乃木繭子 本のある風景など。http://twitter.com/komayuko


by mayukoism
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2009年 06月 06日 ( 1 )

他人の部屋

長い文章を読むのに読点が必要であるように、生活にも読点、のようなものが必要なときがある。
目覚めたときの身体の、あまりの重さをもてあまして、何年かぶりに仕事を休む。

休んだ日の部屋は、潔癖なまでに白い。
休んでしまっていいの、ほんとうは行けたのではないの、という正しい心の声を映しているみたいに、白い。
そしてカーテンのむこうにひろがる曇天は、部屋のつづきのように明るい。

出かけてゆく人を見送る。
前の晩から具合がわるくなり、そのまま他人の部屋で休むことになってしまった。
ゼリーなら食べられる、と言ったばかりに、何種類ものゼリーが冷蔵庫の中にある。
ぶどうのゼリーを、とりだして食べる。
スプーンをさしこんだときに、銀色を透かしたゼラチンが暗くひかるのを、はじめに見るのが好きだ。

他人の部屋は、にぎやかだ。
テレビも、さっきまでつけていたラジオも消した。
もうすこししたら音楽をかけようかと思うけれど、今はかけていない。
二重ガラスごしに、環七を走るトラックの音がぼんやり聞こえる。
でもにぎやかなのは環七のせいじゃない。
自分ではない人の部屋には、自分ではない人の生活が、当たり前だけれどあふれている。
生活が、目に見えない音になって、空気中にたえずひびいている。

学生のころ、2年近く、他人と生活したことがある。
線路沿いのアパートで、深夜でも早朝でも、列車が通過するたび揺れた。
そのとき他人と暮らすことに、外的な必然性ははっきり言ってなかった。
早朝のコンビニで、夏休みの保養所で、国語を教えるため知り合いの家で、そののち社員になり
倒産することになる書店でアルバイトをかさねて、食事をつくって洗濯をして、長めの小説をふたつ書いた。
そうやって「生活ができる」ことを、生活の理由にした。
意味はあとからつけくわえた。つけくわえた意味は、自分のなかでなんとなくまだ息をしている。

他人の部屋でその景色のとおさのことを思って、読みかけの本をひらいた。
体勢をかえながらずっと本を読んで、途中で歌詞のない音楽を聴きたいと思って、他人の本棚から
Duke Ellington『Money Jungle』をひっぱりだして、かけた。
「Very Special」の、イントロの行ったり来たりする感じがおもしろかった。
そのうち、読んでいる本に「デューク・エリントン」が登場してびっくりしたけれど、
このアルバムとは別のアルバムのようだった。
『Money Jungle』をくりかえしかけているうちに、昼間出かけていった人が帰ってきた。

夕ぐれどき、ベランダにあるエアコンの室外機の上に、ばさばさとつばさをゆらして鳩がとまった。
ときどきカーテンを開けて鳩を見た。シルエットの鳩は首を羽根の中にうずめてじっと動かなかった。
いつまでも動かなくて、知人が帰ってきてからも動かずそこにいた。
鳩がいるよ、と言うと、だからエアコンはつけないようにしてる、と言ったけど、ほんとかうそか、
よくわからない。寝る前にもまだいた。

翌朝、昨夜とかわらず胃はむかむかとしたけれどあまり考えないようにして、まだ眠っている知人に
お礼を言って部屋を出た。
エレベーターで降りながら、あ、鳩を見てこなかったな、と思ったけれど、降りだしそうな空を見て
そのまま忘れてしまった。

線路沿いのアパートは卒業してすぐに壊されて、そのあとにはきれいな公共住宅が建ったけれど、
あそこも間違いなく揺れるだろうと、電車で通過するたび思った。いまはもうめったに通らない。
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by mayukoism | 2009-06-06 01:37 | 生活