乃木繭子 本のある風景など。http://twitter.com/komayuko


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カテゴリ:見たもの( 18 )

ブックギャラリーポポタムにて、文・木村衣有子、画・武藤良子による
「十二篇」が開催されている。
明日、すでに日付が変わっているので、正確にいうと今日が最終日だ。
本音を言えば、もういちど見たかった。記憶をたぐって書く。

白い壁には色とりどりのマスキングテープがまっすぐに貼られ、
テープを罫線に見立てて、武藤さんが文章を書いている。
もはやあれは武藤さんの指先なのではないか、と思われるクレパスで、
壁一面に書かれた武藤さんの文字を、ゆっくり咀嚼するようにたどる。

そこに書かれているのは武藤さんの字だけれど、武藤さんの文章ではない。
『十二篇』と称された文章は木村衣有子さんが書いている。
他人の文章で、白い壁を埋めつくす武藤さんを想像する。

そういうとき、文字は「意味」ではなく、それこそ起源としての「形」になる。
一巡目は「意味」を読み、二巡目で「形」を読もうとした。
すると不思議と、白い壁が気になった。壁には釘穴もテープ痕もない。
武藤さんの文字と絵と、木村さんの文章にはさまれた空白があるだけだ。

他人の文章を、自分の文字で壁に書くこと。
だれかの文章を、えんえんと白い壁に書く。
終わらない物語を、休むまもなく壁に書きとっていく。
修行みたいだ。

そう思うと、木村さんの文章の「書かれていない部分」も気になってくる。
『十二篇』は「山雀さん」なる女性を中心に書かれた文章であるけれど、
「山雀さん」が出てこない話もあって、ではその文の主体はだれなのか、
そもそも「山雀さん」とはだれなのか、読むたびにわからなくなる。

そんなときポポタム店長の大林さんが、今回の展示について、
「聖書のように誰が書いたかわからない長い読みものから、
木村さんの言葉で十二篇を取り出したようなイメージだった」と仰っていて、
なるほどなあ、と思った。

壁に書かれているのは『十二篇』の一部である。
全文が掲載された別売りのペーパーはあるけれど、ペーパーを読んでも
『十二篇』の謎はほどけないし、つながらない。
でも、これははじめからほどくものでも、つなげるものでもなかったのだ。
では『十二篇』とはいったいぜんたいなんなのだろう?

武藤さんの絵も文字も、木村さんの文章も、なにかがほんの少しずつ、
足りない気がするのだ。足りないというのは不十分という意味ではない。
足りない分を、木村さんは武藤さんに、武藤さんは木村さんにあずけようとしている。
ふたりの熱はわずかにずれて、わからない部分はわからないままになっている。

武藤さんの文字による武藤さんの、木村さんの文字による木村さんの展示なら、
たぶんこんなことは感じなかっただろう。
文字の書かれていない白い壁と、物語に書かれていない「山雀さん」を想像するとき、
ぽん、とはじけるように、わたしのなかに、この星に似た別の惑星が生まれる。

その惑星では、「山雀さん」がジーンズを脱ぎすてているかもしれないし、
転がった豆は、サッシの桟にはさまって見つからないかもしれない。
でもそこにはたしかに「山雀さん」がいて、もしかしたら「武藤さん」も「木村さん」もいて、
いっしょに豆をさがしている。三人で床にはいつくばって、真剣な表情で。

はっとした。
なんて明るい想像だろう。







まだご覧になっていないという近郊の方、今日をすぎれば消えてしまう展示なのでぜひ。

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ポポタムHPより転載★

●木村衣有子・武藤良子 二人展「十二篇」

木村衣有子(きむらゆうこ)の文と
武藤良子(むとうりょうこ)の画の展示。
4.4(水)〜14(土)
12〜19時 最終日は17時まで
4.9(月)のみ休み 入場無料
※4.6(金)19時半〜 オープニングイベント
木村衣有子×武藤良子トーク
参加費1000円(ペーパー『十二篇』と1ドリンク付)
定員30名(要予約/03-5952-0114 popotameアットkiwi.ne.jp)
企画:ポポタム
展示デザイン:to-kichi , Harenichi
この展示は5.1(水)〜6.3(日)
盛岡・Cygに巡回予定です。cyg-morioka.com/
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by mayukoism | 2012-04-14 05:17 | 見たもの

神宮球場にて

神宮球場に行く。
日中の雨はやみ、しめった空にながれるさまざまなかたちの雲がひとひら、ふたひらと影になれば、
青々とした人工芝が目の前にさしだされたデザートのように浮かびあがる。
ナイターである。

夏休みなので子どもの姿が目だつ。
われ先にゲートをくぐろうとする友だちをうしろから「チケット!」と呼びとめる少年の集団や、
選手の名前の入ったフェイスタオルを肩にかけて携帯電話をかまえる、やけに脚の長い少女や、
親子連れも多い。

モニターに映る観客席を見るのが好きだ。
大きなモニターに、「映ってる」と気がついたとき、人はさまざまな表情をする。
その表情や、表情がまわりに連鎖していく様子が、その人たちのふだんの関係性を
瞬間的に、けれどもはっきりと伝えてくる。

先に気づいたお父さんの横で、満面の笑顔になって手をふる子どももいれば、
お母さんに促されながらも、どうしていいのかわからずにうつむく子ども。
いっせいに大きなリアクションでアピールする家族もいれば、
映ってる、ほら、ほんとだ、としずかにモニターを見あげる家族。

家族というつながりや子どもという存在を、個人的にわたしはそれほど信用していないのだけど、
モニターのなかの景色を見るときは、「平和のカタマリのようだなあ」と素直にしみじみする。

芝と赤土のコントラストがきれいだ。
一塁側の外野席から、バッターボックスに目をこらす。
ヒットやホームランならわかりやすいのだけど、わあっと歓声があがっても正直、
デッドボールなのか、ワイルドピッチなのかよくわからない。

神宮球場といえば、村上春樹がここで小説を書こう、と思いついたんだったっけなあ。
すこーんと夜空をかち割るような音がして、代打で出てきた選手がホームランを打った。
集中して見ていないと、ホームランはいつのまにかホームランになっている。
打った瞬間は見ていない。白球の軌道だけを見ている。

野手は静止している。バッターはゆっくりと赤土のダイヤモンドをまわる。
前の席で、お母さんと子どもたち(おそらく兄・姉・弟)がいて、お母さんは弟にばかりちょっかいを出していた。
それはおそらく弟がまだちょっかいをだしても喜ぶ年齢(幼稚園~小学校低学年)だからだと思うけど、
あまりに兄と姉(小学校中学年~高学年)がほったらかしなので気になった。

ホームランを打ったのは三塁側のチームなので、お母さんと子どもたちはがっくりしていた。
最終回が近づいて、弟は眠ってしまった。
兄と姉はミニバットをときどき振りながら、試合をじっと見ていた。
お母さんがトイレに立ったときも兄と姉は会話をしなかった。

べつの前の席には40代くらいの女性がトートバックを持ってひとりで座っていた。
一塁側チームの攻撃のとき、応援歌にあわせて女性がふりつけをしたのでおお、と思った。
トートバックの中に応援のための小さい傘がきちんとたたまれて入っていた。
点が入ったとき、女性は傘を広げて「東京音頭」を歌った。ヨイヨイ、と最後に二度、傘を真上にあげた。

結局、一塁側のチームは負けてしまったのだけど、最終回の前に女性はいつのまにかいなくなっていた。
いつか、なにかの事情でひとりになって、どこにも行くところがなかったら、球場に来よう。
野球がとくべつ好きなわけでも、くわしいわけでもないのだけど、今日はそう思った。
そんな景色ばかりを、神宮球場で見ていた。
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by mayukoism | 2011-08-26 02:53 | 見たもの
なんども前をとおりすぎていた神保町の「純喫茶 ロザリオ」が、
6月30日で閉店するというので入ってみることにした。

遠目に見て、なるほど船か、と気づく。
すずらん通りから見える三つの丸い硝子戸と、入口の横に掲げられたメニューは操舵輪を模している。
食堂へは階段を降りていくから潜水艦だろうか。
通りすぎるだけでは気がつかなかった。

「四十年の愛顧改めて御礼申し上げます」の貼紙を横目に、なかへ入る。

地下の食堂は、おそらく閉店の知らせを見た人たちでいっぱいだった。
うわさにきく厨房の老婦人が、右へ左へあわただしく動きながらいらっしゃいませー、と声をかけてくれる。
かろうじて空いている席を見つけて座る。
黒い革ばりのソファは腰をおろすと、重心がおよよと左に寄る。

店内のありとあらゆるところが、傾いている。
階段の脇のレジが、厨房に見えるトースターが、首をかしげるように傾いている。
羽虫が飛んでいるなあ、とふと横を見たらひっくりかえった籐椅子の脚にびっしりと蜘蛛の巣が張っていて、
すこしぎょっとする。

厨房が落ちついたところで、マスターのご婦人が店内へ出てくる。
まず、常連らしい男性のもとへまっすぐに向かい、いままでありがとうございました、と声をかける。
話しかけられた男性はすこしの沈黙のあと、ここがないと行くところがなくなっちゃう、と低い声で言った。
ごめんなさい、わたしね、身体は平気なんだけど、頭がね、もうぼけてきちゃって。
ご婦人はおでこのあたりを指でとんとんとさして、そのように言う。
そのあともきゅっと曲がった腰で、ゆっくりテーブルをまわっていた。

閉店間際にはじめて来たわたしのような者にもごあいさつしてくださるのがなんだか申し訳なく、
ろくに話もできなかったのだけど、「純喫茶 ロザリオ」について書かれたたくさんの文章を見ると、
ご婦人はそうとうなお話好きのようだ。
ばかみたいに気どらないでお話をすればよかった。




そして先日おとずれた仙台のことを、考えていた。

そこは仙台市若林区で、多数の方々が津波で亡くなった場所だ。
仙台の中心部からもそう遠くない。
雑司が谷から神保町までよりも、やや近いくらいの距離だと思う。
有料道路の陸橋をくぐると、風景が一変したのだった。

一面が泥におおわれた地面に、どこから流れてきたのかわからない木が何本も転がっている。
かろうじて形をとどめている家の窓という窓は割れて、家そのものが口を開けたようになっている。
遠くに防風林が見えた。
ふりはじめた雨にけぶったように、おそらく海岸沿いの、ここからは見えるはずのない防風林が
かすかに見えたのだ。

そこにはつみかさねがなかった。
ひとりひとりの、小さな壁にかこまれた暮らしがそこにはあり、必要なものも、ほんとうはいらないものも
おそらく壁にまもられて、それぞれがひそかに熱を発していたはずだ。
いまはただ、見たことのない形だけがそこにはあった。
いま見ているのはわたしが知っている木ではなかったし、家でもなかったし、街でもなかった。

そこになにがあったのか、どのような景色がかつて目の前に広がっていたのか、わたしは知らない。
だから目の前に見えるものにしか、リアリティを感じることができない。
なのに、目の前にあるものから「リアリティ」をつかむ手がかりを見つけることができないのだ。
だから、わたしはただぼんやりするしかなかった。




「純喫茶 ロザリオ」には、すすけた造花やセルロイドのミッキーマウスや動かない時計が山ほど見えた。
どれもそこから生まれて、そこにずっとあるように、これからもあるように揺るぎがなかった。
そこにはおそらくたいした意味もなく、ただそこにあるだけなのだ。
ただそこにあるだけでいいのだった。

見わたせばどこもドトールやスターバックスやヴェローチェにあふれる街だ。
わたしはこれらの、どの店も好きだ。
同じものを頼み、同じように頼んだものが出てくるこれらの店を、わたしはとくに弱ったときに切望する。
それらを表に見せながら、内側に「純喫茶 ロザリオ」のような店がふと包まれていて、ときどき顔を出す。
街はそのようなものであってほしい。
街は、つるりとした新しい表情とともに、時が経てば古びる身体をもつものであってほしい。

今日、昼休憩の帰りしなに「純喫茶 ロザリオ」の前を通ってみた。
ご愛顧ありがとうございました、の紙さえなかった。
地域の清掃のご婦人方がなぜか集まって中をのぞき、ドアのとってを思いつきのようにひっぱった。
開かなかった。
どうかこれからの四十年を、またつみかさねるものがそこにできるように。
と、いのるように思いながら、早足で会社へ戻った。



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by mayukoism | 2011-07-02 04:12 | 見たもの

肉のちから

頸椎の痛みどめ、歯の痛みどめ、頭痛薬、胃腸薬と部屋にいろんな種類の薬があって、
どれがどの薬だかわからなくなってしまった。
空気がしっとりと重くなるこの時期に、たいてい身体をこわす。
そして冷房でひえた腕をすりすりとさすりながら、この時期にひとつ年をとる。

不調が落ちついたところで夕方、いつもよりすこしいい服を着て部屋を出る。
中目黒の「ラ・ブーシェリー・デュ・ブッパ」という肉のお店で、
古書現世の向井さんといっしょに内澤旬子さんと逢うのだ。
もうまもなく告知が開始されるイベント(※発表されたらリンクはります)の打ち合わせに、
たぶん「とりあえずいっぱい食べる助手」として連れられて来た。

エゾシカの剥製がかがげられた階段を降りると、店内は壁一面に肉の塊が吊るされていて、
意味もなく歓声をあげる。ガラス張りの熟成庫だ。
自分の背の高さくらいありそうな肉や骨が、ガラスの向こうに明るく照らされている。
内澤さんとオーナーシェフの神谷さんが、肉の部位について話している。
聞いたことのない単語ばかりで、あらためて内澤さんの「屠畜」のことが頭をよぎる。

内澤さんが話すのは体験の言葉だ。
頭でこねくりまわした言葉ではなく、内澤さんがそのすらっとした手でがしがしと触れて、
そのすっと涼やかにひらいた目で見つめて、血となり肉となった言葉だ。
だから内澤さんの話す言葉にはなんの誇張も、余計な力も入っていない。
体験していない者は、ただ聞く。
むやみにうなずいたり同調できる言葉ではない。

それにしても、シェフの神谷さんが動物や肉の話を、顔をきらきらと蒸気させながら、
ほんとうに楽しそうに話すので笑ってしまった。
えー、いろんなコードに触れてしまう可能性があるので、あまり詳しく話せないけれど、
神谷さんの話を聞いた向井さんがとなりで、「首をギュッとね!」とつぶやいていた。

生ハムの盛り合わせ、と言ってもいままでに食べたことのあるものとはまったく違う。
羊の生ハムや鶏のレバー、鹿肉のチョリソーなど、食べたことのない肉料理ばかり。
一切れの味が濃い。
ひと噛みするごとに肉の香りがぱっとひろがる。
スパークリングワインが肉の後味をほどよく中和して、なんだか自分の体内で
難易度の高い技がつぎつぎときれいにきまっているような、はじめての感覚。

料理のさいごにでてきた肉の盛り合わせもすばらしかったなあ。
猪の肉や羊のソーセージや、お皿からあふれんばかり。
それぞれに食感も色も、味もなにもかもちがう。
噛みしめれば噛みしめるほど、内臓にしっかり溶けこんでいく。
ひき肉とマッシュポテト、その上にチーズをかぶせたものをパンにのせる料理が出されたときに、
つい手をのばしてしまうのを見た内澤さんが、
「炭水化物は控えめにするのがコツ」
と言ってくれたわけがよくわかった。肉の塊を3人で切り分けて食べる。

いつもは午前1時ごろまで混雑しているという店内が、おそらくワールドカップの影響で
3人以外いなくなった。
ブルーの鞄から内澤さんがノートパソコンを取り出し、育てていた豚の映像を見せてくれた。
神谷さんとお店のシェフの方たちも、ぐっと顔を近づけて映像を見ている。
自分自身の力だけでは絶対に来られない場所に、いま来ているなと思う。
そのことを単純にうれしいと感じる。
店内には内澤さんの、屠場のスケッチが飾られていた。



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by mayukoism | 2010-06-30 12:25 | 見たもの

北へ

りゅうせつこう、というひびきから、きらきらとしたイメージがふと頭をよぎったのだが、
雪をそこへ投げいれるのだと聞き、なるほど流雪溝か、と、廊下に貼りだしてある
「流雪溝利用当番表」を見ながら、道路のあちこちに壁のようにそびえる雪のことを思った。
いっぺんに雪を投げいれると溝はすぐにいっぱいになってしまうから、
家ごとに使用する時間が決まっているのだった。

カーテンごしに外を見て、やんだか、と尋ねる人がある。
カーテンをひらこうとすると、まだ降ってるよ、縦にうごいているもの、という返事がある。
しばらくながめていると、レースのカーテンをこまかく裂くように間断なくうごく白い影がある。
白さにはいろいろな白さがあり、白さにはまたさまざまなかたちの暗さがある。
その暗さのかたちをはかりたくて、雪を見る人はひとりひとり小さな窓をもつ。
その窓の前で、自分の息の白さのためにすこし黙る。

大きな川の大きな橋をわたる。
欄干にうめこまれた西脇順三郎の詩碑がある。
前を歩く人がその詩の校歌を歌っていたけれど、いまかすかなフレーズしか思い出せない。
雪野原にはさまれた信濃川の流れは、吸いこんでも吸いこんでも吸いこみきれないほど大きく、
その大きさと向き合うことでいっぱいになっていた。
夏に見た川とはちがう。夏の信濃川はおおらかだった。冬の信濃川は情熱的だ。情熱が流れをつくる。

他人の故郷で、昨年とおなじように屋根から雪の落ちる音を聞きながら、年を越えた。
自分が知るはずのなかった時間を、この町の景色やこの町の人の話から知ることができるのが、
いちいち楽しくて、細胞がすべてアンテナになる。
だから、なぜここにいるのだろうとはもう思わなかった。
2009年にできたこととできなかったことを頭の中で書きだしながら、ほんとうに大事なことを
まちがえないようにしようと思った。ほんとうに大事なことはそう多くない。



2010年は、こちらのブログと、わめぞブログの「雑司が谷白想」を無理のないペースで
定期的に更新したいと思います。
ここから見える人にとっても見えない人にとっても、自分にとっても、2010年が紆余曲折ありながら、
ふりかえればいい年になるように。
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by mayukoism | 2010-01-04 03:44 | 見たもの

信濃川のある町

ひらけた、と思うと、そこには信濃川がある。
まだよく知らない町だから、たしかな地図は描けない。どこにいるのかもよくわからないまま、
勝手知ったる早足の背中を追ったり、車に乗せられて山を越えたりしている。
それでも、どこまで行っても、その町には信濃川がある。



遅い夏休みをとって、この町に花火を見に来た。
東京では考えられないような大きな花火(四尺玉)が、神社の近くで上がるのだと、
この町で育った人が言う。
神社のまわりでは、若者たちが組ごとの山車を引き、がなるようにお囃子をうたう。
よい匂いの屋台には、すでに長い列ができている。

唐揚げの屋台に並びながら、奥さんにもうすぐ子どもが生まれるという人の話を聞く。
その間にも山車が、参道をやいやいととおりぬける。
あぶないからこっちに来ていたほうがいいとかばわれ、女の子扱いされたことがほんのりうれしく、
奥さんもこういうところに惹かれたのだろうか、などとどうでもいいことを考える。
ビール、チューハイその他を買いこんで敷物を広げると、独特のイントネーションのアナウンスが流れ、
花火がはじまった。

誕生祝い、成人祝い、還暦おめでとう、天国のおじいちゃんみんな元気にやってます、など、
すべての打ち上げにだれかの、なにかの思いが読みあげられていく。
花火は、見た目の大きさはもちろんのこと、地中から体をつきあげてくるような音がすごい。
どん、とくれば、内臓が一瞬、無重力になる。

似たような花火ばかり撮ってしまったような気がしていたが、いま眺めるとどの花火もちがう。
花火の種類は同じでも、撮るタイミングによって、まったく別の形になる。
尺玉、二尺玉、スターマイン何十連発、とおおきな花火があんまりたくさんつづくので、
歓声はそのうち、わけのわからない笑いに変わっていく。
花火があがる空は、平和なのだと思う。



流れる景色に川の気配を感じて顔をあげると、まず深い緑の山々がこんもりと、空をふちどる。
ふもとには色とりどりの屋根が集まり、屋根をかこむように低い木がつらなる。
その木々のまわりに、稲穂が黄色く波うつ田んぼが、直線できれいに区切られてつづいていく。
それらをゆったりとなでるように、信濃川はおおきく蛇行する。
蛇行して、その先はもう見えない。

あれが山本山、
あの光るのが信濃川。

この町で育った人たちの言葉で、パノラマの地理が頭の中に立ちあがっていく。
そうすると、この町を知らなかったときの自分はたちまち消えてなくなる。
いまのところ季節は冬ではなく、パノラマは緑のグラデーションがどこまでも広がるはれやかな景色だ。
もしも次に来ることがあるなら今度はもっと歩きたい、と思いながらバスは信濃川を越え、
みじかい夏休みは、あっという間に終わった。
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by mayukoism | 2009-09-14 03:10 | 見たもの

ふるえるプリン

せまい路地に高い建物がつづくと、むこうの空がほそ長く見える。
ほそ長い空はいくつもの電線でざっくりと区切られて、
あそこがわたしの、
あちらの台形があなたの取り分。
紙を切るように、あたまのなかでひとひらふたひら、空を分けていく。

お昼ごろまでねむっていたけれど、窓からはいる風がさらさらと気持ちいいので、
あるくことにする。
駅前にある中華料理屋の、麻婆豆腐定食がおいしいので、また注文する。
テーブルの上の無料のゆで卵を見て、だれもかれもが「板東英二」と言う。
おわんに盛られたいくつもの卵は、なぜだろう、すこしこわい。
となりのテーブルの大学生は、ラッキー、と言ってくるくる殻を剥いていた。

知らない道。
いっしょにあるく人は、わたしの知らない道をよく知っている。
そして、どこにいても東西南北がわかる。
あれは人間に標準装備されている能力なのでしょうか。
だとしたらわたしは、人間でなくてなんなのだろう。
だってどこにも書いていないじゃないか。

眼をとじてあるくよう言われたのでしたがってみたが、行く先を見ずに公道をあるくのは、
あたりまえのようにおそろしい。
端のほうにつかまり、おそるおそるあるく。
あんまりこわいので、言いつけにそむいて目をあけてみると、
小さい建物のむこうに丸い屋根が見えた。
給水塔だった。

小さい建物は、幼稚園だ。
子どもの声は聞こえない。夏休みか。
作業服を着た大人がドリルを動かしている。
幼稚園のむこうには給水塔をかこむ公園があり、公園側から、丸いドームを見上げる。
ソフトクリームがおどろいたように、ぽた、ぽた、と落ちる。
大きい。

ちかくにきてみるとこんなに大きいのに、案外とちかくにくるまで気づかないのだ。
給水塔のふもとになぜか、出身大学の卒業生の作品集があった。
ひろってみると、本の下にいた蟻が、何匹かのろのろと動いた。
知らなかったなあ、と言い、そのあとにつづく言葉もなく見あげる。
とおざかってふりかえると、住宅のあいだに冗談のようにひょいと見えて、
ふたたびふりかえると、建物のうしろにもう見えなくなっている。

給水塔は昭和5年に完成し、いまも災害用貯水槽として使われているという。
あのなかで働くひとはいるのだろうか。
塔の水を見ていると、どんな気持ちがするのだろう。
あの水は、どこからくるのだろうか。
たくさんの塔の水は、塔の水として、いつまでそこにあるのだろう。

帰りしなに買ったプリンに、スプーンをさしこんで、食べながら来た道をもどる。
スプーンが容器の底にとどくと、香ばしいカラメルがみるみるあふれた。
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by mayukoism | 2009-08-29 02:44 | 見たもの

ハプニングみたい

本日。正午。
神保町は田村書店の均一に、現代詩文庫が大量に出ていたので買い占めてしまう。
詩集をかかえて職場にもどり、そ知らぬ顔で研修をうける。
レポートを書いて、発表したりする。
終わったあと、レポートの言葉を頭のなかで、意味がなくなるまで解体してやる。

昨日。休日。
ひさびさに行ったことのない場所へ出かける計画。
月島に行くことにする。理由はない。
銀座まで地下鉄で行く。銀座からは缶ビールを飲みながら歩く。
缶ビールは晴れた空に似合うが、銀座の路上で缶ビールを飲んでいる人はいない。
川や海が近いのはすぐわかる。風や匂いだけではなく。
そう言うと、空がなににも遮られてないからね、という返事がかえってきて、
漠然と思っていたことを言葉でいわれ、景色がすとんと腑におちた。

もんじゃストリートにさしかかり、恍惚とした気持ちになる。
「もんじゃストリート」と呼ばれている通りが、「もんじゃ屋」ばかりであるという当たり前のことが、
なにか奇跡的なことのように思える。
「もんじゃストリート」にあって、蕎麦屋やラーメン屋の暖簾をかかげている店の、
その選択にいたる経緯などを思ったりする。
ストリートもおもしろいが、横にはいった路地がなおいい。
古いポストやちょうちん、鉢のあふれる各々の勝手口には、生活の視線を感じる。
まあ、せっかくだからともんじゃとお好み焼きを食べる。
もんじゃは焼いてもらい、お好み焼きは自分で焼く。
こういうときうまくふるまって、上手に焼けるひとが、わたしの思うおとなだ。
いったいいつおとなになれるんだ。

もんじゃ屋を出てふらふらと、そういえばあの「月島の版元」が近くにあるのではないかと思いつく。
「月島の版元」には昨年からたいへんお世話になっている。
本があることや本を手にとること、本を買うことや本を売ること、そういった「本にかかわること」の、
いちばんはじめにあった楽しさを思い出させてくれるのが、この「月島の版元」である。
そして「月島の版元」のみなさんが、本当に面白い、すてきな人たちなのだ。
先日のイベントや、その打ち上げのことを思い出していたら、いつのまにかお土産のお煎餅などを買い、
にやにやとエレベーターのボタンを押していた。あれれ。
こんにちは。



「月島の版元」は倉庫の中にある。
ウォーターフロントと呼ばれる土地で、もともとあった倉庫群がなくなり、その跡地に高層マンションが
つぎつぎと建てられるなかに残された、ここはもっとも古い倉庫であり、建築史的にも貴重な建物らしい、と、
Iさんが言う。
階下にはかつて高橋幸宏や山本耀司が関わっていたレーベルのスタジオがあったそうだ。
仕事のはかどりそうな職場だ。
板張りの床に高い天井。斜めについた窓。白い壁。船の中にいるみたい。
版元なんて来ることがないから(というかなんで来ちゃったんだっけ?)、ついきょろきょろと見てしまう。
ここからあの土星のひらめきがうまれているのだ。
そういえばここは海をゆく船というより、宇宙船のようだ。

Iさんはリサイクル紙の裏に、「月島古書店マップ」を書いてくれた。
壁いっぱいの本棚と本棚いっぱいの本。
なにか尋ねるたびにIさんが走って部屋を出て行き、貴重な資料を持ってきてくださるのが申し訳なく、
またおかしかった。
Mさんが「ぜったいに彼は持って帰れない自分の本の置き場にしている」と呟く。
とつぜんお訪ねしてしまったというのに、おふたりともにこにこと競うように、興味深いお話を
たくさんしてくださった。

「月島の版元」さんと、一緒に仕事をするのは楽しい。
大変なことだってたくさんあるけれど、終わってみれば先日も本当に楽しかった。
また、いつか一緒にフェアやイベントをやりたいと、本当はたぶんそれを伝えたかったのだった。
それを伝えたかったのに伝えることもなく、お茶まで出してもらって、よくわからない闖入者のまま、
宇宙船をあとにした。
でも、楽しかった。
こういった自分でも予想がつかないような、ほとんどハプニングみたいな行動が実は大好きだ。
しかし、訪ねられたほうはご迷惑だったことだろう。
Mさん、Iさん、ありがとうございました、と届くかわからないけれど地球からお礼を言ってみる。

Iさん手書きの「月島古書店マップ」を見ながらたどりついた、掘り出し物があるという
門前仲町のブックオフでは、いい絵本が良心的な値段で売っていたので大量に購入。
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by mayukoism | 2009-05-20 01:08 | 見たもの

高峰秀子の太腿

ドトールで、以前勤務していた支店の同僚に目撃されたらしく、あなたは阿呆ではないか、
という類のメールを数人からいただく。

以前の勤務先のちかくには、いわゆる「ランチ」を出すような高級なお店しかなく、
そこでもわたしはもっぱら、ガード下のドトールにかよいつめていた。
高架を山手線がとおると、店内は騒音につつまれて、人々の動きがとまる。
喫煙しないのだけど、たいてい煙草くさい制服で勤務にもどるので、
「実はヘビースモーカー説」が一部に流れた。
異動するころ、ようやく分煙された。
お別れのとき、お世話になった同僚たちへのお礼として、品物といっしょに
ドトールのコーヒーチケットを一枚ずつつけた。
高架下のドトールのカウンターでいろんな本を読んで、いろんな人とすれ違って、
そのころたくさんの短歌を詠んだ。

一時間ぽっちしかない休憩で、ほんとうにみんなそんなに食事する店を選ぶのだろうか。
選ぶひまがあったら、はやく読みかけの本の世界へ行きたい。
そして、先立つものもないから長居のできるドトールへ行く。それだけなんだけど、
たしかにいい加減クロックムッシュにも飽きたな。
どうしようもないです。

休日。
成瀬巳喜男の『浮雲』をDVDにて鑑賞。
ああ、なんてだめなんだろう。男と女って。
富岡のずるさは途中で思わず笑ってしまうほどだったけれど、ゆき子の堕ち方はややいたかった。
ただ目の前の人を信じちゃっただけなのにねえ、と思いながらしみじみと観た。
でもきっと、この映画は笑いとばしちゃうのがいちばん正しいような気がする。
まちがいなく富岡は島でも、てごろな相手を見つけることだろう。
『浮雲』が成瀬の頂点というような評価をされている、といくつかネットの記事を見たけれど、
自分が観た数すくない成瀬作品のなかではそれほど「頂点」という感じはしなかった。
なんていうとほんとうの映画好きの人々に、ものすごくつっこまれそうでおそろしいけれど、
たとえば、いっさいゆるみのない構図と、その画に過不足なくよりそううつくしい女たちの
物語を描いた『流れる』のほうに、わたしはどちらかというと凄みを感じた。
ただ『浮雲』がものすごく印象にのこったことはまちがいないです。
成瀬巳喜男、もっと観てみたい。

そのあと知人が流した木下恵介『カルメン故郷に帰る』では、「ゆき子」が「カルメン」となって、
頭に羽根をつけ、山の中で踊りまくっていた。
ほどよく肉のついた太腿がすてきだった。
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by mayukoism | 2009-05-15 02:11 | 見たもの

ホカロンとアラスカ

低い雲の下、学芸大学までムトーさんの絵を見に行く。
テーマはトラベラー。ムトーさんの「アラスカ」まで、小さなホカロンひとつで旅に出る。

グループ展なので、いろいろな人のいろいろな旅があり、旅先がある。
絵画としてのイラストレーションについて考える。
イラストレーション〔illustration〕;広告や書物などに使われる、挿絵や説明図。イラスト。
『新明解国語辞典 第四版』(三省堂)より

だとしたら、ムトーさんの「アラスカ」はイラストレーションをどこか逸脱している。
なぜならムトーさんの「アラスカ」は、絵の力だけでそこに立っている。
ムトーさんは絵を描く人だから、絵の力を借りてアラスカに行こうとした。
はじめにムトーさんの絵を見て、他の人の作品をぐるりと見て、それを繰りかえしながら、
そこにタイトルがなかったらどうだろう、と考えて、「フランス」「イギリス」「スペイン」などなどを
頭の中ではずしながら眺めたりする。
もちろんそこに至るまでにはさまざまな手段とプロセスがあったと思うけれども、ムトーさんは
ムトーさんのアラスカに行くために、言葉の力も出来合いのものとしての他者の力も借りなかった。
ただ、絵の力だけでそこに行こうとした。
そこにはげしさや強さはおどろくほどなくて、ただ深さだけがある。
ムトーさんの「アラスカ」は深い深い場所にぽっ、とある。
遠くから近くから眺めながら、わたしも深いその場所へ行こうとする。
行こうとして眺めるとほんの少し、描き手の思考が見える。
ここは紙の白をそのまま使っているけれど、こちらは白に白をかさねている。
この青い線は灰色の上に描いているけれど、いったいどの時点でここの青があらわれたのか。
この針葉樹とおぼしき記号の周りに最後に少し白を足したのはどうしてなのか。
下書きのように見える鉛筆の線にこめているのは何か。
答えがほしいわけではないのです。それにたぶんきっと答えはない。
ただ眺めて考えているうちに、ムトーさんのアラスカがわたしのアラスカになっている。
ふりはじめた白い雨の中、折り畳み傘をさぐる手のなかに「アラスカ」をひとつ持ち帰る。

帰宅して鍋。
起こされたのはおぼえているけれど、服のまま眠っていた。
明け方に一度覚めて、パジャマに着替えようとふくらんだポケットをまさぐると、ほのかな体温の
ホカロンが出てきた。
今日は、休日出勤。
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by mayukoism | 2009-02-26 03:00 | 見たもの