乃木繭子 本のある風景など。http://twitter.com/komayuko


by mayukoism
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しかるべき場所

深夜に放映していた「ARTはアーホ!」(フジテレビ)という、絶望的なネーミングの番組を
ぼんやりと観ていた。
「現代アート」と呼ばれるものをまず疑ってかかってしまうので、かなり冷めた心持ちで
眺めていたのだけど、ひとりだけ、「回転アーティスト」として登場した方の、高速回転する「桃」と、
碁盤の上でふたつだけ高速回転している碁石、という二つの作品はおもしろいな、と思った。
高速回転なので、凝視しないと桃も、碁石も静止して見える。
桃は静物画のような構図(と言ってもテーブルに三つ並んでいるだけなのだけど)で、
回転することで静物画に「動き」が生まれ、「時間」が生まれる、というような説明だった。
ただ、それが「アート」なのか、と言われるとよくわからないし、そもそも「アート」って何だ、という
ありがちで壮大な流れになるとおおごとなので、そっちにはいかないことにして、
番組で紹介されていたような「作品」群が、いったいどのようなかたちで「アート」と見なされ、
だれによって「アート」と認められたのか、制作者もすばらしいが、おなじくらいそれを
「アート」と名づけ、ひろめてみせた人もすごいのではないか、と思ったのだった。


2012年上半期、自分の中で衝撃的、と言ってもいいくらいの出来事がはやくもふたつあって、
ひとつは五つ葉文庫のごっぱさん=古沢和宏さんによる『痕跡本のすすめ』(太田出版)の登場、
もうひとつは古書往来座に勤めるマドンナ店員、のむみちさんによる「名画座かんぺ」の創刊である。


ごっぱさんはわめぞのイベントの打ち上げで何度かお会いしていたし、「痕跡本」についても
すでに周囲ではひろく認知されていた。
機関銃のようにしゃべりまくる痛快なキャラクターと、ハットの似合う「貴公子」然とした見た目の
ギャップが素敵で、わめぞをとおして出会った数々の強烈な人物のうちのひとりであった。
『痕跡本のすすめ』が刊行されると聞いたとき、勤務先の書店でも置かなければ、と思い、
営業担当の方を呼びつけて(!)、配本をお願いした。
自分の感覚よりも、正直にもうしあげてすこし多めの希望数で注文した。
それはひとえにごっぱさんを個人的に存じあげていたからで、すこしでもお役に立てれば、と
思っただけのことだった。
まさかこんなに注目される本になるとは思っていなかった。予想以上だった。
おもしろい、けどこれはどんな人が買うんだろう、古本好きともまた違うだろうし、と思っていた。


のむみちさん、は古書往来座のブログ「往来座通信」内で、のむみちさんが観た映画を
紹介する「のむみち通信」がもともと好きで、現実ののむさんからもあふれる朗らかさと聡明さが
奇跡的なくらい心地よくまとめられたこの文章は、おそらくもっと広い場所に出ても、
十分に需要があるだろうなあ、と思える質のものだった。
やがてのむみちさんは、北條一浩さんが編集長をつとめるフリーペーパー『buku』にて
映画の連載を開始するのだけど、終刊のためあえなく終了してしまった。
それからしばらくして、彗星のように「名画座かんぺ」が登場したのだ。
「名画座かんぺ」は、いわゆる「名画座」と呼ばれる映画館6館の1か月の上映スケジュールを、
のむみちさんが手書きで!書きしるし、往来座店長の瀬戸さんが版画で表紙を刷り、
そのペーパーをコピーして、8つ折にしたものをなんと無料で配布しているのである。
この「名画座かんぺ」はTBSラジオの人気番組「ライムスター宇多丸のウィークエンドシャッフル」の
名画座特集にて紹介され、みるみるうちに注目の的となっていった。


わめぞ、の周りにはとにかくいろんな才能のある方がいて、文章や写真や絵や音楽や、
そういったものを生業、あるいは副業にしている方も多い。
そういった方々が精神をはりつめてはりつめて、「仕事」をなしとげようとしているのを見てきた。
それはすごく正しいことだと思う。
そうでなきゃいけないと、いまも思っている。
が、それだけでは足りないのだ、ということをごっぱさんの『痕跡本のすすめ』と、
のむみちさんの「名画座かんぺ」の登場によって、かなり痛烈に感じた。
才能を、しかるべきやり方で、しかるべき場所に「届ける」こと、それもひとつの「才覚」で、
「仕事」のひとつなのだ。


たとえば「名画座かんぺ」は、プロがPCで打ち込むことなんていくらだってできるだろうし、
そうしたサイトを作ってHPで紹介すればそのほうがはやい、そんなことだれだってわかる。
でも「名画座かんぺ」はあの形でなければ、こんなに注目されることはなかっただろう。
映画にくわしい人だってきっといくらでもいるのだろうし、映画館の人がつくることだって
できたはずなのだ。
でも、「名画座かんぺ」を作ったのは、古本屋ではたらく映画好きののむみちさんで、
のむみちさんはそれを手書きで作成することを選んだ。
たぶんそれがのむさんの考える「仕事」で、それ以外のむさんは考えていないだろう。
そして、「名画座かんぺ」は、もしかしたらのむさんが想定していたよりもずっと遠くに
「届いて」いった。


痕跡本にしろ、かんぺにしろ、そんなふうに、もともと自分の知っていた人たちの「才能」が、
さまざまな人たちの手によって、するすると引きあげられて遠くまで飛んでいくのを、
間近でつぶさに見ていて、ああ、こういうことなんだなあ、と思った。
こうやって人は表に出ていくのだ、と月並みな言い方だけど目からうろこが落ちるように知った。
しかるべき才能を、しかるべき場所に。
当人がなにを目指すかにもよるかもしれないが、「努力する」「がんばる」「根をつめる」だけでは
届かない場所が、どうしたってあるのだ、と思ったのだった。
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by mayukoism | 2012-05-05 23:51 | 言葉