乃木繭子 本のある風景など。http://twitter.com/komayuko


by mayukoism
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ぬばたまの髪は乱れて

女の髪とは、情念だろうか。
5年ほど前に、わたしは情念をばっさりと断ち切ってしまった。
以来、髪をのばしていない。


この髪形をいいと言ってくれる奇特な方がいくらかいるので、というのは
わたしの髪は生まれつき多く、ふとく、黒く、妙なクセまであって、
生まれて数カ月の写真などは、すべて髪がモヒカンになっており、
ようするに、数あるコンプレックスのうちの一つなのだ。
かつて三つ編みにしたポニーテールを「綱ひきの縄」とひっぱった男子よ、
きみをわすれまじ。
ジーン・セバーグもナウシカもとうにあきらめたころ、この困った髪を
うまくまとめてくださる美容師さんに、たまたま出会ったのだった。


髪形を変えたことに気づかない異性を、女がたぶん忘れないように
髪形をほめてくれた異性のことも、女は忘れない。


その美容師さんと、ここしばらく予定が合わなかったが、先日ふたたび
髪を切っていただく機会にめぐまれた。
切る人によって、こうも感触がちがうものか、と思う。
シャンプーひとつとっても、地肌につたわる感触から、
洗ってくれる人の性格や、今日の気分を妄想できる。
洗うほうも、想像しながら触れるのだろうか。
相手のことをなにも知らないのに、触れさせている。
あずけている。


切ったばかりの毛先から、過去への情がいっとき、滴りおちる。


向田邦子の随筆『浮気』(『霊長類ヒト科動物図鑑』(文春文庫)所収)には
いきつけの美容院を移る話が出てくる。
新しい美容院から、ふたたび元いきつけの美容院に戻ると、

「前と同じでいいですか」
といいながら、髪をさわる。久しぶりにうちに帰ったような、安らかな気分になる。
それでいて新しい店の人に済まないなとチクリと痛いものもある。
長い間浮気していた夫が、二号さんのところから本妻のところへもどったときは
こんなものかな、と考えながら目をつぶっている。
(向田邦子『浮気』より)


と「二号さん」「本妻」に例えて、この美容院の逸話のように、
女は毎日の暮しのなかで、自分でも気がつかないくらいの
「ミニサイズの浮気」をかさね、憂さばらしをしているのだと言う。
この情景は、同じく向田邦子の小説『胡桃の部屋』にそのままむすびつきそうだ。
家を出た父と、残されたはずの母が、外で逢いびきしているのを目撃した桃子は、
父親がわりを気どっていた自分を嘲けわらいながら、美容院へ駆けこみ、髪を切る。
そこである句を思い出す。

 胡桃割る胡桃のなかに使はぬ部屋
いつどこで目にしたのか忘れたが、桃子はこんな俳句を読んだ覚えがある。
たしか詠み人知らずとなっていたが、気持ちの隅に引っかかっていたのであろう。
 甘えも嫉妬も人一倍強いのに、そんなもの生れつき持ち合わせていませんと
いう顔をしていた。だが、薄い膜一枚向うに、自分でも気のつかない、
本当の気持が住んでいた。
(向田邦子『隣りの女』(文春文庫)所収『胡桃の部屋』より)


髪をばっさり切るとその「意味」を知りたがる輩が多い。
意味ではなく、髪を切る、という行為がときに必要なのだと思う。
本当のことを知りたくて、髪を切る。
本当のことを知ったから、髪を切る。


子どものころ長かった自分の髪は、ずっと母が結っていた。
そのころ女子のあいだでは、「編みこみ」が流行っていた。
休み時間、編みこみの得意なUちゃんに結ってもらったことがうれしくて、
帰るなり母に見せたところ、編みこみはできない、と怒ったような顔をした。
はっとした。
以来編みこみはしておらず、編みこみのやり方も知らないままだ。
下校する小学生の髪形をなんとなく見ることがあるけれど、
「編みこみ」の女の子はほとんどいないような気がする。
髪を結うUちゃんのなめらかな手つきを思いながら、
彼女はどんな大人になっただろうか、とぼんやり想像してみる。
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by mayukoism | 2012-03-31 23:50 | 生活