乃木繭子 本のある風景など。http://twitter.com/komayuko


by mayukoism
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小田急線雑考

深夜、改札をぬけるとかすかな雨だった。
惰性でスーパーに寄る。エスカレーターを降りると
うそうそとした野菜の緑であふれている。
薬味のパックをさがしたのだけど、なかった。
流れるようにデザートの棚、惣菜の棚をぼんやり見る。
惣菜の前を腰のまがったおばあちゃんが、はやく
買わないとぬれちゃうからね、ぬれちゃうからね、と
だれかに聞かせるみたいに呟きながら通りすぎた。
雨が降っているのは、知ってます。
なにも買わないでスーパーを出た。
ありがとうございました、と機械が言った。

新宿の駅で、ソルダムが転がっていたのだ。
かすかに赤味のある赤ん坊のこぶしほどの実が、
階段のほうへゆっくりと転げて、そばに白いビニール袋が
投げやりなふうに口をあけていた。
そばに立つ若い女のひとのまっすぐな背中は、肩にかけた
トートバックの中身をさぐっていた。
ソルダムはなおも転がっていった。
近くを通った同い年くらいの、やはり若い女のひとが
かがんでそれをひろった。
トートバックの女のひとは頭をさげてソルダムを受け取った。

遅れている各駅停車を待っていたら、前に並んでいる
ちぢれ毛の男のひとがものすごくのっていた。
ヘッドホンを手のひらでおさえて、前のめりになって
踊っていた。斜めがけのAIPの鞄がわたしの手の甲に
ばさりと当たった。隣に並んだスーツの男のひとは、
虫を見るみたいな目で見てた。
各駅停車が来て、彼は座席の端にいち早く腰かけ、
やがて眠ってしまった。
うしろから見たちぢれ毛には白髪がたくさんまじっていた。

本屋の店先で背の高い男のひとふたりが話していた。
ひとりがうぉーむ、と言った。
すぐにもうひとりがぅわぁーむ、と言った。
ぅわーむ?ともうひとりが言うと、
のんのん、ともうひとりが言って、
ぅわぁぁーむ、と言った。
本を探し終えてわたしがその店を出ると、ふたりも
まるでついてくるように歩きはじめた。
う、う、う、うわぁーむ。
ぅ、ぅ、ぅ、ぅわぉぉーむ。
ふたりともフレッドペリーの、色違いのポロシャツを
着ていた。改札を入って上り方面に消えていった。

スーパーを出て、自転車で小雨の大通りを抜ける。
傘をさし歩く人を追い越すときだけ、心の中で
実況中継する。
抜いた!またひとり、抜いた!
ああ、何もない町だ。
ここには何もない。
雨なんて降る予報だったかな。
どこなら何があるのかな。
さあ、暮らしというのは目に見えるたしかなものですか。
それとも文学からこぼれ落ちたそれだけものですか。
いずれにせよ、わたしはこれから東京のどこへ住もう、と
明日の朝もたぶん思いながら、同じ道を自転車で走る。
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by mayukoism | 2008-07-04 01:15 | 見たもの