乃木繭子 本のある風景など。http://twitter.com/komayuko


by mayukoism
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2009年 10月 06日 ( 1 )

ときどきは、速度のために本を読む。

くたびれた身体に流れをおこしたくて、考えながら読む本ではなく、
イオン水のように、ただひたすら言葉を吸収できる本を読む。
そういう本はすぐに読めるので、たいてい図書館でまとめて借りる。
そしたら、たまたま借りた本が、現代女性作家ばかりだった。

柴崎友香『星のしるし』(文藝春秋)。
柴崎友香、の小説はやや苦手だ。苦手なのにけっこう読んでいる。
読んで、やっぱりわからん、といつも思うのだが、この本を読んでひとつわかったのは、
柴崎友香の小説に出てくる登場人物に、どうしても共感できないのである。
共感するために何かを読むわけではないけれど、人々の行動や考え方がどうにも不可解で、
なんでそっちに行くのかなあ、などとぶつぶつ考えているうちにすとん、と物語は終わってしまう。
読みながら、ほのかな危険を感じて後ずさりしている自分がいる。
そういう意味で柴崎友香の小説というのは、「この人と友だちになるのはたぶん無理だろう」と
申し訳ないが思ってしまう取引先の人、のようなリアルさでわたしのなかに存在している。
このリアルさは、たしかにほかにないと思う。変な言い方だな。

中島京子『エ/ン/ジ/ン』(角川書店)。
中島京子は感性に流れない物語を書く。
出来事やその背景となる歴史をつみかさねて、その層のかさね方で物語をつくりあげようとする。
「ミステリー」に区分けされるような分野をまったくといっていいほど読んでいないのだけれど、
どちらかというと、ミステリーに書き方が近いのかもしれない。
ただ、物語の中ほどで引用される小説がやや長くて、そのあたりから読む速度が停滞した。
『均ちゃんの失踪』、『桐畑家の縁談』、『平成大家族』、この3作で描いたくらいの世界が、
物語の広がりとしてはこの人にちょうどいいのではないかと思う。
この小説のあとに出た『女中譚』も読んでおきたい。

山崎ナオコーラ『ここに消えない会話がある』(集英社)。
山崎ナオコーラの小説は…ちょっと困る。自己表現の「自己」と「表現」の間の距離があまりに近すぎて、
物語と言うより、作者の独白をえんえんと聞かされているような気分になることがある。
が、最近のナオコーラ作品の中では、これはなかなかよかった。
この人の書く「職場」は、おもしろい。同い年どうしなのにタメ口を聞く人と聞かない人、
だれにでも敬語の人、電話を切るときの「失礼します」だけが急に冷たくなる人など、
職場におけるちょっとした所作や会話で、人間がすこしずつあぶりだされていく。
よくわからないお伽噺調の短編や、こんな特別な私、をアピールした改行多用文章よりは、
はるかにいいと思う。
ただ、もしかしたらバリエーションはないのかもしれないな…ぎりぎりのところにいると思うので、
あまり尖らずに書いてほしいと思う。

こうして読んでいくと、1988年の『キッチン』による吉本ばななの登場というのは、やはり
おおきかったのだな、という感じがする。
吉本ばなな自身が融解して「よしもとばなな」になってしまったので、いまではあまり語る人もいないけれど、
どの作品も「初期吉本ばなな」を座標軸として、そこからどのくらいずれるか、どのようにずれるかに、
物語の起点や終点が、いまだにあるような気がする。
それはたとえば「いかにして人は純粋でありつづけるべきか」というテーマであって、
ここ最近の女性作家(定義がむずかしいけど、ここではいわゆる「文芸誌」に
掲載されそうな作家のこと)の作品は全体的に、このテーマの提示の仕方が
あまりにもわかりやすすぎるのではないかと思ったりする。
純粋もたぶん古びる。

あと、これと似たようなことを前にpippoさんと少しだけ話した気がするのだけど、
純粋であることと少女であることと、未熟であることとは、ぜんぜんちがうと思う。
おしゃべりのなかで「純粋」とか「少女」なんて言葉が出てきたら、
ちょっとその相手は信用できない。
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by mayukoism | 2009-10-06 06:36 | 本のこと