は
だめかもしれない、と少し弱気になっている。つりさげて窓から入れるのも、
窓と窓の間に柱があるので、それなりに難しいだろう。どうなることやら。
もし解体せずに入れてくれたら、2年後以降(と信じたい)の引越のときも
絶対お願いする。プロの鑑と褒めたたえる(うれしくない)。


いままでいろいろな引越業者に見積もりを出してもらったが、やっぱりここが
断然安いので お願いするのは実はすでに3回目なのだけど。


で、部屋は学生のときに住んだ保谷のロフト付きの部屋が一番せまい、と
思っていましたが、よく考えたらロフトがない分、今回の部屋のほうが
せまいかもしれない。でも増えるのは本だけだから、それだけを考えればいいのだ。
本のスペースをどう作るかなのだ。


あと3時間後くらいに、この部屋はおそらく混沌世界になっている。
さて、2003年にディノスで通販した180×150の本棚は果たして入るのか。
だいたいダンボール20箱(うち半分以上本)はこの部屋に入りきるのか。
引越屋さんの舌打ちを何度きくことになるか。
あっ、転送届けを郵便局に出し忘れた。もうあきらめて明日にするか。
そして今日すべての作業を終えたら友人の赤ん坊を見に行くという
なぜ別の日に約束しないのか的ハードな夕方が暮れていく。


いまガス屋さんが来てくれました。今年はじめての蝉の声を聞いている。
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by mayukoism | 2008-07-29 15:52 | 生活
AM7:00
寝すごした、と思いながら目覚める。ふと見ると昨日のワンピースのままである。携帯電話から日記を更新しようと横になりそのまま寝てしまったらしいのだが、寝入る直前の記憶がまったくない。かしゃん。シャッターを切るように眠りの国へ。ちなみに今日は休日、もう一度寝ることにした。かしゃん。

AM10:30
ふたたび目覚める。讃岐うどんを茹でながら、冬物洗濯大作戦を実行にうつす。ようやく、というかいまさら、というか。ここ3ヶ月くらいの多忙、身の回りのめくるめく変化をぼんやりと思う。しかしなんでこんなにチョッキが多いんだわたし。しかもほとんどお下がりじゃないか。もう何も考えずぽいぽいとほうり込む。

AM11:30
シャワーから出るとハリー・ポッターからメール。最終巻の発売日でどの書店も人が駆り出されているようだ。1巻目発売当時は郊外の書店で働いていて、店頭に出した2冊があっというまになくなったので慌てて追加注文をしたら、もう騒ぎになっていた。ハリーは決して読まないけどあの喧騒は『ダディ』の次くらいに忘れがたい。

PM13:30
NHKスタジオパークの再放送に樹木希林が出ている。どこかで面白がっているんですよね、の一言にそうなんだよなあ、と頷いてしまう。父から電話。八王子の事件の話と、自転車の話。新しい部屋に自転車が置けないのだが、雨の日も飲みつかれた朝帰りの日もさんざんお世話になったし、まだ乗れるので、実家で預ってもらうことにした。

PM15:00
市役所で転出届、郵便局で住所変更の手続きのため外出。別れを決めた愛すべき自転車の様子がおかしい。だだこんだだこん。後輪がパンクしている。駅前に自転車屋さんがあったはず、と押しながらむかうと「定休日」の札。時間がないので、自転車は駐輪場に置き、とりあえず市役所と郵便局に行く。

PM16:30
隣駅のブで数冊の本を売る。査定の間に均一の文庫を見ていたら、気になる本が続々とあらわれて、みるみるうちに両手がふさがる。なんだこれ。査定は5冊で640円。買った本は9冊で1345円。明らかに計算がおかしい。何かの陰謀にちがいない。しかも引越するって言ってるのに!首を傾げながらブをあとにする。

PM17:00
さて自転車をどうしよう、と思い駅前の交番に寄る。すいません、このへんに自転車屋さんないですか。お巡りさんが指さしたのは定休日の自転車屋さん。いえ、あのお店お休みなんであそこ以外にないですかね、と(図々しく)尋ねると、部屋の奥から電話帳を持ってきてくれて、なんと電話までしてくれる。さらに電話した自転車屋さんは定休日だったにも関わらず、わたしが来るまで入口を開けておいてあげる、と。なんなんだこれは、と思う。なんでみんなこんなにやさしいんだ。わたしは何もしてないのに。お巡りさんにお礼を言って、案内された自転車屋さんへ。半分開いていたシャッターを覗くとタイガースのTシャツを着たおじいさんが一人。この時期は空気をこまめにいれないとだめだよ、と怒られながら、パンク以外の傷んだ箇所も補修してくれた。わたしはパイプ椅子に座らされて、ずっとおじいさんの手元を見ていた。

ディスプレイとして天井に飾られた古い黒の自転車。さまざまな自転車の絵葉書が入ったパネル。床にいくつも落ちているキーホルダー。チューブをいれると揺れるバケツの黒い水。

しばらく自転車にも乗らないし、このお店にもきっと、二度と来ない。

パンク修理は1000円だった。もし新しい町で折りたたみ式の自転車を買うときは、必ず地元の自転車屋さんに行こうと思った。お礼を言って自転車に跨がるとペダルが軽かった。夕暮れ時に自転車に乗るのは久しぶりだ、と思いながら、花びらみたいな赤い雲に向かって自転車をこいだ。

買った本。
『いつか物語になるまで』(晶文社/中上紀)
『十六夜小夜曲』(新潮文庫/阿木燿子)
『May Be The Best Year of My Life』(新潮文庫/オフコース)
『マチョ・イネのアフリカ日記』(新潮文庫/西江雅之)
『阿修羅のごとく』(新潮文庫/向田邦子)
『さよなら子どもの時間』(講談社文庫/今江祥智)
『向田邦子全対談』(文春文庫)
『星の旅』(河出文庫/藤井旭)
『暮しの眼鏡』(中公文庫/花森安治)
花森安治だけ400円でした。
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by mayukoism | 2008-07-23 21:24 | 生活

夜のいんちきなソネット

目をあけると大きな車窓は黒々と夜を切りとって、ぼんやりとひらいた
指紋をひとつ、浮かびあがらせていた。跳ねるように降りる。駅をひとつ
乗り過ごしていた。降りたのはひとりだった。


反対側のホームに出た。寝覚めの、熱をおびた身体をわずらわしいと
感じた。正面にあったベンチに腰かけて、うしろの駅の方角を見ていた。
上り電車はさきほどすれちがったので、あと15分は来ないだろう。


この駅と、あの駅のあいだに大きな川がある。冬から住みはじめたが
雪は見ていない、というとその人は残念そうな顔をして、あの川べりの
雪景色はむかし多摩八景に選ばれたのだ、と言った。


高架のプラットホームから見えない川を見ていた。夜と水がまじわると
どうして闇はあれほどに深くなるのだろうと考えていた。夜の川を
越えるとき、車窓の指紋は温みをさがしてよりはっきりとひらくだろう。


そのときぱんと音がして線路をわたったひとすじの青い光があった。
つづいてピンク。しばらくして緑。やがて再び辺りを泡のように静けさが
満ちて、トタン屋根を歩く鳩の乾いた足音だけが残った。


またたいたと思うとすぐに消える安価な花火の軌跡が、頭の中でかすかに
夜へ傷をつける。向こうの駅のそばにそびえるあの明るい建物はカラオケ
ボックスだ。だれもが自分の恋を唯一と歌うのだろう。


ほんとうにほしい人からの手紙はいつだって最後に届くのだった。
手紙をひらいてわたしはその人の一日の無事を確認し、ふいに目の前に
あらわれた上り電車に乗りこんで、車窓に映る自分をぼんやりと見た。


この町に住んだことの意味を考える。わたしはこの町に住んでいたことを
すぐに忘れるだろう。ときどきだれかに請われたときだけ子細な地図を
空にえがいて、だれかを驚かせるだろう。


これまでに、似た夜なんてひとつもなかった。いつでも見たことのない暗さで
夜は模範解答をかくした。わたしはきっとくりかえし、ひとつ駅を乗り過ごす。
家でそうするよりもはるかに深く眠りながら、安心して。
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by mayukoism | 2008-07-14 02:22 | 生活

すかんぴんち

引越しの数をかぞえてみる。
二十歳を過ぎてからの引越しに限定する。

西武線沿線に2回。
中央線沿線で3回。
小田急線沿線で1回。
そして今回で7回目である。

ばかじゃなかろうか、と思う。
それぞれの引越しにさまざまな理由があった。
どの引越しも自分なりに回避できなかったわけがあるんですが、
それにしたって薄給の書店員、あっという間に素寒貧です。
ああ、素寒貧て言葉、いま生まれてはじめて使ったと思います。
素寒貧を6回もやって、7回目の素寒貧をもうすぐやろうとしているのか。

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★引越しにまつわる好きなこと

・物件探しにまつわるすべて
・部屋に合わせた小物選び
・気分がのってきたときの解約もしくは移転手続き
・新しい部屋の掃除
・荷解き全般
・引越し屋さんのトラックに運良く乗せてもらえたとき

★引越しにまつわるきらいなこと

・物件契約の手続きにまつわるすべて
・支払いにまつわるすべて
・気分がのらないときの解約もしくは移転手続き
・新しい部屋の物入れの扉をはじめて開けるとき
・荷造り全般
・目の前でひそひそ話する引越し屋
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中でも物件探しは大好きだ。
前からそうじゃないかと思ってはいたが、今回やはり確信した。
定点を決めるのです。
自分で自分の。
そこから放射状に世界が広がっていく。
その時点では、もうありとあらゆることがただすすんでいく。
後退しない。
すすむのみ。

時間があるときの荷造りはまだいいけれど、タイムリミットが近づいて、
くたびれて帰ってきてからの荷造りはもう、拷問に近い。
だれがあたしの本をこんなにいっぱい増やしたの、ばーかばーか、とか思う。
今まではそれほどきらいでもなかったのですが、この前の引越しが
二つ大きな仕事をかかえているときで、たいへんにつらくて、
それで嫌いなほうに入ってしまった。

わたしは比較的大きな本棚をひとつ持っていて、
たいていの引越し屋さんがそこでまずうーん、とうなる。
どう?無理じゃねえ?とか話してる。
これはばらさないと…とまず言われるが、わたしはばかな!と
いったていでぶんぶんと首をふり、
いえ、ここに越してきたときはこのままこれをこう斜めにして
こうやって入れてました!と身ぶり手ぶりで必死に説明する。
そうするとしぶしぶといった感じで運んでくれる。
わたしは床の大きな埃を拾いながら、そうだよ、そうやって運べるんですよ、
だってね、あとでひとりで本棚を組み立てるの大変なんですよ、と
こころの中でつぶやく。
いや、でも、引越し屋さんにはおおむね感謝しています。本、重いし。
わたしが引越し屋だったらこんなお客は遠慮したい。

というわけで引越しだ。
引越し先未定である。
来週には決めたいけど、タイミングだからどうだろう。
ああ、そうか、こんなに大きな買いものなのに、最終的に決定を
左右するのはタイミングだ。運だ。勢いだ。妥協だ。情熱だ。
恋みたいだ。
選ばなくても済むくらいにさきだつものがあれば、こんなに悩まなくて
いいのかもしれないけど、予算ぎりぎりで至極満足できる部屋を見つけるのも
すごくいいものだ。楽しいのだ。
たぶん根っからの素寒貧なんだと思う。
これからもきっと何ももたないで、会いにいく。
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by mayukoism | 2008-07-11 00:44 | 生活