乃木繭子 本のある風景など。http://twitter.com/komayuko


by mayukoism
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2009年 08月 24日 ( 1 )

記憶する身体

背もひくく、瞬発力があるわけもなく、なにより中学時代は美術部だった自分が、
なぜ高校でバレーボール部に入ったかというと、学校案内にあったはずの
文芸部が見あたらなかった。
小学校からバレーをやっているというクラスメイトが、その魅力をとつとつと語るので、
いったいぜんたいなにがそんなにおもしろいものなのか、と仮入部したら、
意外と楽そうだったので入部した。初心者もいいところだ。

(よくもわるくもわたしにはそういった、他人にとって意外、というより、
自分にとって意外なことを、穴に落ちるみたいにぽろっとはじめたがるところがある。
他人を、ではなくて、自分をどれだけおどろかせられるか、という。
他人はそれをたぶん無謀とよぶ。)

ところが、しばらくして顧問がかわり、バレーボール経験のある先生だったので、
練習はガラリときびしくなった。くる日もくる日も、汗くさいサポーターを右ひざにつけて、
とうぜんバレーボールのうまくない、身体的にも向いているとはいいがたい自分は、
サーブとレシーブを中心に練習する。
コートにひとり入り、何分間か、あちこちにほうられるボールをひたすらひろいつづけ、
コートの周りをとりかこんだほかの部員が、がやがやとかける声がかたまって聞こえる。

ひろっているうちに息がくるしくなって、足が帆をはったように動かなくなるのに、
あるところから急にボールがひろえるようになる。
さっきは届かなかったぽとりと前に落ちるボールに、スライディングでゆびさきが触れる。
からだがなにかを記憶して、なにかをこえていく、目に見えるこの単純な変化は、
本の世界では体験することのない感覚で、それはそれでおもしろかった。

試合はずっと控えで、ピンチサーバーやレシーバーとしてときどき出た。
チームメイトに迷惑をかけるのがこわくて、どんな練習試合だってすこぶる緊張した。
全国大会の地区予選で、一度だけ連続でサーブポイントをきめたことがある。
ほんとうにうれしかった。
他校の体育館の高い天井と、ネットのむこうに扉がひらいていて、
外の植えこみが白っぽく見えたことを、おぼえている。

バレーボールのワールドグランプリを、ひやむぎを食べながら、見るともなく見ていた。
ルールも変わったし、解説できるほどの知識ももともとないから、ただ試合のゆくえを
目でおうだけなのだけれど、つよいスパイクがくる直前や、ブロックのあいだを
ボールがすりぬけた瞬間なんかに、いっとき息をとめて、からだ全体で
ボールの力をコントロールしようとする、あの集中の感じをふと思い出して、
けれど吸い込まれるように、もう消えている。
この感触は、ほかのスポーツを見ているときにはうまれない。

いわゆる「体育会的要素」は、皆無にひとしいほど自分のなかになく、むかしもいまも
やっぱりどちらかというと文科系だとおもうので、高校時代をバレー部で過ごした、
というのが自分でもちょっと可笑しいのだけど、あんなことはもう二度とないわけだから、
まあ、やっておいてよかったのかな、とはおもっている。
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by mayukoism | 2009-08-24 01:07 | 生活