乃木繭子 本のある風景など。http://twitter.com/komayuko


by mayukoism
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2009年 12月 06日 ( 1 )

以前以後

ビニール傘は夜なら夜の、昼なら昼の屋根になる。
ビニール傘のようにありたい。



夜があけて、いつもの駅に降りたち、うすっぺらい風を頬にうけながら歩く。
橋から見る神田川に白い空がうつると、遠近の感覚が一瞬ゆがむ。

昨晩、ここでcomamonoyaさんと手をふった。
行くはずだったお店が貸切で、ふたりともろくに店を知らない。
どこでもいいよね~とふらふら歩きながら、それでもcoma(略)さんのおぼろな記憶をたどって、
べつの洋食屋をさがす。
奇跡的にたどりついたが、そこも貸切。そういう時期よね~と言いながら、
comaさんが入ったことがあるという、すぐそばのチェーン店にはいった。

ふたりでこんなふうに会うのははじめてで、そもそもどうして会うことになったんだったか、
よく思い出せない。
ゆるやかにゆるやかにあてのないおしゃべりは流れ、川のようになり海のようになり、
気がついたらとりわけたパスタを食べる手が完全にとまっていた。
すいません閉店なんです、とお店の人に言われてあわてて店を出る。
おしゃべりのつづきをしながら歩いていると、すぐに駅についてしまう。
comaさんこっちですよね、と言うとcomaさんはいちじくの実のような目をくりくりとさせて、
送っていく、と言う。わたしの路線もすぐそこなんですが。
そしてまたそこでおしゃべりのつづきをする。

そのひとがいるのといないのとでは、場の雰囲気ががらっと変わってしまう。
そういう影響力をもった人がいる。影響力にもさまざまな種類がある。
comamonoyaさんが場にあらわれると、みんながどこかで、あっcomamonoyaさんだ!と思う。
実際に声に出したりもする。
comaさんはひとの先に立ってうごくような人ではない。けれどその場にいるひとたちは、
たぶんどこかでcomaさんがどこにいるかをたしかめて、たしかめるたび大丈夫だ、と思う。
なにが大丈夫かはわからない。でもたぶん、なんとなく大丈夫なんだ、と思う。
そして、あのいちじくの目のようにまるい気持ちになる。
やさしいような、でも隙さえあればいたずらをしかけたいような、こどもみたいな気持ちになる。

噂話も、妄想話も、野望の話もたくさんして、もうそろそろということで手をふった。
わたしはリンゴと「にわかせんべい」をいただき、comaさんには魚雷さんの文章の載っている『ちくま』をわたした。


そうして夜があけて、朝になった。


通勤でとおる道に、昨日comaさんとおしゃべりした店がある。
今の店に勤めるようになってから、何度とおったか見当もつかないようないつもどおりの道で、
でも、この道沿いにある、昨日までは知らなかったあの店を、今朝のわたしは知っている。
地下に降りる階段で、やけに大きな音量で音楽が流れているけれど、でも店内に入ればしずかよ、
と言ったcomaさんが扉をひらくとしずかになった、そのことをわたしは知っている。
はじの席に座ると真上に明かりがなくて、comaさんの顔が半分やけに暗くなった、
あの景色のことを今日は知っている。

そうすると、いつもの道の見え方ががらりと、すこーんと、変わる。

この不可逆の感覚。
同じ道をなんども通とおったのに、あの店を知らなかった自分はあっという間にいなくなった。
知らなかった自分はどこへ行っちゃったんだろう。

店の前をいつもと同じようにとおりすぎながら、こころに昨晩の記憶を落として、
知らぬふりで、だれもいないはずの職場へ向かった。
神田川はあいかわらず白い空をうつして、まだうまく書きだせない便箋のように波立っていた。
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by mayukoism | 2009-12-06 03:32 | 言葉