乃木繭子 本のある風景など。http://twitter.com/komayuko


by mayukoism
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29

2012年 02月 23日 ( 1 )

窓と発熱

方角でいうと南西を向いたわが家の窓は、ちょうど雑司が谷から新宿方面を
見おろすようなかたちで、波頭のような家々の屋根をうつしている。
窓とむかいあわせに置いた無印良品のソファにふかく腰かけると、
半分の曇りガラス部分より上、窓からの景色はすべて空になる。

発熱できしむ身体をもてあましながら、ずっと窓を見ていた。
自分の干した洗濯物が、風のない日はじらすように揺れながらとどまり、
風のある日は窓を鳴らしてすこしずつ移動した。
14時を過ぎれば太陽はもうその身を横たえる準備をすこしずつしはじめた。
それは、部屋にはいる光の角度でわかった。

昼間の世界はいろんな音がするものだなあ、と思った。
共用の廊下を、検針にまわる水道局員の足音がゆっくり近づいてくる。
園児たちの散歩コースも、猫の国ではすでに春がきているらしいことも耳で知った。
そのあいだも、窓の空はゆっくりと明るさの加減を変え、飛行機雲をのみこんだり、
烏の航跡をふるわせたりした。

窓は、時計を見るよりも時間そのものだった。
窓を見ていれば、見えない時間がそこに空や雲や風のかたちをして流れていた。
わたしは時計を気にすることなく、時間が流れていくことを喉のいたみとともに感じていた。
いま地上にいるあらゆる人たちの上に、この空が流れているのなら、
なにも伝えなくていいから、ただ一斉にみんなで空を見上げてみるのがいいのじゃないかと思った。

太陽がマンションの隙間に暮れはじめて、さて洗濯物をとりこむか、と立ちあがる自分にはっとなる。
干した洗濯物を暗くなるまで放置してしまいがちな、ふだんの自分をかえりみたとき、
自分の自由な時間を優先することに、いかに気をとられていることか。
夕暮れがきて、さて洗濯物をとりこもうと腰をあげること、その余地が「生活」なのではないか。
ふだんの自分から、どれだけの余裕が失われているのだろう。

けっしてひろい部屋でなく、お湯の便などよいとは言えないが、同居人と「この部屋だ」と
すぐに一致して決められたのは、たぶんこの窓の存在が大きかった。
曇りなら曇りの、晴れなら晴れの日の、
寒い日にはぱりんと割れそうな、暖かい日はうるりと溶けそうな、
この窓から眺めるどの空も、ポケットに入れてもちはこびたいくらい、わたしは好きだ。
[PR]
by mayukoism | 2012-02-23 23:50 | 生活