乃木繭子 本のある風景など。http://twitter.com/komayuko


by mayukoism
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生活と言葉の速度

アンドウヒデユキさん(仮名)は背筋をのばし、その小さな身体から、意外なほど
大きな声で話しはじめた。

…わたしが合唱に出会ってから、60年の月日が経ちました。

そもそもきっかけは、父親が、素人ではありますが音楽好きで、のど自慢大賞などに
常連で出場していたことから、地元の合唱団に入団しました。
時は悪しくも第二次世界大戦のまっただなか、防空壕で軍歌を歌わされたことなども
ありましたが、歌はいつも、わたしの心を支えてくれました。

やがて敗戦をむかえ、父の故郷で開拓の生活がはじまりました。きびしい暮らしの
中でも、わたしは歌うことをやめませんでした。
高校へ進学し、そこででわたしは歌の師ともいうべき人に出会います。
それがタカハシナオジ先生(仮名)です。
タカハシ先生は、合唱とは心を合わせること、つまり合心である、と申されました。
先生の教えはいまもわたしの胸に生きています。

大学では合唱部に所属し、地元の合唱団設立にも関わりました。その仲間に、
のちに妻となるナカヤマミエコ(仮名)がおりました。
わたしたちは結婚し、4人の子どもをもうけました。結婚後もふたりで合唱はつづけて
おりました。おかげさまで子どもたちもすくすくと育ち、家庭では妻の伴奏で、全員で
合唱するようなこともありました。

長男が大学へ、長女が高校へ入学したころ、平穏なわたしの生活に最大の
危機が訪れました。勤務先の建築事務所が、煙草の火の不始末から
全焼してしまったのです。
苦しい経済状況のなかでしたが、わたしは歌うことをやめませんでした。
苦しいときわたしを支えたのは家族であり、合唱団の仲間であり、そして歌でした。

のち、会社は無事に再建し、わたしも家族も健康で今にいたります。合唱団も
設立50周年を迎え、老若男女問わず、歌が好きな仲間たちに囲まれて
わたしたち夫婦も歌いつづけております。わたしの合唱人生は、わたしの誇りです。
生命がつづくかぎり、わたしは歌いつづけます。それがわたしの願いです…


10月の月次報告書をまとめるのに手間どって遅く帰宅したわたしは、洗濯機を
まわしたり、ご飯を解凍したりしながら、こないだもらったラジオを聴いている。

以前はもっぱらテレビをつけていて、今でも時々つけるけれども、テレビは五感に
親切すぎるので、いつのまにか疲労が増長されていたりする。
ラジオはくたびれた頭にやさしい。ながら聴きなので、言葉は少し遅れて意味に届く。
ぼんやりと意味の川に身をたゆたえていると、突然だれかの半生が語られていて
びっくりする。えーと、だれだ、このひと。

芸能人とか、そういう有名な人ではない。言ってもたぶん地域で活躍しているくらいの、
全国的には無名な人である。そんな人物の半生語りがはたしておもしろいのか、
というとこれがおもしろい。妻の名前などがきちんと登場するところがまたすごくて、
聴きながら圧倒される。
はじめは真面目に聞いていなかったので、細部はほとんど創作ですが、
ここのところ読んだどの小説よりもおもしろい、かもしれないと思ってしまったくらいだ。


小説とは想像の力で、ひとりのひとの人生にどれだけ奥深くまで添うことができるか、
だと思う。
だからわたしは「いちばん好きな小説は?」という、到底答えようのない質問に、
かなりの頻度で「ジョン・アーヴィングの『ガープの世界』」と答える。
『未亡人の一年』も、『ホテル・ニューハンプシャー』も同じくらい好きだが、
あえて挙げるならガープだろう。アーヴィングと同じ時代に生まれることができて、
新刊を心待ちにできることはほんとうに幸福だ。

そんなアーヴィング級に好きな作家たちの新刊が、立てつづけに出てしまった。
購入。

『未見坂』(新潮社/堀江敏幸著)
『幻影の書』(新潮社/ポール・オースター著)
『いつかソウル・トレインに乗る日まで』(集英社/高橋源一郎著)

あっという間に社割で購入した図書カードが消えた。ひどい。もう少しばらけて
発売してくれればいいのに(でもうれしい)。
とりあえず『未見坂』から読んでいるが、『雪沼とその周辺』よりこちらのほうが
好きかもしれない。すべての景色に終わりが、ほのかにある。感想は後日。
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by mayukoism | 2008-11-04 12:41 | 聞いたこと