乃木繭子 本のある風景など。http://twitter.com/komayuko


by mayukoism
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みちくさ市とみちくさのこと

民家のガレージで本を売る。
家主の奥さんがあたたかい珈琲を出してくれた。
そう、朝はまだ冷えていた。アスファルトに灰色の影が広々とはりついていた。
もう少し日が高くなれば、とお隣のドンベーブックスさんと話す。
ドンベーブックスさん、楽しい方であった。自分の仕事とかなり関係の深い職業の方。
まん中にながじさんといずみさん。洋服をたくさん売っている。慣れている感じだ。
このガレージ班は、3店のカラーが少しずつずれていて、バランスがよい。
やがて、市がはじまったらしい雰囲気が通りをゆるゆると漂い、人どおりもみるみるうちに
多くなっていった。
人波のあいまに、ひっきりなしに知った顔が横ぎる。挨拶する。はじまったばかりなのに、
研ぎ猫さんが完売か!完売か!と言う。
ジャケットを脱いだ。日がまぶしくて、暑いくらいになっていた。

前日。
たいしたお手伝いもしていないのにラーメン、ビール、その他たくさん、をごちそうに
なってしまう。じつはまだ用意した本の半分以上の、値づけが終わっていなかった。
帰宅して、ひたすら短冊を書く。途中で短冊が少し足りないことに気がつき、本を厳選する。
知人はとうにベッドで眠っている。
短冊だけでよかったのだ。なのに思いつくとやらずにいられない。こういう仕事になると、
この身体は本当に眠らなくても大丈夫なような気がする。
しおりを作る。
ひさびさに取り出した水彩で看板を描く。
頭の中がすぱーく!すぱーく!と言っている。
そこで、寝ていると思っていた人がとつぜん、もう眠らなきゃだめだよ、と言った。
はっと我にかえって時計を見ると4時だった。

ほとんど寝ていなかった。
寝ていなかったのだけど、目の前の通りがあまりにきらきらとしていて、空が描いたように
はっきりと青くて、ぐんぐんと興奮していた。
昼日中一日、外に出ていることがひさしぶりなのだと気がついた。
絵本を中心に並べた箱がよくうごく。親子連れがのぞいていく。乳母車をうしろに置いて、
おとうさんが井上洋介の本をめくる。
これいいな、これすき?どうこれ、これ、おとうさんほしいなあ、おとうさん買ってもいい?
と、おとうさん、こころが完全に子どもを置いていってしまっている。
ここは図書館だから買っちゃだめだ、とくりかえす男の子もいた。
おかあさんが図書館じゃないよ、どうぞって言ってるんだよ、とくりかえしても、だめ、と言う。
しおりをあげる。笑った。ぜんぶもらってもいい?と言う。ぜんぶはだめ、と言う。
買った本にしおりをはさんで、帰っていった。

出会いと出会いのやりとりをしている、と思う。
同じように本を扱っている普段とは、やりとりのおもさがちがう。
心地よいおもみ。

日がかげって、ガレージはまた濃い灰色の穴になる。
ジャケットをはおる。
そろそろ撤収、の雰囲気が漂いはじめたころ、学ランの高校生が箱の前に立った。
午後になって在庫の減った箱に、知人が自分の箱の本を少し足していって、
その足したほうの本を見ている。庄野潤三。高校生、センスいいなあ。
もう終わりだから安くする、と言うとしずかにこちらを見る。しばらく逡巡してから本を差し出す。
短冊を見ると600円だった。500円でもいい?というとうなずく。
高校生、小銭を長いこと数えているので、だいじょうぶ?と聞くと、眉根を寄せながら笑って、
小声で、あと170円しかない、と言った。
いいから!と言ってもう100円を渡した。それが最後のお客さま。

途中、店番をちょっと代わってもらって、でもはじめから昼食を食べる気なんてなかった、
通りを駆けるように、各店をまわった。
欅の木の下で、瀬戸さんと武藤さんが店番をしていて、おーいと手をふられて、
1冊、目に入った本を買って、ガレージに戻ろう、と早足になったとき風が吹いた。
特別な風ではない。さっきから思い出したようにときおり吹く冷たい風だ。
その風が欅の葉をいっせいに散らした。かわいた欅の葉がくるくるとまわりながら、
青い空をななめに横ぎっていく。つぎからつぎへと。
ここでとまったっていいのだと思った。
ここで時間がとまったら、だれも帰らなくて済むし、だれもいなくならないし、欅は
いつまでも落ちつづける。空はいつまでも青くひらける。みちくさ市はいつまでも
みちくさをつづける。だからここでとまったってかまわないのに。
今日ならくりかえしてもいい、と思いながら、やたらにハイテンションなこの身体を
もてあましつつ、走ってガレージに戻った。

今日、カレンダーをはがす。
壁にはりついた最後の1枚はこころもとない。
みちくさが終わったら、いつのまにか12月がはじまっていた。
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by mayukoism | 2008-12-02 20:24 | 本のこと