乃木繭子 本のある風景など。http://twitter.com/komayuko


by mayukoism
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語りつづけて夜明けがきたら

ふと見えた背表紙を、本の山が崩落しないようにえい、と引っぱり出す。

見渡すと半径3メートル以内にはるかな本の尾根が、壁に向かって
ゆるやかに続いている。
こちらの山に手をつけるとあちらの山もゆれる。
背伸びをすると、ああ、伝説のクレバスも見える。あそこに落ちたら最後、
もう二度とその本には出会えない。
世界が終わって、すべての山がくずれてしまえばまた会えるかもしれないけれど、
それはこの山々の所有者と、今ここにいるわたしの危険をも意味する。
とりあえず地震は、せめてこの部屋にだれもいないときに来ていただきたい。

というわけで、人の本の山はいくら眺めていても飽きるということがなく、
先日はタイミングよくこの本をお借りした。

『それぞれの芥川賞 直木賞』(文春新書/豊田健次著)

文學界、別冊文藝春秋の編集長を経て、文藝春秋取締役も務めた著者の
芥川賞、直木賞回想録ですが、主に触れられている作家は3人のみ、
野呂邦暢、向田邦子、山口瞳についてである。この3人に興味のない人は
あまり楽しめない新書かと思う。

野呂邦暢の名前は『夜中の薔薇』(講談社文庫/向田邦子著)ではじめて知った。
『落城記』テレビ化についての短い随筆だった。

野呂邦暢氏の作品に惹かれたのは、私の持っていないものが
みっちりとつまっているからであろう。

〈『夜中の薔薇』所収 「楠」より〉


向田邦子が惹かれる理由を知りたくて、図書館で『草のつるぎ』を借りてみたが、
当時中学生のわたしにはやや作品世界がとおく、硬かった。
はじめて読んだのは本当に最近で、昨年の向田邦子展を見たあとに
やはり読んでおかなければならぬと思い立ち、図書館にあった『愛についての
デッサン』(みすず書房)を借りたのだった。

古本をめぐって出会う人すれ違う人、その軌跡が淡々と描かれている、ように
見えるのに、本を閉じると読んでいた自分が、どれだけこの物語に揺さぶられて
いたかがわかる。一文一文が研ぎすまされた刃物のような美しさで、いつのまにか
記憶にするりするりと入っている。これだけの張りつめた文章を書き連ねるのに一体、
どれほどの集中力を要するのだろうと思った。

それからずっと、野呂邦暢をまとめて読みたいなあと思っているのですが、
これがなかなか見つからない、あるいは売値が高い。『草のつるぎ/一滴の夏』は
講談社文芸文庫で出ているので持っていますが、なんとなくもったいぶっていて、
まだ読んでいない。

『それぞれの芥川賞 直木賞』では、第一章で野呂邦暢の豊田健次宛書簡を
中心に、野呂の芥川賞受賞までのさまざまな逸話が語られているが、この
野呂邦暢の手紙がとてもいい。小説に対しての、あるいは過ぎるほどの真面目さと
情熱がたえず語られている一方で、同業者の評価を気にしたり、原稿料の前借りを
お願いする、生活者としての作家の姿もかいま見える。

言いたいことが、そこにあれば文体なんかどうでもいいのだという平凡な理屈に、
つい先日、気がつきました。
内容空疎な表現ほど美文に流れやすい。ものかきは、ひたすら語ればいいのです。

(『それぞれの芥川賞 直木賞』所収「野呂邦暢の芥川賞ショーブ日記」
昭和四十五年十二月十二日の手紙より)


また、この新書の巻末には「芥川賞・直木賞データ」が付いていて、第1回から、
金原&綿矢芥川賞受賞の第130回までの両賞歴代受賞者を知ることができる。
初出や決定日、選考委員、なかでも他の候補作を知ることができるのが便利。
ええっ、この人のこの作品が候補にあがっていたのに受賞しなかったのか!とか、
この人このとき候補になっていたのか…とか、選考委員の顔ぶれを見ながら、
だれがどのように発言したのかを想像したりすると、また楽しめます。
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by mayukoism | 2008-07-22 06:18 | 本のこと