乃木繭子 本のある風景など。http://twitter.com/komayuko


by mayukoism
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向田邦子とさよならたち

ある日突然小さな包みが届いて、ひらいてみたら梅干しが
入っていたのでした。
差出人は1年まえに異動になった同僚。
何かしらメッセージがあるのだろうと、袋をひっくりかえして
ぱたぱたやってみたけれど、梅干ししか入ってない。

梅干し、あの、うれしいんですけど、なんで?
とメールを送ると、
近々手紙を書きます、本当は同封するはずだったんですが。
との返事。

今日その答えがわかった。

あまり人を尊敬したり、あこがれたりする、というよりそういうことを
声高に言うことをしないようにしているのですが、しいて言えばひとり。
向田邦子。
あの顔立ちと、あの人間くささと、うつくしい骨組みだけで
できているような小説と、ドラマのユーモア。そのうしろの暗闇。
あこがれ、というと少しずれる。
そんなに遠いものではなくて、ただあの人の意識をなぞっていたい。

彼女と向田邦子の話をなんどもした。
『家族熱』を朝の4時まで読んでいたことや、書かれた人も書いた人も
死者になってしまったときに読んだ『触れもせで』の不思議な淡さ、
口に甘栗をほうりこんでもらうこと、そのエロティシズム、マゾヒズムまで。

彼女の住む町で向田邦子展が開催された。
そこに「向田邦子の『う』の引きだしから」のコーナーがあり、「ハムとか
おまんじゅうとか」いろいろある中から、全部は買えないのでお財布と
相談して、梅干しを、「どうしてもプレゼントしたい気持ちがとまらず」
わたしに送ってくれたのだった。

手紙を書く
きみに宛てて書く
だが
ぼくが書く時
手紙を読む明日のきみは
まだ存在しないし
きみが読む時
手紙を書いた今日のぼくは
すでに存在しない
まだ存在しない者と
すでに存在しない者
とのあいだの手紙
それは存在するのか

〈『現代詩手帖1999年6月号 特集手紙』(思潮社)所収 「手紙」(高橋睦郎)より一部〉


この「手紙」という詩が好きで、ほとんどこれしか読み返さないのだが、
古い現代詩手帖を手放せずにいる。
全部抜粋したいのですが、長いので一部。
たぶんもう何かの詩集に入っているのじゃないかとも思うけど。

向田邦子をなぞりながら、彼女がわたしのことを思い出す。
思い出されているわたしは、思い出されていることなどつゆほども
知らずにあくびのひとつやふたつする。
わたしを思い出した彼女は、そのことを手紙と梅干し(!)にたくす。
彼女が封じた言葉がさまざまな時間を経てわたしに届く。
わたしは彼女が、わたしの知らないところでわたしを思い出して
くれたことを知る。
わたしがそれをありありと知るとき、でももうそこにわたしを思い出す
彼女はいない。
さよなら。
わたしたちはいつのまにか見えないさよならをくりかえす。
さよなら。
今はもう存在しないペン先へ意識を飛ばしながら。
さよなら。
そこからこぼれ落ちた言葉に意識をあわせながら。

やたらと大きい封筒の中には、向田邦子展のちらしも同封されていた。
まだ若いころの向田邦子のすました笑顔だ。
眺めながらスーパーで半額になっていた餃子をあたためて食べた。
さよなら餃子。
さよなら今日の日。
さよならあなた。
また明日。
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by mayukoism | 2008-06-15 01:06 | 言葉