乃木繭子 本のある風景など。http://twitter.com/komayuko


by mayukoism
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本当の自分の本当のところ

ここにいる自分がつねに本当なのではない。
酒席の途中で、あ、すいませんちょっと、と入ったトイレの個室の
扉をしめたなり、たとえばふいにそんな感覚におそわれる。
毎日ドトール飽きないですか、とそれほど親しくもない人に尋ねられて、
いや、短い休憩時間を迷うのに使うのがいやでね、などと言いながら、
なんだかうそを言っているような気分になる。
うそではない。うそではないけれど、わたしがドトールに日々
足をのばしてしまうことを、本当はあまりそんなふうに説明したくはない。
だからといって、重大な秘密があるわけでもない。(あるわけがない)
ただ、ドトールにひとりでいる時間というのは、意外とわたしにとって
重要なのかもしれないと最近は思う。

ここにいる自分がつねに本当なのではない。
なにかにつねにあこがれがある。
自分以外のなにかすべてにあこがれる。
自分の好みの人が、なにかにあこがれているのを見たり聞いたりすると
全身でそいつになりかわりたいと思う。
なりかわれないのでこうやって文章を書いたりもする。
そういうこころの、ひとつひとつを言葉にして吐き出すことはあまりない。
いや、全然ない。
なりかわることはできないけれど、あなたにとってきっといいものになるから!と
思う。思いこむ。思いこむことでなりかわりたい気持ちを昇華する。
昇華するために言葉にはしない。

だからここにいる自分がつねに本当なのではない。
本当ってなんだろう。
考える前にうごける力のことか。
泣きそうになったり、会いたくなったり、反射的にうまれるはげしい感情のことか。
それらを自然にかくして淡々と役目をまっとうする割り切った態度のことか。
わからない、どれでもいいな、でもいつも本当の自分、自分の本当でいられることは
たぶんないから、いまだ!というときに本当のところを伝えられるこころの準備は
いつだって真剣にしておきたいと思う。

読了。
『ぼくは落ち着きがない』(光文社/長嶋有)
長嶋有の物語は、読んでいる間に終わりが見えない。
結末がわからない、という意味ではなくて、なんていうか、終わる感じがしない。
生きていて、この世界がいつか終わるかもしれないことをうまく想像できないように、
終わりを思わない。
だからめくるページがなくなるとあれっと思う。あれー、終わっちゃった。
うまく現実に戻れなくて、なにかがどこかが物足りないような、そんな気分で
物語を思いかえす。長嶋有、全部読んでいるけどどれもちがう。とどまらない。
カバーの秘密も含めて、そこをうまく愉しみたいところ。

聴講。
『小林秀雄講演【第一巻】文学の雑感』(新潮社CD)
おそるべき「おじいちゃん」の言葉だ。
はじまりののらりくらりとした、まさに「おじいちゃん」の口調から、
どんどん定まり深まって、「小林秀雄」の言葉になるその声の軌跡。
これは折にふれて聴き返すCDになるだろう。
小林秀雄の語る「歴史」がすごい。正直、「歴史」をこんなに面白そうなものだと
思ったことはいまだかつてなかった。

歴史は岩波文庫の中にあるんじゃない。
歴史はきみたちの心の中にある。
(小林秀雄)
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by mayukoism | 2008-06-28 01:43 | 言葉