乃木繭子 本のある風景など。http://twitter.com/komayuko


by mayukoism
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2008年 10月 21日 ( 2 )

手元に、『文學界』2003年6月号がある。
これは特集が「サリンジャー再び 村上春樹」で、ちょうど『キャッチャー・イン・ザ・ライ』新訳を
刊行したばかりの村上春樹が、「訳者解説」を寄稿している。発売当時はもちろん、この特集が
目当てで購入したのだが、実はこの号にはもう一つ忘れられない作品が掲載されている。
それが「文學界新人賞発表」。受賞は絲山秋子『イッツ・オンリー・トーク』。

吉祥寺のサンマルクカフェで読んだ。たまたま巻頭だったので、なんということもなしに
読みはじめたのだけれど、正直、目当ての「訳者解説」よりも、この新しい作家の出現に
わたしは少しだけ興奮した。この人はいい、と思った。
政治と病、セックスと死。こうやって素材にするとありがちと言えばありがちなのだが、
素材の突き放し方に、この小説ひいてはこの作家固有の「唯一感」(辻原登)を感じた。
いいと思ったので、当時わたしの近くにいた小説好きな人たちに、この人の行方を
追っていこうと思う、と宣言した。で、今も追っている。

絲山秋子は物語作家ではない、とわたしは思う。物語作家とはなにか。ここではその小説の
なかで起こる出来事を語る、あるいは描写することに比重を置いている作家、とする。
絲山秋子が語ろうとするのは出来事ではない。その出来事を生きる人々の「存在」、
そのものを書こうとしている。「存在」を語るために、絲山作品に欠かせないキーワード、
それが「喪失」である。絲山作品の登場人物は、何かを強烈に失った場所から生まれている。

絲山作品の魅力のひとつにその「喪失」の書かれ方がある。失う失われる、ということについて、
女性作家の作品にありがちな陶酔や、もりあげや、過度な共感を促す甘い表現が
選択されていない。絲山はおそらくそれを、かなり意識的に排除している。「喪失」の前で
登場人物はクールに、時に滑稽にふるまう。そして、どうしようもなくうちのめされている。

共感を拒絶する「喪失」。
この、何もかもが失われてしまったように思える暗い場所で、登場人物はだれかに出会う、
あるいはだれかに再会する。それは現実には存在しない「だれか」であったりもする。
その邂逅をひとつのきっかけにして、「存在」の曖昧な手触り、のようなものを少しずつ少しずつ
回復させていく。この物語構造はどの絲山作品にもあてはまる。

そこに陳腐な「救い」を感じて、もしかしたら興ざめする読者がいるかもしれないとは思うが、
最終的に小さな、そしてシンプルな希望にたどりつく絲山作品のこの構造を、わたしは
ぎりぎりのところで支持する。なぜなら「最終的に小さな希望にたどりつくこと」こそが、
絲山作品の存在理由だと思うからだ。ただ、これはバランスとしてはあやういので、
これから先、たとえば「吉本ばなな」が「よしもとばなな」になってしまったような「転落」の
可能性はあると思う。どうかそうならないでほしいと切実に祈るばかり。

で、新刊の『ばかもの』(新潮社)を読んだ。絲山作品で、一等好きな作品は今まで
『ダーティ・ワーク』(集英社)だったのだが、これは誰彼薦められるような傑作というわけでは
なかった。むしろ傑作の前段階という感じだった。『ばかもの』は『ダーティ・ワーク』に
つらなる、『ダーティ・ワーク』よりも確実に完成された作品である。でも、わたしは、
絲山秋子はもっといけるし書ける、と(偉そうに)思っている。だから傑作とは言わない。

『SPA!』2008年10月21日号で福田和也が、『ばかもの』を絶賛して
「村上春樹を駆逐する存在になるんじゃないか」というような発言をしているけれども、
それはちょっと違うかな、と思う。村上春樹と絲山秋子とは、作家としての存在意義が
まったく違うし、いわゆる「文学」について、向かっている方向も異なる。
たぶん「それくらいすごい」ということを言いたかったんじゃないかと思うけれども、
そうやって乱暴に並べられてしまうことは、特に絲山秋子にとってあまりいいことではない。
絲山秋子をそんなところに置いてはいけない。絲山作品はもっと「個人」として読まれて
いいものだとわたしは思う。
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by mayukoism | 2008-10-21 20:11 | 本のこと

想像の地図

故郷に帰るひとを見送ったのち、鬼子母神の「御会式」へ足をのばす。
日蓮聖人の供養祭りである「御会式」は、日蓮の命日に合わせて
毎年10月16・17・18日に開催されるのだという。夜の闇に白い万灯が
ふわふわと浮かびあがるこの祭りの存在は、ついこないだ知った。

たくさんの屋台で迷路のようになった鬼子母神の境内を、偶然お会いした
Nさんの背中をたよりに歩く。焼き鳥の煙の向こうに見知った顔が見える。
さしだされたチューハイのプルトップをかしんと上げ、「なににパラフィンを
巻いてるんだか」などと言われているうちに、ひとり、ふたり、とさらに
知った人たちが集まってくる。頭の芯をふわふわとさせながら、
ここにいないひとのことを時々はぼんやりと考えたりもする。

東京郊外のH市で育った。
H市には「御会式」のような神社や寺が母体の祭りはない。
バス通りが土日の二日間歩行者天国になって、商店街沿いにずらりと屋台が
出るような祭りはあるけれども、実はほとんど行ったことがない。
ものごころついたころから、週末は本屋を営んでいる祖父母の家に行くのが、
なぜかわが家の習慣になっていて、すっぽかしてまでその祭りに行きたいとは
思えなかったためだ。

それでも「御会式」で、裸電球のあかるさにあふれた境内を歩きながら、
この風景をなつかしい、と感じたのは、件の祖父母の家の近くにあった
「八幡様」の秋祭りが、ちょうどこの「御会式」をこぢんまりとさせたような
お祭りだったから。このお祭りが毎年楽しみでしかたなかった。

とくにぺらりとしたプラスチック?の台紙に絵を描いて、それをトースターで焼くと
縮まってキーホルダーになる、というのが好きで、かならずいの一番にやった。
夢中になって色を塗るうちに耳鳴りのような喧騒が届いて、ほら神輿が来るよ、と言われる。
神輿が来ても子どもにはどうってこともないのだが、なんとなくそれが儀式のような気がして、
おとなしく見に行く。
こういうのもH市のお祭りにはなかった。

Mさんの「御会式」の話を聞いていると、ああ、ここで育った人なんだなあと思う。
Mさんの身体の内側に、この土地の景色がしっかりと根づいている。
幼いころ、思春期のころ、大人と呼ばれるようになってから、とその「景色」は
たしかな時間の流れとともに蓄積されて、生きている。息をしている。そんな気がする。

育ったH市を、故郷と思ったことがない。
いやだと思ったこともないけれど、なつかしいと思うこともあまりない。
近いせいもあるだろうけど、地元、という言い方も自分の中ではあまりしっくりこない。
故郷、というものをいままで感じたことがない。
ただ、今の自分のルーツだと思える場所ならば、少ないけれどいくつかある。
そのうちのひとつが、祖父母の(いまは祖母ひとりの)本屋のある街である。

故郷ってそんなに大切?と登場人物が発言する小説か随筆だかを、つい最近
読んだ気がするのだけど出典が思い出せない。
大切かどうかはわからないけど、うらやましいな、とは思う。
やがて「御会式」も終わり、故郷から帰ってきたひとが育った町の地図をもってきてくれた。
地図を広げて、ここに家があって、この川を毎日わたって学校に行って、ここに蕎麦屋が、
などと言うのをふんふんと聞きながら、自分のなかにもその「故郷」の地図をえがいてみる。
想像の「故郷」はとおく、ただどこまでも近しい。
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by mayukoism | 2008-10-21 04:39 | 見たもの