乃木繭子 本のある風景など。http://twitter.com/komayuko


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ソフトクリーム考現学

いかにしてソフトクリームを食べるか。

と、真夜中、友人たちと円い卓袱台をかこんでふと、そんな話をした。

ふもとから頂上へむかって、ゆっくりと低山をのぼるように食べる。
まずはコーンの手前で更地をつくり、終盤にコーンとクリームの一体化をめざす。
先をつねに「くるん」とさせ、小さなソフトクリームを作るように舐める。

暖房のきいた和室で、夏の食べものの話をしていることが少し、奇妙だった。

ソフトクリームをさしだされるとき、わたしはソフトクリームの後ろ姿のことを考えている。
くるくるとはなやかに着飾った女の子のような食べものだから、
この「くるくる」のいちばんいい角度をさがしてあげたい。
いちばんいい角度を見つけたら、そのうしろにはもちろんソフトクリームの背中があって、
背中はすこしだけ、無防備である。
虚勢をはることにちょっとだけくたびれてしまった、だれかによりかかりたい背中なのだ。

その背中を、なでるように食べる。

と言ったら、おそらくあらぬ誤解をまねくと思い、その夜は言わなかった。

ソフトクリームの「巻き」について考えるとき、そこには宇宙的ななにかがある気がする、
と言ったら、これもきっと困惑の表情をかえされる気がするけれど、
あの「巻き」からはすこし、メビウスの輪のような無限のにおいを感じる。

たとえばコーンがこの惑星で、クリームが宇宙で、いまもこの地上をみおろし、
高い場所からいつまでも「クリーム」を巻きつづけているなにものかがいるのではないかと、
直線で区切られた池袋の空をなんとはなしに見ながら、夢想することがある。
クリームはいつか巻き終えるのだろうか。
コーンの底はすこしたよりないような気がするのだよ。

夢想はどこにもうちよせない。
夢想は答えをもとめていない。
夢想は自給自足である。
だから、わたしは友人と卓袱台をかこんだあとの、いまみたいな一人の時間も好きだ。
夢想とは、頭の中で終わらないソフトクリームを巻きつづけるようなものだ。
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by mayukoism | 2012-03-24 04:46 | 生活