乃木繭子 本のある風景など。http://twitter.com/komayuko


by mayukoism
カレンダー
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31

2011年 03月 18日 ( 1 )

ありふれた日録

震災の日からはじめての休みがきた。
朝、仕事にでかける同居人に、9時半に目ざましを、ともぞもぞ言うと笑われた。
そんな時間に起きられるわけがない、という笑いだ。
休みの日は、自分でもおどろくほど起きない。
目ざましはどうやら言いつけをまもって、9時半にしっかり働いたようだが。
目が覚めたのは11時半だった。
ベランダを、大きな鴉の影が横ぎってとおりすぎた。

自転車を走らせ、図書館へむかう。
旅猫雑貨店の入口は開いている。
赤丸ベーカリーの入口には「営業中」の札が揺れている。
八百屋には長葱が行儀よく並び、
野菜を選んでいる眼鏡の女性の茶色い髪に太陽の光があたっている。
ゆるい坂道をのぼる。ギアを軽くする。
息切れしない。息切れしないで、どこまで行けるだろう。

図書館。文庫の「か行」の並びがばらばらになっている。
返却後の本が一時的に置かれるブックトラックには、「地震」の文字が並ぶ。
背広の男性が受付で身分証をさがしている。
レファレンスカウンターで初老の女性が、日本の苗字について尋ねている。
どの新聞も、一面の文字が大きい。
あの文字の大きさを、その文字が意味するなにものかよりも、大きさを何度もたしかめる。
毎日のようにたしかめてしまう。

夕飯はカレーにしよう。
カレーをていねいにつくろう。

そう思ってスーパーに行った。
ふつうの玉ねぎがなかった。さっきの八百屋をとおって帰ってくればよかったな、と思った。
ぜいたくに、新玉ねぎを2個買った。
じゃがいもと、4分の1キャベツと、豚肉、がほしかったのだが、なんと豚肉がない。
特売の牛肉ロース薄切りを買った。
カレールーがない!といっとき思った。
よく見るといつもは同じ銘柄が複数陳列されている場所に、一列しか並んでいないのだった。

自宅にいちばん近い坂道は、急なのでひといきにあがれない。自転車を降りる。
部屋に着いたところで、同居人からの着信に気がついた。
旅猫雑貨店に、今日で雑司が谷を離れ、ふたりで暮らすu-senさんと豆さんがいると言う。
食材を冷蔵庫に入れて、向かった。
豆さんの顔を見て、わー、ぱちん、と手のひらをたたいた。
あの日、豆さんもわたしも本屋に勤務中だった。
思いの量が、言葉の容積から少しずつあふれてしまう。早口になっている。



あの地震の日、職場から歩いて帰ってきた。たいした距離ではない。
外堀通りから目白通りに入る。
目についたファミリーマートに入ったら「ファミチキ レッドホット味」があった。
レジの店員さんは、次のシフトの人が来ないから、帰れなくなりました、と笑った。
歩きながら食べた。あたたかな油がじゅわっと舌の上にひろがった。
板金所のシャッターに「ここは目白通りです」と手書きの紙が貼ってあった。
チェーンのステーキ屋の入口にある黒板には、「安心して食べてください」と書いてあった。

たくさんの知らない人たちを追いこし、すれちがい、ときには並んで歩いた。

音羽通りまで来たところで、あれ、と思った。
こないだ、アンチヘブリンガンで開催されたNEGIさんとナンダロウさんのトークのあと、
同じ方向に帰る人たちと歩いて帰ってきた。
あのときにのぼった坂道ではないだろうか、あれは、と思った。
いちかばちか、大通りをはずれてその坂道へはいった。
たしかこのあたりで、祖母がやっている本屋の話になったんじゃなかったかなあ。
記憶と景色をかさねて確かめながら、だれもいない住宅街を歩く。

やがて、「か行」のばらばらになった図書館への矢印が見えた。
知っている場所まで来た。
植え込みの沈丁花が、ふいにつよく香った。
こんなときなのになんていいにおいなんだろう。
路線バスが走っていた。それなりに混雑していた。深夜なのに夜が明るかった。
雑司が谷の、弦巻通りにはいった。
赤丸ベーカリーには奥に灯りがともって、生地をこねている白い帽子が見えた。
旅猫雑貨店は、帳場がほのかに明るかったが、店内はよく見えなかった。




あの夜、のぞいた旅猫雑貨店にいま、いる。
ほとんど崩れなかったというかねこさんの言葉にほっとする、と同時にさすがだ、と思う。
かねこさんからお米をいただいた。
お米をビニールにうつす、ざーっという音が店内にひびく。
そのあいだに、またね、気をつけてね、と言いあって豆さんはブリキの米びつをかかえ、
u-senさんと連れだっていった。
同居人から、池袋の「宮城ふるさとプラザ」で買ったという「牛タンジャーキー」をいただいた。

桜の箸置きをふたつ、購入した。
春の箸置きを旅猫で買おうと、前から同居人と言っていたのだった。
かねこさんにお礼を言って、よいしょよいしょと坂の上の部屋に帰った。
切ったばかりの新玉ねぎはとても甘くて、炒める前にいくつかつまんだ。
あとはなんということのないカレーだった。なんということのないカレーが食べたかった。
お腹がいっぱいになったら、そのまま眠ってしまった。
夜中に目覚めて、なんとなく眠れずに、何枚も重ね着をして、空が明るくなるまで待っていた。

白い富士山がきれいだった。

その日はカレーだったので、桜の箸置きは、まだ使っていない。
[PR]
by mayukoism | 2011-03-18 02:59 | 生活