乃木繭子 本のある風景など。http://twitter.com/komayuko


by mayukoism
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カテゴリ:聞いたこと( 11 )

占っていただきました

りぼん、なかよしなどの漫画誌とともに、少女のころに一度は存在を認識する雑誌として
『My Birthday』という月刊誌があった。
星座、おまじない、カード、血液型などのありとあらゆる占いに関する記事が中心で、
星座別に毎日参照できる「マンスリー・ホロスコープ」というページがあった。
「今日のラッキーカラーはイエローか・・・」
などとその日の運勢をたどって、黄色い服やアイテムを必死にさがして身につけ、
登校したりしていた、当時小学生のわたし。

が、「あこがれの人」がはっきりと「恋愛対象」に変化するように、結論をはかりにくい占いより、
目の前のめくるめく現実にどう対処すべきか、ではちきれんばかりとなった思春期の自分は、
いつのまにか占いから遠ざかっていた。
気にならないわけではない。
まったく信じていないわけでもない。
ただ、それをたよりにしても、手元には結局なんにも残らない、と思っていた。

ご近所であるわめぞの「ぞ=雑司が谷」に「JUNGLE BOOKS」という「古本と占い」の店が
昨年オープンした。

オープンする前からジャングルさん夫妻(田波健さん・有希さん)の噂はよく耳にしていて、
健さんは無類の本好きで元パンクロッカー、有希さんはタロット占い師、という
異色の経歴からこわいような、わくわくするような気持ちでお二方の姿を想像し、
さらに、ジャングル息子さん(小学生)のさまざまな伝説(わたしが好きな伝説は、
池袋駅前の「服部珈琲舎」で、一人でカレーライスをオーダーして食べていた話)を
聞いてますますおののいていたのだけれど、お会いしてみたらなんだか愉しいご家族で、
とくに有希さんと話すうちに、忘れていた「占い」についての感覚を思い出していた。

で、先日、占っていただきました。
対面占いはもちろん初体験。

生年月日と名前をお伝えし、自分でもつくづく曖昧だと思う「懸案事項」について、
しどろもどろに説明する。
有希さんはいつのまにかタロットカードを、水面をなでるようにやわらかく混ぜている。
それはね、ぜんぜん曖昧じゃないですよ、と言われてひどく安心する。
ひらかれたカードから有希さんがわたしの過去や、現状や、少しさきの未来について、
水のようにやわらかく話しはじめる。

そのカードには、有希さんにしか見えない文字が書いてあるにちがいない、と思った。
それくらいわたしの過去や現状に関する話が、現実の自分と合致していた。

自分が「こう見られている」というのは自分でなんとなくわかるものだ。
正直に言えば、処世術としてそのイメージを利用することもある。
「たぶんこう見られている」けど、「実はこういうところもあり」、「本当はこうなのだ」という部分を
ゆっくり語られて、狼狽した。狼狽のあまりちょっと泣きそうになったくらいだ。
そこにはいったいぜんたいなにが書いてあるのだ?と。


占ってもらうまでは、やりすごせるかもしれないと思っていた。
やりすごせるかもしれないことを占っていただくのは悪いな、とも思っていた。
占っていただいたら、自分がどれだけそのことを考えていたかがわかった。
占っていただかなければ、それはわからなかった、かもしれなかった。


占いは答えではなく、自分を客観的にをしめす座標のようでもあるのだなあ、と思った。
座標平面に、座標軸をひっぱり、座標の位置がとん、としめされる。
すると、しめされた座標がなにかを語りはじめるのだ。
座標でしめされた自分は、その位置からひろがる景色を眺めてみる。
眺めてみて、はっとする。ああ、と思う。
そういうことだったのかあ。

初占い、おもしろかった。
もしかしたら占いを敬遠したり、少々おそろしく思っている方もいらっしゃるかもしれませんが、
有希さんのお話を聴くだけでも楽しいので、ぜひ足をはこんでみてはいかがでしょうか。
もちろんいい本もたくさんあります。
pippoさんの「古本ざしきわらしが行く JUNGLE BOOKS編」も必見です。
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by mayukoism | 2011-01-28 03:15 | 聞いたこと

歌う人

きのうは前髪をすこし切って、ふちがみとふなとライブに知人とでかけた。

シアターイワトに行くのははじめて。
入口の行列のあいまに岡崎武志さん、ナンダロウさんの姿をお見かけし、ごあいさつ。
ビルのむこうの夜になろうとしている空に、そっくりな色のチケットをいただく。
暗い小さな入口で、ムギマル2の「マンヂウ」2個入り紙袋をいただき、ほこほこと席につく。

ゴゴシマヤの澄子さんが入ってきて、ごあいさつをする。
前のほうに岡崎さんたちがいらっしゃいます、とお伝えして小さな背中を見おくる。
ほんの少しゴゴシマヤで店番をまかされていた時期があり、そのときにはじめて、
ふちがみとふなとを聴いた。
帳場にはいると、CDプレイヤーにはたいていふちがみとふなとのCDが入っていた。
そのままかけて、毎回そのままかけるうちに、耳にくっついてはなれなくなった。

ちょっときゅうくつで、訪れる人びとの体温がかたまりになって渦を巻いているような、
小劇場のこの雰囲気はひさしぶりだなあと思う。
「マンヂウ」の組み合わせにはバリエーションがあり、知人は「黒蜜地につぶあん」と
「ヨモギ地にチーズ」、わたしは「ヨモギ地につぶあん」と「ヨモギ地にうぐいすあん」だった。
ほのかに暗いまま、ゆっくりとライブははじまる。
ペールエールを瓶で飲む。

7時半から休憩をはさんで22時まで、ながいながい冒険をしたような気分だった。
休憩をはさんで後半のはじめ、ふちがみさんがよいしょと靴をぬぎ、マイクを持ちながら
椅子をわたって観客席のまんなかまで来て、歌いながらステージのふなとさんの
声がとどくかをたしかめていた。音量もう少し上げて、と顔をきらきらさせながら言って、
また椅子をわたってステージに戻っていった。

そこにいるのはふちがみさんというたしかな身体なのだけれど、
そのあまりのかろやかさをまるごと空気のようだと思った。
空気は空間のすみずみまで満ちて、人びとの胸のうちにもいつしか満ちている。
ふなとさんのウッドベースは表にも裏にもなって、この小さな空間をくっきりとふちどる。
肩を抱くようにつまびくウッドベースを色っぽいと思う。
遠くてはっきりとは見えないふなとさんの指先や、弓がふるわす弦のうごきに目をこらす。

ふちがみとふなとの歌は、どうしてこんなに朝にも昼にも夜にも、春にも六月にも
裕ちゃんにもうしろまえにも、くるくるとゆるゆるとどこまでも自在になれるんだろう。

最後にリクエストに答えて『歌う人』をうたう。
ああ、ゴゴシマヤでこの歌をずっと聴いていたな、と思いだす。
わき水の最初の一滴のように、歌がその場ににじみだす。
ダニエル・ジョンストン『The story of an artist』のカバーであることをはじめて知った。
そのどうしようもなく、どうしようもなくうつくしい歌で、
コンパスが円をとじるようにライブは終わった。
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by mayukoism | 2010-05-26 20:00 | 聞いたこと

奏でる人と歌う人

思いを言葉にすることで、世界は断面になる。
ひとつとして同じ断面はない。
そのとき、あなたとわたしがどこにいて、なにを見て、
季節はいつだったか、天気はどのようだったか、
あなたはいくつだったか、わたしはいくつだったか。
言葉からこぼれおちたものもすべてふくめて、世界はいくつもの断面になる。

息もつかせないラップでつみかさなる世界の断面の数々を、
その日、ワメトークのゲストだった飯沢耕太郎さんが、ウクレレの音色で
やわらかくおし流していく。
どんなにおし流しても、リボーさんのラップは次から次へと光のように生まれるので、
世界はどんどん切りかわる。
音に、言葉に、別の音に、また別の言葉に。

外市&ワメトークの打ちあげで聴いた、飯沢耕太郎さんのウクレレと、
リボーさんのラップ、そして口笛の二重奏がいまだに忘れられない。
そして、忘れられないけれど、思い出せない。
なんというか明確な音や、言葉として思い出せないのだ。
そのときにいた「和民」の明るさや、こもった空気の感じや、照明のあたったレタスの水滴や、
そういった「場」のすべて、「時間」のすべてが、ぼんやりとまるい、あたたかなかたまりになって、
記憶のなかでとびはねている。

ひとしきり歌いおえて拍手ののち、飯沢さんがレットイットビーだったんだよ、と言った。
軽やかな手つきで弦をはじく、その指先から聞こえてきたのはビートルズで、
リボーさんは『Let it be』の旋律にのせて、ラップをきざんだのだった。
飯沢さんは深くやわらかな歌声の持ち主でもあり、『Let it be』のはじめのメロディを歌った。
飯沢さんのまわりには飯沢さんという風が吹いていて、その風にあたっているのが
なんともいえず、ここちよい。
この人がキノコの、少女マンガの、写真の、とうっすら思いながら見つめる。

リボーさんのラップを聴くたびに思いがせりあがってきてしまうのは、そのリズムが
もしかしたら走馬灯のリズムなのではないか、と思うことがある。

この世界にさよならをするときに脳裏にかけめぐるという、あの走馬灯のことを
だれにも確かめようがないし、確かめるつもりもないのだけど、
ぱしゃっ、ぱしゃっと鮮やかに世界を切ってみせる即興のリボーさんのライブを、
飯沢さんのやわらかなウクレレの音と、どこまでものびていきそうな口笛とともに、
となりで聴けたことで、わたしの世界のどこかがたぶん切りかわったはずなのだ。

その断面のことを、断面はすぐに流されていくけれど、
真正面からわたしは、わたしの言葉で語れたら、
大きすぎず小さすぎもしない、断面にみあった言葉で素直に語れたら、と、
いつも、どこにいても、わたしは思って奏でる人や歌う人を見る。



※下のコメント欄にリボーさんが、この日のラップの詞を書きこんでくれました。
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by mayukoism | 2010-01-19 21:37 | 聞いたこと
深夜の出版社にしのびこむ。なりゆきで。

明日は定休出勤だしほんとごめんなさい、とぼんやりくたびれた体をもてあまして
せっかくの酒宴をお断りしたというのに、あろうことかお断りした相手と
帰りにばったり会ってしまった。

一杯だけ!という話になって、相手の勤務先である版元のオフィスで、
なぜか飲むことに。
コンビニで惣菜を買いこみ、ビールは?とたずねると、たくさんある!とのこと。

白いマンションの一階が、オフィス兼倉庫になっている。
鍵をまわして重い扉を開けると、蛍光灯はこうこうと付いているのに、だれもいない。

最近は倉庫を別に持っている版元が多いので、在庫を直に見られるのはめずらしいのだと言う。
スチールラックにずらりと積みあがる、梱包された同じタイトルの本。
まわりには研磨機やトンカチがあって、これで回送されてきた本をとんとん整えるのだと言う。
Iさんもやるんですか、と担当さんに尋ねたら、
10年やってましたよ、今はちょっとえらくなったからやらないけど、との返事。
あちこちに、取次会社の名前が入った頭紙がカラフルに重なっている。

Ebisuとプレミアムと銀河高原ビール。
いいビールばかり出てくる。2缶飲む。
なぜか話は、娘さんの将来をいかに憂慮しているか、や、1回目も2回目も奥さんが美人、など
たいへん私的な話に。

売場にはいつのまにかふにゃふにゃ現れて、ふにゃふにゃ去っていく、
ちょっとお世辞にも男前とは言いがたいその人が、なぜ美人のハートをものにできるのか、
という話になった。
ぼくはこんなことだれにも言ったことないんだけど、とぼそぼそ教えてくれたのが、これ。

美人は、容姿以外をていねいにほめる。

このひとできる、と思った。これはおそらく真実。
あのN谷さんよりも役に立つ本が書けるかもね、とその人はふにゃ顔で笑った。
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by mayukoism | 2009-09-29 22:34 | 聞いたこと

妙齢女子の胸のうち

いちまいだけ余った手刷りの風鈴のはがきを、どうしようかと思案している。
うるんだような夏の夜の早稲田口をぬける。

古い小屋のような卓球場に心ひかれつつ、向かいの台湾料理屋へ。
今日は女子飲み。
ムトーさんが集めてくれた「妙齢女子の会」(とはだれも呼んでいない)です。
ムトーさん、畠中さん、版元Aさん、版元Kさん、とわたし。
あとから心は女子、の向井さん。

子宮の話から1Q84の話まで、妙齢女子のおしゃべりは、
オールわすれちゃったけど手でこげばいいよね的無軌道さで、
路地裏の海をただよう。
昨夜は畠中さんが、さまざまな話題をばっさばっさと抜群の切れ味で切っていた。
第1回一箱古本市で、開始1時間で畠中さんが10円セールをはじめた話を、
向井さんがあんまり上手に話すので、Kさんとわたしはねじれるほどわらった。

Kさんはムトーさんのお仕事を担当した編集者さんで、初対面だったのだけど、
まったく違和感なく、場になじんでいた。
まわりで勝手にKさんの人生プロジェクトがすすめられていても動じない。
すてきだ。また会いたいと思う。

Aさんは転職をさかんにすすめられている。
妙齢女子の欠陥、の話になると、大きな目をさらにきらきらとさせ、大きくうなずいていた。
Aさんの表情を見ていると飽きない。ゆっくりとしたコマのアニメーションを見ているようで、
いつ会ってもなにか話したくなる人だ。

畠中さんの親戚のおどろくべきつながり、の話になって、関係がややこしいので、
紙に家系図を書くことになったのだけど、レポート用紙の上5cmの、さらに上へ上へと
系図を書き足していくものだから、下がまるまる空白なのに足りない!と言い出して、
あたしが書く!と言ったムトーさんも、途中でスペースの作り方をまちがえて、
線を交差させたりするものだから、よりわけがわからなくなっていった。

そもそも鮎川信夫と言うべきところを、ずっと鮎川哲也と言っていて、
さらに鮎川誠、あ、まちがえた、などと言うものだから、途中でこちらもよくわからなくなって、
向井さんに指摘されるまで、ずっと鮎川信夫のつもりで、鮎川哲也と言っていた。
向井さんが言わなかったら、たぶんずっと鮎川哲也のままだったろう。

まだ東西線あるかも、と日付が変わっているのにつぶやくAさんに、
とっくにないよ!と向井さんがつっこみをいれつつ、早稲田口でみなさんとお別れをする。
そのあと、終電に間に合わないことがわかり、ふたたび戻ってきた畠中さんを
タクシーへ送りこむ向井さん、を置き去りにして、ムトーさんと神田川をこえる。
夜の川は水というより、それだけでうごめく一枚の布のようだ。
いつかムトーさんともっと飲みたいなあ、と思いながら、明治通りを並んであるく。
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by mayukoism | 2009-08-18 18:02 | 聞いたこと

夜のフラフープ

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見えるところから順繰りに、暗闇をまわして、広げていく。
夜更かしとは、終わらないフラフープみたいなものだ。
知っているあの人も知らないあの人も、いまごろ家にたどりついて、
眠りの淵からそっと身を投げていく。
淵でフラフープをまわしながら自分は、とおくで深夜バスが走り出すのを聞いている。
停留所っていつも無口だな。

それでもたまにフラフープを、だれかとまわせるすてきな夜もある。
たとえばこないだの日曜日は、外市のうちあげでカラオケに
行ったのだ。

本職であるPippoさんは音のひびきを大事そうにうたっていた。
一つひとつの音を、Pippoさんのやさしい声が、ていねいに包む。

u-senさんの低い歌声は、場の女子をどよめかせ、しびれさせていた
(はず。でも本当にうまい)。

NEGIさんの声は存在感がある。どこで聞いてもきっとわかる。
どこまでも場をまっすぐつらぬく、つよい歌。

オグラさんも歌う人ですが、こないだは、人の歌に心霊現象みたいな
コーラスばっかり入れているのがものすごく面白かった。

なつきさんは、すらっとした姿勢、長い髪、理知的な横顔に似合う
凛とした歌。歌は人だなあ、となつきさんを見ていて思った。

まこちさんは、歌声があまりに自然で、風みたいだと思った。
まこちさんだけ草原にいるみたいだった。

のむみちさんは、すばらしく酔っており、ずっと笑っている。
なのにひとたびマイクを持つと、うつくしく、かつちから強くとおる歌声。

向井さんの歌にはひたすら笑う。ネタはいろいろあるのだが、
最高だったのはジッタリン・ジン『プレゼント』の「岡島さんバージョン」。
どんなにおかしな歌でも、向井さんは誠実に歌うのだ。
たぶん、愛みたいなものをこめて。

最後に、向井さんといっしょに『さよならCOLOR』を歌わせてもらう。

歌は、言葉を知らなくてもとどくから、歌える人をすこしだけうらやましいと思う。
意味からとおざかって、どこまでもとおざかって、言葉が光のはやさになったら歌になるといい。
夜行バスでつかのま眠る人の夢の内側で、歌になるといい。

七夕の笹を流しにいく午前3時のみなさんとお別れし、鬼子母神脇をとおりすぎる。
歩道の白線は歩くはやさでのびて、白線を踏みながら、今日はフラフープをまわさなくても
眠るだろうと思う。
境内にはたくさんの屋台が組み立てられていて、明日から夏市なのだと、
外市でだれかが言っていたことを思い出した。

写真は7月6日午前3時7分の、鬼子母神脇掲示板。
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by mayukoism | 2009-07-08 03:03 | 聞いたこと
伊集院光がラジオでカセットの話をしていた。
ノーマル、ハイポジ、メタル、あったなあ。
レーベルに転写するアルファベットのシート!
すっかり忘れていたものの存在を、だれかの言葉でおもいだすとき、記憶とは不思議にあざやか。
そしてその記憶はいったいどこにかくれていたのでしょう。
脳みそのひだひだのあいだのなみまのまにまにむにむにと二の腕に触る。意味なし。

むかしの同僚の女の子たちと車で箱根まで行ったとき、ひとりが中学のときに
編集したカセットというのを大量に持ってきた。
そのうちの一本をかけたら、これがプリンセス・プリンセス『世界で一番暑い夏』のA面ぶっちぎり
くりかえしで笑った。歌うのに巻き戻しするのが面倒だったから、とのこと。気持ちはわかる。
峠の車内で真心ブラザーズの『ストーン』を大合唱したりもしていた。
女の子だらけの旅行とはとても思えません。

学研か何かで、自分のラジオ局を作ろう!みたいな記事があって、架空のラジオ番組を
カセットに録音したことがあったと思う。はじめは妹に聴かせようと思っていたのだが、
聴き返してみて封印した。はじめのあいさつで露呈する過剰な自意識が恥ずかしい。
そしていつのまにかこんな本が出ていた。
『ミサキラヂオ』(早川書房刊/瀬川深著)
ぱらぱらとしてみた。ちょっと面白そう。

中学のとき、ちょっとだけ好きになった男の子が音楽好きで、カセットをもらったことがあるが、
入っていた曲が城之内ミサ、崎谷健次郎、スターダストレビュー、稲垣潤一などなど、
かなりしぶい趣味だった。わたしのラジカセはノーマルしか録音できなくて、彼のカセットは
ハイポジだったから、お返しのカセットをどうしよう、とか思っていた。
あのめがねの彼はいまごろどうしているでしょう。
よく考えたらもう20年も前のことなのだった。

時間よ、きみがはやすぎるのだ。
この世のことをもう少しゆっくり眺めさせてください。
だってもう3月も終わってゆく。
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by mayukoism | 2009-03-24 03:51 | 聞いたこと

生活と言葉の速度

アンドウヒデユキさん(仮名)は背筋をのばし、その小さな身体から、意外なほど
大きな声で話しはじめた。

…わたしが合唱に出会ってから、60年の月日が経ちました。

そもそもきっかけは、父親が、素人ではありますが音楽好きで、のど自慢大賞などに
常連で出場していたことから、地元の合唱団に入団しました。
時は悪しくも第二次世界大戦のまっただなか、防空壕で軍歌を歌わされたことなども
ありましたが、歌はいつも、わたしの心を支えてくれました。

やがて敗戦をむかえ、父の故郷で開拓の生活がはじまりました。きびしい暮らしの
中でも、わたしは歌うことをやめませんでした。
高校へ進学し、そこででわたしは歌の師ともいうべき人に出会います。
それがタカハシナオジ先生(仮名)です。
タカハシ先生は、合唱とは心を合わせること、つまり合心である、と申されました。
先生の教えはいまもわたしの胸に生きています。

大学では合唱部に所属し、地元の合唱団設立にも関わりました。その仲間に、
のちに妻となるナカヤマミエコ(仮名)がおりました。
わたしたちは結婚し、4人の子どもをもうけました。結婚後もふたりで合唱はつづけて
おりました。おかげさまで子どもたちもすくすくと育ち、家庭では妻の伴奏で、全員で
合唱するようなこともありました。

長男が大学へ、長女が高校へ入学したころ、平穏なわたしの生活に最大の
危機が訪れました。勤務先の建築事務所が、煙草の火の不始末から
全焼してしまったのです。
苦しい経済状況のなかでしたが、わたしは歌うことをやめませんでした。
苦しいときわたしを支えたのは家族であり、合唱団の仲間であり、そして歌でした。

のち、会社は無事に再建し、わたしも家族も健康で今にいたります。合唱団も
設立50周年を迎え、老若男女問わず、歌が好きな仲間たちに囲まれて
わたしたち夫婦も歌いつづけております。わたしの合唱人生は、わたしの誇りです。
生命がつづくかぎり、わたしは歌いつづけます。それがわたしの願いです…


10月の月次報告書をまとめるのに手間どって遅く帰宅したわたしは、洗濯機を
まわしたり、ご飯を解凍したりしながら、こないだもらったラジオを聴いている。

以前はもっぱらテレビをつけていて、今でも時々つけるけれども、テレビは五感に
親切すぎるので、いつのまにか疲労が増長されていたりする。
ラジオはくたびれた頭にやさしい。ながら聴きなので、言葉は少し遅れて意味に届く。
ぼんやりと意味の川に身をたゆたえていると、突然だれかの半生が語られていて
びっくりする。えーと、だれだ、このひと。

芸能人とか、そういう有名な人ではない。言ってもたぶん地域で活躍しているくらいの、
全国的には無名な人である。そんな人物の半生語りがはたしておもしろいのか、
というとこれがおもしろい。妻の名前などがきちんと登場するところがまたすごくて、
聴きながら圧倒される。
はじめは真面目に聞いていなかったので、細部はほとんど創作ですが、
ここのところ読んだどの小説よりもおもしろい、かもしれないと思ってしまったくらいだ。


小説とは想像の力で、ひとりのひとの人生にどれだけ奥深くまで添うことができるか、
だと思う。
だからわたしは「いちばん好きな小説は?」という、到底答えようのない質問に、
かなりの頻度で「ジョン・アーヴィングの『ガープの世界』」と答える。
『未亡人の一年』も、『ホテル・ニューハンプシャー』も同じくらい好きだが、
あえて挙げるならガープだろう。アーヴィングと同じ時代に生まれることができて、
新刊を心待ちにできることはほんとうに幸福だ。

そんなアーヴィング級に好きな作家たちの新刊が、立てつづけに出てしまった。
購入。

『未見坂』(新潮社/堀江敏幸著)
『幻影の書』(新潮社/ポール・オースター著)
『いつかソウル・トレインに乗る日まで』(集英社/高橋源一郎著)

あっという間に社割で購入した図書カードが消えた。ひどい。もう少しばらけて
発売してくれればいいのに(でもうれしい)。
とりあえず『未見坂』から読んでいるが、『雪沼とその周辺』よりこちらのほうが
好きかもしれない。すべての景色に終わりが、ほのかにある。感想は後日。
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by mayukoism | 2008-11-04 12:41 | 聞いたこと

たった一人の彼女の話

彼女はそのむかし、コンビニで働く一青年に恋こがれ、
告白する決意をした。青年は彼女の存在さえ知らず、
そんな段階で告白するのは無謀だとだれもが止めた。
しかし彼女は、このままだと年が越せないから、と言って、
大晦日、件のコンビニに乗り込んだ。

店長バッチの男性、以下店長「いらっしゃいませ」
彼女「Tくんいますか」
店長「Tは遅番だよ、もうすぐ来ると思うけど」
彼女「じゃあ待たせていただいていいですか」
店長「いいよ、事務所で待ってて」
彼女「ありがとうございます」
店長「なに、Tの友達?」
彼女「いえ、ちょっと告白しに」

実話です。
現在彼女は結婚して2年、お相手はもちろんTくんであります。
そんな彼女が昨年出産しました。
彼女はこのようなおそろしく大胆な面と、かなりの心配性の
部分と両面を持ち合わせている、なかなか稀有な人であります。

いざ陣痛がはじまって分娩室に入った彼女が片時も放さなかったもの。
それはお産のマニュアル本。
本に載っている呼吸法を完璧に遵守しつつ、ある段階を終えるとページをめくり、
「今、やっと次のページにいきました!」
力みながら助産師さんに報告。
しかし、彼女はあまりにもマニュアルの呼吸法を守ることに集中しすぎて、
自分本来の呼吸の仕方がわからなくなってしまった。
それこそ息も絶え絶えになりながら、パニック状態の彼女は耐えきれず、
こう訊ねました。
「あの、お産の途中で、肺が、つぶれた、人って、いま、すか」

…無事出産後、様子を見に来る看護士さんにいれかわりたちかわり、
呼吸はできてますか、と聞かれたそうです。



購入。
『ぼくは落ち着きがない』(光文社/長嶋有)
そういえばテス・ギャラガーの新刊が出るらしい。
どこかのブログで見た。
読了。
『戦後短篇小説再発見12 男と女―青春・恋愛』(講談社文芸文庫)
川崎長太郎をはじめて読む。乾いたはげしさに、うたれる。
『抹香町』を見つけたらきっと買おう。
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by mayukoism | 2008-06-20 00:42 | 聞いたこと
今日、これは特技かもしれない、と思ったこと。
いつものドトールで階段をあがりながら、3階の混み具合がもうだいたい
空気でわかること。
ちなみに3階まであがるのは、禁煙だからです。

学生のころ、男友達に「きみは煙草くらい吸ったほうがいい」と
説教された。
何回か試しに吸わせてもらったことはあるけど、結局吸うことには
ならなかった。
ただ単に煙草にお金を使うことが面倒だった。それだけ。
そういえばこないだ日本橋のあたりを歩いていたら、
ネクタイをしめた女の人が備え付けの灰皿のそばで煙草を吸っていた。
あの人の職業が今も気になる。

周りの喫煙者たちはさまざまな理由で一人、また一人と煙草を
やめていき、このあいだ行ったジョナサンではついに禁煙席に
座ることに。
みんな年とったんだ、と言ったら、あんたもだよ、と怒られた。
一人はお腹に赤ん坊がいて、次に会うときは出てきてるんだね、と
話した。

ほどなくして先日、早朝の車内でうとうとしていると携帯電話がふるえた。
昨日の夕方生まれた、という彼女からのメールだった。
とにかく手放しで、おめでとうおめでとう、よかったよかった、と
メールを送った。

彼女が赤ん坊をぽいっとこの世界に出したその瞬間、
わたしは何をしてたんだろうな、と思った。
彼女はもう煙草を吸わないのだろうか。

マッチ擦るつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや

これを英訳すると下記のようになるそうです。

striking a match
momentarily
I see the foggy ocean-
is there a motherland
I can dedicate myself to?

『万華鏡 対訳寺山修司短歌集』(北星堂書店)より。
ふむ。しっくりこない。
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by mayukoism | 2008-06-10 01:35 | 聞いたこと