乃木繭子 本のある風景など。http://twitter.com/komayuko


by mayukoism
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川をわたる

お茶の水橋をわたる。
朝なら丸ノ内線を降りた人々と、中央線を降りた人々が橋の上で交差する。
雨の日は傘が触れあう。舌うちは聴こえないふりをして歩く。
神田川は、ゆっくりと動く。流れ、というよりは風にゆらめく縮面のように、動いている。
アーチ型の聖橋のむこうに、玩具のような小さな橋が見える。
小さな低い橋の上を、赤いラインの丸ノ内線が行きかう。
地下鉄が、クロールの息つぎのように、わずかに地上に顔を出す時間だ。
わたしは、神田川をわたる丸ノ内線を見るのが好きだ。


雑司が谷に越してから、ずっと丸ノ内線で仕事にかよっている。
始発である池袋駅から乗車し、御茶ノ水駅で下車するので、神田川をわたる丸ノ内線は、
いつだってお茶の水橋の上から眺めるだけだ。
憂鬱な朝も、気あいの入らない昼も、小さな丸ノ内線を見やりながら、お茶の水橋をわたる。
わたりながら、会社員、というカーディガンをとりあえずそっと羽織っている。
川のうえの空はひろい。
とおくに電気街の看板の群れがあり、背中に病院の窓の羅列を感じる。
カーディガンは暑くなればいつでも脱ぐ。そうして今日も玩具のような丸ノ内線が橋をゆく。


だから、ごくたまに神田川をわたる丸ノ内線に自分が「乗る」ときは、すこし身構える。
あの、お茶の水橋の上から見る息つぎに、いまから自分が登場することが、頭の中でうまくなじまない。
乗車していると、川をわたる時間というのは、あっという間に終わる。
斜め上の中央線の車両と、縮緬の川面にはさまれて、窓の景色がプレスされていく。
慣れない景色に、いま丸ノ内線で川をわたるわたしのほうが空想で、
ほんとうの自分は、ぼんやりとお茶の水橋を歩いているのではないか、と思う。
物語の中の登場人物ってこんな気分なのかもしれない。


やがてシャッターを切るように暗闇がおとずれ、丸ノ内線は地下に入った。
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by mayukoism | 2012-05-26 03:42 | 言葉