乃木繭子 本のある風景など。http://twitter.com/komayuko


by mayukoism
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本棚、豪雨くる、その他の出来事(前編)

あの日の話をします。
あの日とは前回の日記に書いた引越決行日の、夕方以降の出来事について
お話しします。

あの日、新しい部屋のガスは無事開栓され、わたしは滅多に乗らない急行に乗って、
いそいで部屋に帰りました。
わずかに残った荷物を要不要で分け、靴の箱を運び出しやすいよう紐でしばり、
ひととおり床拭きをすると、もうやるべきことはありませんでした。
前日、引越屋さんに確認の電話をした際、17時には着くようにスケジュールを
組んでますから、と比較的自信たっぷりに言われたのですが、時刻はすでに
17時半をまわっていました。
まあ遅めでよかった、ただし夜に会う予定の友人には多少遅くなる旨のメールを
しておこう、とわたしは空になったシングルベッドに寝転がりながら、メールを打ちました。
ああ、夕方になっても暑いなあ、と思いながらゆっくりと意識が遠のくのを
人ごとのように感じていました。

小さな音で電話が鳴っていました。はっとして頭上の電話をとりました。
電話に出る前にデジタル表示の数字が見えました。「1830」。電話はもちろん、
件の引越屋さんからでした。
今用賀なんです、とその人は言いました。
18時までの予定、じゃなかったでしたっけ、とねぼけながらも言うと、
はい、あの、前の人の引越が大変長引きまして、ほとんど荷造りがされて
いないような状況の方だったそうでして、実は本来僕たちはそちらに行く予定では
なかったんですが、急遽お伺いすることになりまして、なので申し訳ないんですが、
お客様のお荷物の内容を簡単におっしゃっていただきたいのですが。

わたしはとっさに、これは本棚について話すチャンスだ、と思いました。
約束の時間を過ぎたことで少なからぬ負い目が引越屋にはあるはず。
これは多少の無理を言ってもかなえてくれるかもしれないぞ、という
寝起きとは思えない、ずる賢い思いつきです。
大きめの本棚があります、わたしは言いました。
ぎりぎり入る、んじゃないかと思うんですが。
ほどなくして引越屋が到着しました。一人は野村宏伸(ふるい)、もう一人は
いまだ覚めやらぬ加瀬亮、といった感じの、なかなか感じのいい男子二人組でした。
だいぶ待ちましたか、と聞かれたので、ええまあはい、と答えました。

さて、滞りなく搬出が終わった時点で、時刻はすでに20時をまわっていました。
楽しみにしていたので、どんなに疲れていても友人宅に寄るつもりだったのですが、
赤ん坊のいる家だし、さすがにこの時間の訪問は不可能だろう、とやむを得ず
訪問の約束はキャンセルさせてもらいました。
クリームパンをほおばりながら電車を待っていると、ちと雨が、というメールが
知人から届きました。空を見上げると、薄い雲が若干かかっていましたが雨の
気配はありません。局地的なものかしらんと思いながら、雨はやんでほしいです、
という今思うとたいへんお気楽なメールを送りました。

新しい部屋の最寄駅にもうすぐ到着というころ、再び携帯電話がふるえました。
「ひゃーすごい雨」。わたしは慌てて窓の向こうに目を凝らしましたが、暗くて
よく見えません。やがて列車はホームへすべりこみ、ドアが開いたところで
わたしは呆然としました。扉とホームのわずかなすきまに、飛散した雨が
壁をつくっていました。
夕立にこの時間は遅すぎるだろう、とわたしは思いました。
そして引越にもこの時間は遅すぎる。

あと3時間早ければなあ、予定通りに引越屋が来ていればなあ、と
わたしは半ばぼんやりした頭の中でそう繰り返しました。駅近くの書店は
外に出られない人たちであふれかえっていました。この中のだれよりも
この雨がやむことを望んでいるというどうでもいい自信がわたしには
ありました。
ここを出るあいだに。
わたしは地下道をゆっくりと抜けながら思いました。
雨がやんでいるといい。
願いは予想通り打ちくだかれました。わたしはただの雨宿りの人みたいな
顔をして、ビジネス書の新刊を手に取って眺めたりしていました。
逃避行動です。



(後編につづく)
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by mayukoism | 2008-08-14 21:20 | 生活