乃木繭子 本のある風景など。http://twitter.com/komayuko


by mayukoism
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夜の背表紙

本棚というもののない家だった。
読んだ本はもっぱら、学習机の下にある作りつけの棚に並べられた。
すると眠るとき、枕元からちょうど椅子の向こうの背表紙を眺めることができる。
その背表紙がこわかった。
ナツメ球の橙の暗さに目が慣れると、机の下の背表紙もゆっくり、はっきり見えてくる。
わたしがこわかったのは、伝記のキュリー夫人だった。
背表紙に赤いゴシックで「キュリー夫人」と印字されている、その下に夫人の小さな顔写真があった。
子どものころ、なによりもこわかったのが、そのキュリー夫人の背表紙だった。

子どもだったからか、その伝記を捨てるとか売るとかいう発想は、皆無だった。
ひたすら毎晩、キュリー夫人の落ちくぼんだ瞳と見つめあう恐怖とたたかっていた。
いちどだけ、「背表紙が見えないよう裏にする」という妙案を思いつき、さっそく実行したのだけど、
昼間のうちに掃除をしにきた母の手によって、背表紙はきちんと見えるよう揃えられていた。
引き出しや、戸棚にしまって見えないところに置くことも考えた。
が、目の前になくとも、そこにあの背表紙が「ある」ことをだれよりも自分が知っている、
たえられない、と思っていた。

ナツメ球のわずかな明るさは、闇を暗さに、光を白さに変えて、想像をどこまでも加速させる。
キュリー夫人の視線から目をそらしながら、一方でナツメ球に硝子玉を透かして見るのが好きだった。
硝子玉は光を内側にとじこめて、中の気泡を星のようにいくつも浮かびあがらせていた。
硝子玉のなかにわたしは入れなかったけれど、意識ならいくらでも入ることができた。
硝子玉の気泡のあいだを、宇宙飛行士のようにまわりながら、意識は泳いだ。
そのうち、暗い部屋で本を読むことをおぼえた。
暗闇でたどる活字は、昼間の活字よりも凛と尖って、その意味をすこし強くしているように見えた。

わたしは夜のキュリー夫人がおそろしく、小さな硝子玉の夜が待ち遠しかった。
キュリー夫人の伝記は、高学年になり不要だと判断され、他の本とともに廃品回収に出された。
大人になり、本棚のたくさんある職場につとめ、本棚のたくさんある部屋に帰ってくるようになってからも、
電気を消して、暗さに慣れた背表紙がぼんやり浮かびあがってくるのをつい待ちながら、
内容はほとんど覚えていないキュリー夫人の伝記のことを、いまも思い出すことがある。
そういえばいま、目の前に見える『夜中に台所でぼくはきみに話しかけたかった』(青土社)という
谷川俊太郎の詩集は、この背表紙をただ見ていたいために、ずっと持っているような気がする。






※本の検索サイト「スーパー源氏」から、件の『児童伝記シリーズ4 キュリー夫人』(偕成社)の
画像を見つけてしまいました。
http://search.newgenji.co.jp/sgenji/D1/?000107880993/


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by mayukoism | 2012-03-03 03:47 | 本のこと