乃木繭子 本のある風景など。http://twitter.com/komayuko


by mayukoism
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空へと放りあげる言葉

考えなければいけないことがたくさんある。
休日や、退勤後の予定がことごとくうまっている。
締切のある仕事がつぎつぎ舞いこんでくる。
そのどれもが気乗りがしないもので、かつ多くの人を巻きこんで
(わたしは、ほんとうは、一人でできる仕事が好きだ)
やらざるをえないようなとき。

やはりどうしても小説を読みたがる。
それが一昨日、日曜の気分。

それで、休日の今日は雨の中、近くも遠くもない道のりを歩いて、
図書館へ向かった。
あ行の棚からゆっくり流して、すうっと入ってきた本を手にとっていく。
ぱらぱらとめくりながら、なぜ小説なのかを考えていた。

随筆の言葉はその向こうに書き手の姿を見てしまう。
言葉といっしょに作者の生活や嗜好や思想がくっついて見える。
そこに書かれている言葉は、どうしてもその書き手の所有物に見える。
読んでいる「わたし」の言葉にはとうていなりえない。

小説の言葉はもう少し書き手から遠い。
言葉は作者と読んでいる「わたし」の間で宙に浮いている。
わたしはそれを、その物語の言葉として読む。
そのとき、言葉はだれのものでもない。物語のためにある。

わたしは、たぶん言葉を、その言葉の意味だけで読みたいのだ。
言葉が意味する、感情なり状態なり景色なりだけを、純粋に抽出することで、
物語のイメージをなるたけ仔細に描く。
そのイメージの風景のことを、わがままに、わたしだけの言葉で思いたいのだ。
そうすることでわたしは物語を全身で経験する。
それはわたしをこの現実からはてしなく遠ざける。
その、遠ざかる作業こそがわたしにとっての「読むこと」だったのだ。
これまでずっと。
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by mayukoism | 2008-10-15 01:30 | 言葉