乃木繭子 本のある風景など。http://twitter.com/komayuko


by mayukoism
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カテゴリ:生活( 88 )

雨と花

室外機をはじく、不規則なリズムでまだ降っているのだとわかる。
ときどき、水を含んだ車のタイヤ音が、マンションの下の坂道をくだっていく。
その音を聴くたび、空間に見えない定規で直線を引かれたような淡い感覚がのこる。
うたたねから覚めて、まだ雨が降っていると気づくとき、なぜか安心する。
うたたね後の世界が、うたたね前の世界のつづきであると、すこしは信じられる気がするから。


わたしはいま部屋にいるので、雨が降っている外の夜を想像する。
マンションの入口の植え込みに咲いていたピンクのマーガレットの群れは、
とうに盛りはすぎたが、まだ咲きのこしている。
たよりない茎を雨に揺らしながら、すこしずつうつむいていくあの花弁の部分は、
人間でいうと顔なのか、頭なのか、皮膚なのか、内臓なのか。


花の名前を言うとたまに、どこで覚えたの、と言われることがあるが、
たぶんそれほど知っているわけでもない。うっかり思いこんでいることもよくある。
こないだまで、雑司が谷霊園を囲うように蔓をまく植物は「トケイソウ」か、と思っていたが、
ある日、ふと足元に、「クレマチス」という小さな札が埋まっているのを見つけた。
なるほど、「トケイソウ」の長針と短針のような雄しべが見あたらないので、
たぶんあの植物は「クレマチス」なのだろう。


向田邦子をあげるまでもなく、「花の名前」にはどこか男女の微妙な距離感を
彷彿とさせる、エロティックなイメージがある。
男が女に花の名前をたずねる。女は知らないの?というような顔で、
これはラッパ水仙、これはコデマリ…と他愛のない優越感も隠さず、教えてやるのだ。
「花の名」も「樹木の名」も「星の名」も知らなくたって、わたしはわたしだと、
ふんぞりかえって言いたいような気もするけれど、名前を知ることは単純にうれしい。


「クレマチス」と思われる花にも、「マーガレット」にも、「紫陽花」にも、「サルビア」にも
いまおそらく雨が降っている。
自分の知っている花の名前をとなえながら眠れば、短い夜のつづきがちゃんとくるかもしれない。
知っている名前は、世界にいちおうの輪郭をつくってくれる。
まだ雨は降っている。音にうたれて、もういちど目をとじてみる。
うまく眠れますように。
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by mayukoism | 2012-06-17 03:43 | 生活

あずま通りをあるく

暗くなった池袋のジュンク堂書店を横目に見ながら、あずま通りに入る。
あずま通りをまっすぐ行けば、やがて雑司が谷霊園につきあたる。
雑司が谷霊園に行くまでに、いくつかの集団とすれちがう。
さっぱりと小奇麗なスーツの集団が大半である。
駅へ向かう集団にさからいながら、あずま通りをあるく。
コンビニの白っぽい灯りは通りにあふれ、ひとびとの輪郭をぼやかす。
通りに近いコンビニは3店あり、まず小さめのセブンイレブン、次にサンクス、
サンクスの角を曲がったところにローソンがある。
あずま通りの終わり、地下を通る副都心線と都電の分岐点あたりに、
ちかくミニストップが開店すると、ある日建物に告知が貼られた。
そうすると夏は、ミニストップのソフトクリームを食べながら墓地をぬけて、
帰路につくのかもしれない。半袖の自分を思いながらぼんやり明るい霊園にはいる。
霊園の先に家があるのだ。


ある風の強い昼、ちょうどその開店準備中のミニストップの先で宅配業者の男性が、
大きなコンテナのような台車を引こうとして、突風に台車の中の伝票が舞いあがり、
文字通り四方八方に飛んでいった光景を見た。
あまりの舞いあがりぶりに、男性も呆然とし、うしろから見ていたわたしも呆然とした。
おそらく個人情報でいっぱいの伝票は、あずま通り一帯ををころげるように駆けていった。
あの伝票…再発行できるのだろうか。なくしたらやっぱり叱られるのだろうな。
彼のせいではないのに。
あずま通りは、背の高い建物のあいだをアスファルトがまっすぐに伸びているせいか、
そんなふうにときおり、怖いくらいの突風が吹きぬけていく。


「家に帰る」ことは、日々体験する「小さな死」なのではないかと思ったのは、
いつもどおり、残業後の深夜のあずま通りをあるいているときだった。
ひとり暮らしをしていたころ、なにかと寄り道してひとりの部屋に帰るのを
先のばししていたのはなぜだったのだろう、と考えながらあるいていたのだ。
帰路をあるく自分には、小さいけれどまだ「どこにでも行ける」可能性があるような気がする。
だが、いちど部屋に入ってしまえば、部屋を出る前の過去の自分に凝視されながら、
あとは今日を終わらせる準備をするだけだ。
その光景が、自分の人生が、あと何年かで終わるかもしれない、と思うときと
もしかしたら似ているのではないかという気がした。
わたしはまだいつでも、どこにでも行ける準備をしておきたいのだと思う。
わたしはまだ死をさとれない。
なんのためにかはわからないけれど、いろんなふうに生きてみたいのだと思う。
そんなことを考えながら、あずま通りをぬけ、霊園をとおり、今日も家に帰る。
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by mayukoism | 2012-04-28 04:12 | 生活

世迷いごと

道に迷うのが好きだ。
もとい、人といて、道に迷うのが好きだ。



住所と地図があれば目的地にはたどりつける、ということは
住所と地図がなければ、まったくの方向音痴であり、空間把握能力もおそらくない。
方向音痴であることは「女子」っぽくて、じつはすこし悔しい。
方向音痴であることを、あまり声高に言いたくはない。
ただ、時間までにどこどこへたどりつきたい、なんてときはだれかがいてくれるとたすかる。

たすかるのだけど、先導役が首をかしげたり、やっぱりこっちかも、などと言って
急にUターンしたりすると、わくわくしてしまう自分がいる。
先導役にとってはこれ以上ないほど、ハタ迷惑な話だろうという自覚はあるので言わないけれど、
じつはこころのなかで、きた、きたぞ、と思っている。

道に迷う、というのはあらすじからはずれることだ。
大団円に向かってまっすぐにつきすすんでいた物語が、
読者の、作者の予想さえもこえて、勝手にまわりだす。

迷わなければ歩かなかった道。
迷わなければうまれなかった時間。
沈丁花の植え込み、工事中の家、補助輪のついた自転車。
だれが通ろうと、これらの景色はずっとここにあり、わたしにとっての非日常は、だれかの日常なのだ。
そのことを感じるとき、迷っているという現実はまるごと、わたしにとってSFになる。

迷ったかも、と言われると、おたがい無防備になる感じも好きだ。
年齢、住所、家族構成、先月の給料、ええいどうでもいいな、いったんすべて脱ぎ捨てて、
ただ情熱と知恵をもちよって、目的地までの道すじを必死にさがそうとする、
そのあけっぴろげな感じは恋に似ている。
実際は恋でなくてもいいのだ。まるで恋みたい、と思う気持ちだって日々のうるおいなのだ。



子どものころ、祖父が少し離れた町の桜並木を見に、散歩に連れていってくれたことがあった。
遊歩道のあちこちで花見をしている集団を見て、ぐるっと帰るつもりだったが、
やがて握る手がすこしずつこころもとなくなり、帰り道わかんなくなっちゃった、と祖父が笑った。
ええー、おじいちゃん、どうするのー、などと言いながらわたしはちっとも困っていなかった。
俳句をたしなむ祖父の話はいつもおもしろくて、わたしは祖父といるのが好きだった。

その日は遅くに帰って、わたしは祖父が道に迷ったことを家族に吹聴した気がする。
道に迷ったことがほんとうはとてもうれしくて、たのしかったのに、そうは言わなかった気がする。
祖父はたぶん笑っていた。
まいったまいった、と苦笑いしていたと思う。
もうすぐ、祖父の七回忌だ。
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by mayukoism | 2012-04-21 04:22 | 生活

ぬばたまの髪は乱れて

女の髪とは、情念だろうか。
5年ほど前に、わたしは情念をばっさりと断ち切ってしまった。
以来、髪をのばしていない。


この髪形をいいと言ってくれる奇特な方がいくらかいるので、というのは
わたしの髪は生まれつき多く、ふとく、黒く、妙なクセまであって、
生まれて数カ月の写真などは、すべて髪がモヒカンになっており、
ようするに、数あるコンプレックスのうちの一つなのだ。
かつて三つ編みにしたポニーテールを「綱ひきの縄」とひっぱった男子よ、
きみをわすれまじ。
ジーン・セバーグもナウシカもとうにあきらめたころ、この困った髪を
うまくまとめてくださる美容師さんに、たまたま出会ったのだった。


髪形を変えたことに気づかない異性を、女がたぶん忘れないように
髪形をほめてくれた異性のことも、女は忘れない。


その美容師さんと、ここしばらく予定が合わなかったが、先日ふたたび
髪を切っていただく機会にめぐまれた。
切る人によって、こうも感触がちがうものか、と思う。
シャンプーひとつとっても、地肌につたわる感触から、
洗ってくれる人の性格や、今日の気分を妄想できる。
洗うほうも、想像しながら触れるのだろうか。
相手のことをなにも知らないのに、触れさせている。
あずけている。


切ったばかりの毛先から、過去への情がいっとき、滴りおちる。


向田邦子の随筆『浮気』(『霊長類ヒト科動物図鑑』(文春文庫)所収)には
いきつけの美容院を移る話が出てくる。
新しい美容院から、ふたたび元いきつけの美容院に戻ると、

「前と同じでいいですか」
といいながら、髪をさわる。久しぶりにうちに帰ったような、安らかな気分になる。
それでいて新しい店の人に済まないなとチクリと痛いものもある。
長い間浮気していた夫が、二号さんのところから本妻のところへもどったときは
こんなものかな、と考えながら目をつぶっている。
(向田邦子『浮気』より)


と「二号さん」「本妻」に例えて、この美容院の逸話のように、
女は毎日の暮しのなかで、自分でも気がつかないくらいの
「ミニサイズの浮気」をかさね、憂さばらしをしているのだと言う。
この情景は、同じく向田邦子の小説『胡桃の部屋』にそのままむすびつきそうだ。
家を出た父と、残されたはずの母が、外で逢いびきしているのを目撃した桃子は、
父親がわりを気どっていた自分を嘲けわらいながら、美容院へ駆けこみ、髪を切る。
そこである句を思い出す。

 胡桃割る胡桃のなかに使はぬ部屋
いつどこで目にしたのか忘れたが、桃子はこんな俳句を読んだ覚えがある。
たしか詠み人知らずとなっていたが、気持ちの隅に引っかかっていたのであろう。
 甘えも嫉妬も人一倍強いのに、そんなもの生れつき持ち合わせていませんと
いう顔をしていた。だが、薄い膜一枚向うに、自分でも気のつかない、
本当の気持が住んでいた。
(向田邦子『隣りの女』(文春文庫)所収『胡桃の部屋』より)


髪をばっさり切るとその「意味」を知りたがる輩が多い。
意味ではなく、髪を切る、という行為がときに必要なのだと思う。
本当のことを知りたくて、髪を切る。
本当のことを知ったから、髪を切る。


子どものころ長かった自分の髪は、ずっと母が結っていた。
そのころ女子のあいだでは、「編みこみ」が流行っていた。
休み時間、編みこみの得意なUちゃんに結ってもらったことがうれしくて、
帰るなり母に見せたところ、編みこみはできない、と怒ったような顔をした。
はっとした。
以来編みこみはしておらず、編みこみのやり方も知らないままだ。
下校する小学生の髪形をなんとなく見ることがあるけれど、
「編みこみ」の女の子はほとんどいないような気がする。
髪を結うUちゃんのなめらかな手つきを思いながら、
彼女はどんな大人になっただろうか、とぼんやり想像してみる。
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by mayukoism | 2012-03-31 23:50 | 生活

ソフトクリーム考現学

いかにしてソフトクリームを食べるか。

と、真夜中、友人たちと円い卓袱台をかこんでふと、そんな話をした。

ふもとから頂上へむかって、ゆっくりと低山をのぼるように食べる。
まずはコーンの手前で更地をつくり、終盤にコーンとクリームの一体化をめざす。
先をつねに「くるん」とさせ、小さなソフトクリームを作るように舐める。

暖房のきいた和室で、夏の食べものの話をしていることが少し、奇妙だった。

ソフトクリームをさしだされるとき、わたしはソフトクリームの後ろ姿のことを考えている。
くるくるとはなやかに着飾った女の子のような食べものだから、
この「くるくる」のいちばんいい角度をさがしてあげたい。
いちばんいい角度を見つけたら、そのうしろにはもちろんソフトクリームの背中があって、
背中はすこしだけ、無防備である。
虚勢をはることにちょっとだけくたびれてしまった、だれかによりかかりたい背中なのだ。

その背中を、なでるように食べる。

と言ったら、おそらくあらぬ誤解をまねくと思い、その夜は言わなかった。

ソフトクリームの「巻き」について考えるとき、そこには宇宙的ななにかがある気がする、
と言ったら、これもきっと困惑の表情をかえされる気がするけれど、
あの「巻き」からはすこし、メビウスの輪のような無限のにおいを感じる。

たとえばコーンがこの惑星で、クリームが宇宙で、いまもこの地上をみおろし、
高い場所からいつまでも「クリーム」を巻きつづけているなにものかがいるのではないかと、
直線で区切られた池袋の空をなんとはなしに見ながら、夢想することがある。
クリームはいつか巻き終えるのだろうか。
コーンの底はすこしたよりないような気がするのだよ。

夢想はどこにもうちよせない。
夢想は答えをもとめていない。
夢想は自給自足である。
だから、わたしは友人と卓袱台をかこんだあとの、いまみたいな一人の時間も好きだ。
夢想とは、頭の中で終わらないソフトクリームを巻きつづけるようなものだ。
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by mayukoism | 2012-03-24 04:46 | 生活

窓と発熱

方角でいうと南西を向いたわが家の窓は、ちょうど雑司が谷から新宿方面を
見おろすようなかたちで、波頭のような家々の屋根をうつしている。
窓とむかいあわせに置いた無印良品のソファにふかく腰かけると、
半分の曇りガラス部分より上、窓からの景色はすべて空になる。

発熱できしむ身体をもてあましながら、ずっと窓を見ていた。
自分の干した洗濯物が、風のない日はじらすように揺れながらとどまり、
風のある日は窓を鳴らしてすこしずつ移動した。
14時を過ぎれば太陽はもうその身を横たえる準備をすこしずつしはじめた。
それは、部屋にはいる光の角度でわかった。

昼間の世界はいろんな音がするものだなあ、と思った。
共用の廊下を、検針にまわる水道局員の足音がゆっくり近づいてくる。
園児たちの散歩コースも、猫の国ではすでに春がきているらしいことも耳で知った。
そのあいだも、窓の空はゆっくりと明るさの加減を変え、飛行機雲をのみこんだり、
烏の航跡をふるわせたりした。

窓は、時計を見るよりも時間そのものだった。
窓を見ていれば、見えない時間がそこに空や雲や風のかたちをして流れていた。
わたしは時計を気にすることなく、時間が流れていくことを喉のいたみとともに感じていた。
いま地上にいるあらゆる人たちの上に、この空が流れているのなら、
なにも伝えなくていいから、ただ一斉にみんなで空を見上げてみるのがいいのじゃないかと思った。

太陽がマンションの隙間に暮れはじめて、さて洗濯物をとりこむか、と立ちあがる自分にはっとなる。
干した洗濯物を暗くなるまで放置してしまいがちな、ふだんの自分をかえりみたとき、
自分の自由な時間を優先することに、いかに気をとられていることか。
夕暮れがきて、さて洗濯物をとりこもうと腰をあげること、その余地が「生活」なのではないか。
ふだんの自分から、どれだけの余裕が失われているのだろう。

けっしてひろい部屋でなく、お湯の便などよいとは言えないが、同居人と「この部屋だ」と
すぐに一致して決められたのは、たぶんこの窓の存在が大きかった。
曇りなら曇りの、晴れなら晴れの日の、
寒い日にはぱりんと割れそうな、暖かい日はうるりと溶けそうな、
この窓から眺めるどの空も、ポケットに入れてもちはこびたいくらい、わたしは好きだ。
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by mayukoism | 2012-02-23 23:50 | 生活

手紙と星座

ほとんどがチラシであることをたしかめるために、むっつりおし黙る銀色の集合ポストをひらくとき、
ひらく手の内側でほんのすこし、未知の国から自分宛ての招待状が届いているのではないかと、
ひととき想像にふけるわたしを、はい、認めます。

もちろん想像はたんなる想像でしかなく、住宅やピザやネット回線の過剰にはなやかな宣伝を、
なにも思わないようにしながらゴミバコにすべらせるのだが、いつもとちがったのは、
おそらく前の住人宛てのものと思われる郵便物が、そこにまぎれていたことだ。

番地も、部屋番号も同じで、名前だけがちがう。この名前ははじめてだ。借家ではよくあることだ。
手のひらの上の知らない名前を、近しいようなわずらわしいような、奇妙な距離感をもって、見る。
この名前がわたしではない、と、わたしはどうやって証明できるのだろうか?とふと思う。



先日、職場の書店に、一昨年亡くなった祖母の話し方によく似たお客さまからの電話があった。
耳に心地よいイントネーションはおそらくあの地方のものだろう、と思っていたら、案の定近い住所だった。
脚がわるく店まで行くことができない、いくらかかってもいいから本を送ってほしいという電話だった。

名前を尋ねられたのでお伝えすると、「OOさん、ありがとう」と告げられて不思議な気分になった。
祖母はわたしをとうぜん下の名前で呼んだから、よく似た口調で苗字を呼ばれ、お礼を言われると、
それこそ未知の国からの電話のようでぼんやりとする。

また職場の別のフロアにて、よく電話で無理難題を言うお客さまがわたしと同じ苗字で、
これもまたなんとも、居心地がわるい。日誌に書かれた名前と無理難題のいきさつを読みながら、
意味もなく脚を組みかえる。なんとかしなくては、とつい思ってしまうが、なんともできるわけがない。



ふたたび手紙の話。

カルカッタを通過する知人に送るよう頼まれた手紙は、大使館留め、領事館留め、中央郵便局留めと
受取場所が3つあって、10数年前のネットのない時代、バックパッカーへの連絡手段はほかになく、
3通の手紙を書いて、それぞれの場所に送ったことがあった。

が、3通の手紙はいずれも受けとられることなく、知人は次の土地へ移動することになった。
袋か、箱か、ひっくりかえして探してもらったが、わたしの手紙はそこにはなかったと聞いた。
異国の地で、ひっそり目をとじたまま消えてしまった3通の手紙のことを思うとき、なぜか星座が思いうかぶ。

はるかな闇に点在する茫漠とした光に、地上から名前をつける。
名前をつけることで、はるかなものを少しだけこちらにひき寄せようとしたのだろう。
届かなかった手紙を思うことは、星に名前をつけようとすることに、少しだけ似ている気がする。
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by mayukoism | 2012-02-11 03:46 | 生活

ナポリタン・メモリーズ

『探偵はBARにいる』という映画で大泉洋演じる探偵が、喫茶店で毎朝食べるのが
「ナポリタン」だった。
喫茶店のウエイトレスが探偵の気を惹こうと、ダイタンに挑発するその妙な仕草に、
つい目をうばわれてしまうのだけど、たしかにあれはナポリタンだった。

と、気がついたのは、その夜たまたま観た「きょうの料理」の献立が、「スパゲティナポリタン」だったからだ。
いくつか知らない工程があった。

ひとつは「くだいたスープのもとを入れる」。
もうひとつは「パスタのゆで汁を最後に加える」。
さっそくためしてみる。

わが家では、「ナポリタン」が献立の中心になることはなかった。
オムレツや、ハンバーグの付け合わせとして、それはこじんまりと存在した。
だから、ナポリタンをめぐる記憶や郷愁は、自分のなかにほとんどないはずなのに、
ナポリタンを思うとき、それはいつもなぜか「懐かしい」。

ナポリタンの「懐かしさ」とは、赤々したケチャップが醸しだす「スナック感」なのか。
輪切りのピーマン、櫛形の玉ねぎ、缶づめのマッシュルームが織りなす「おもちゃ箱感」なのか。
できあがったナポリタンを意味もなくしみじみ食していると、同居人が、
「なぽり+たん=萌え・・・」などとくだらないことを言う。

ナポリタンのレシピをインターネットで調べてみると、じつにさまざまなナポリタンがあった。
牛乳を入れてまろやかにするものや、意外と多かったのは「ソース」を加えるというもの。
ナポリタンは日本で生まれた洋食だというから、今後も日本の各家庭で進化をとげるのかもしれない。

家、と言えば何年か前、わめぞのネギさん邸へお呼ばれしたとき、
「猫ストーカー」の浅生ハルミンさんが、ナポリタンを作ってくださったことがあった。
カゴメかデルモンテか、ケチャップをまるまる一本使いきるという、まっすぐなナポリタンだった。
神聖な舞台をみるように、真剣にケチャップを使いきるハルミンさんを、各々が真剣に見ていた。

それよりもずっと前、日韓ワールドカップをみんなで観よう、と集まった当時の同僚の家で、
お母さんがナポリタンを、大量に作ってくださったことがあった。
おそらく目分量でパスタを茹で、目分量で味付けをしたと思われる、大盛りの「ナポリタン」が
妙においしくて、たのしかった。

だれひとりサッカーが好きなわけではなかったのだけど、ただ無邪気にはしゃぐ女子たちと、
使いなれない皿で食べたナポリタンの赤さは、たしかにわたしの「懐かしさ」につながっている。
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by mayukoism | 2012-02-04 03:41 | 生活

坂道考

暗い部屋で、目を閉じて、もうすぐ眠りにおちるというそのまぎわに、
視覚以外の感覚がすっ、と刃をぬくように尖る時間があり、そういうとき、
マンションの前の坂道を下る、自転車の長いブレーキの音が耳に入ってくる。
どこからの帰りなのか、それともどこかに向かうのか、彼か、彼女か、
思考が言葉になる前にブレーキは遠ざかり、わたしの身体もわたしから遠ざかる。


帰路、マンションの部屋の明りを見あげながら坂道をのぼる。
坂道の向こうには雑司が谷霊園があり、だからというわけではないだろうけれど、
坂道をのぼる、という行為にはちょっとしたトリップの感覚がある。
坂をのぼるとき、うっすらと思いうかべる物語がある。


 ―あの坂をのぼれば、海が見える。
 少年は、朝から歩いていた。草いきれがむっとたちこめる山道である。顔も背すじも汗にまみれ、休まず歩く息づかいがあらい。

   杉みき子『小さな町の風景』(偕成社文庫)所収「坂のある風景 あの坂をのぼれば」より



祖母に聞かされていた「海」をたしかめに、坂道をのぼる少年の短い話は、
たしか、小学校3年の国語の教科書で読んだ。
なぜそれをおぼえているかというと、転校したての小学校で朗読をさせられたとき、
話に夢中になってえんえんと読みすすめてしまい、笑われたからだ。


教科書には「あの坂をのぼれば」の一篇しか収録されていなかったので、
このお話が作者の故郷、新潟県高田を書いた作品集のほんの一部であったことを、
大人になるまで知らずにいた。
「あの坂をのぼれば、海が見える」というこの印象的な書き出しはなんだったっけ、と
調べるうちに再会した。


 トミ子のマンションへ通うのは週に二回だったが、庄治はいつも坂の下でタクシーを降りた。一方通行になっていたからだが、通れたとしてもそうしていたに違いない。そこから先へゆくとメーターが上るのである。

   向田邦子『思い出トランプ』(新潮文庫)所収「だらだら坂」より



この話もよく思いだす。
マンションに女を囲う庄治は、「そういう身分になれた」ことに、どこか弾むものを感じている。
そして、坂道をゆっくりのぼるのだ。
「男の花道という言葉がちらちらした。花道は、ゆっくりと歩いたほうがいい。」
はじめて読んだのは中学3年の夏で、ああ、大人ってこうなのか、と思った。
いやではなかった。
ただ読み終えて、坂の下の夕焼けを、制服のままで、並んで見ているような気分になった。
いつか、自分も、こうして、坂道の中途に置いていかれるのかもしれない、と思った。


もうひとつ。
坂道、というと思いだすなぞなぞ。
「世界中の上り坂と下り坂、さてどちらが多いでしょう?」
幼いころ、叔父に教えてもらったこのなぞなぞがわたしは大好きだった。
よくできているなぞなぞだ、と子どもながらに思っていた。
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by mayukoism | 2012-01-28 02:45 | 生活

犬派と猫派

どちらかというと自分は犬派だと思っている。

散歩中の犬をじっと見る。
おしりがふりふりとゆれるのを見るのは、しあわせだ。
往来で犬同士が出会うと、どのような態度をとるのか、息をつめる。
くるったように吠えるのもいれば、無防備に相手の匂いを嗅ぎにいくのもいて、さまざまだ。

3年前まで実家に犬がいた。
長毛の秋田犬で、大型だったので散歩していると「熊!?」とよく驚かれた。
臆病で、よくほかの犬や、人も噛んだ。
わたしも一度不注意で左の薬指を噛まれ、3針縫った。

でも、好きだった。
実家を出ていたのでたまにしか会わないのだが、帰るたび熱烈なキスの歓迎をうけた。
やつが後ろ足で立つと、わたしとキスをするのにちょうどいい背の高さになった。
亡くなる前に帰ったいちどだけ、もう後ろ足で立つことができなかった。
わたしがしゃがんだ。

いまでも犬を見ると近よりたくなるし、目と目で通じあったりもしたい。
けれど、犬派vs猫派というあちこちでくりかえされる他愛ない会話のなかで、自分は
「どちらかというと犬派」
というおもしろくない答えをかえしてしまう。

自分が好きなのは実家にいたあいつで、あいつがたまたま犬だから、自分は犬が好きなのだ。
そもそもずっと犬が好きだったわけでもない。きらいだったわけでもなかったけど。
わからない。



雑司が谷に住んでいると、この街は「猫派」だったら聖地のような場所だと思う。
毎日のように猫とすれちがう。
すれちがいながら目があう。見つめあうこともしばしばある。
人懐こいやつもいて、見つめあううちに寄ってくる。

額、のあたりを親指でそっとなでる。
触れたとたんに、すっと目の前のあたたかみが遠くなる感じがする。
人間ってふがいないな、と思う。
こんなふうに寄ってきてくれたあんたに対して、いま、あたし、撫でることしかできない。
いっしょに屋根の上で休むこともできなければ、フェンスの縁を駆けることもできやしない。

猫と対面すると、人間はひどく無能な生きものだと感じる。
自分は自分の、おまえはおまえの世界で、問題を勝手に解決して、生きていくしかないのだなあと思う。
猫というおおらかな大地のような生物を、自分はひきうけられないとつよく思う。

亡くなった実家の犬の遺骨を、庭に埋葬するのに墓地から分けてもらう話が、家族から出たことがあった。
自分は実家を出た身だから、と前置きしたうえで、反対した。
あの、しなやかな身体を、分けてしまうのはかわいそうだと思ったこと。
もうひとつは、家族の一員としての自分が、小さな庭にある彼の一部を守りつづける自信がなかったこと。

生きものをひきうけることは、はてしがない。
ひきうけることについて考えることも、はてしがない。
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by mayukoism | 2012-01-20 02:36 | 生活