乃木繭子 本のある風景など。http://twitter.com/komayuko


by mayukoism
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祖母の本屋のこと

齢90をすぎ、3坪ほどの本屋をつづけてきた祖母が先日入院した。

耳が遠いのに補聴器がきらいで、なのに不思議とお客様との会話は成立するので、
のらりくらりとつづけている、雑誌と漫画しかない小さな本屋だが、
さすがにここ最近はわたしの父が、定期的に店の手伝いをしていた。

その祖母が先日台所で昏倒したらしく、目覚めたら鎖骨が折れていたと言う。
手術するしか治る道はない、と言われ、手術なんてぜったいにイヤ、とだだをこねた祖母が、
ギブスをした腕の不自由さに、ひとりで風呂にもはいれやしない!と憤慨し、
手術を受ければギブスははずせると説得され、観念して手術をうけることにした。
が、同時に受けた検査でほかの部分に異常が見つかり、入院することになった。

祖母は「だまされた」「こんなはずじゃなかった」と文句を言いながら、
いちおうはおとなしく横になっていた。
たいくつでたいくつで、と言いながら休憩所までいっしょに歩いた。
ペットボトルに、さしいれたかまわぬの「しずくよけ」を巻いてあげると、はじめは、
自分で使いなさい、と言ったが、冷めなくていいかもね、と小紋を撫でた。

だから、祖母はだいじょうぶです。
緊急にどうにかなってしまうかもというような状況ではまったくない。

けれどあの小さな本屋が、自分が生まれる前からあり、ずっと通っているあの店が、
いま、閉まっていることがうまく想像できない。
もちろん、シャッターの降りている状態というのは何度も見ている。
そうではなくて、開ける人のいない状態というのが、どうしても信じられない。
もうすこし言えば、こわいのだと思う。

わたしは祖母の店で『よいこ』を読み『りぼん』を読み、『別マ』を読み『コーラス』を読んで生きて、
いま、因果なことに祖母の店の何倍も大きな書店ではたらいている。
本屋、あるいは本がある景色というのは、呼吸するようにすりこまれていて、
そのことがわたしの内側をまちがいなくささえている。
ご多分にもれず窮屈な思春期を通過した自分に、祖母の本屋がなかったらどうなっていただろうか、
と考えてみることもあるけれどつづかない。ない景色をうまくえがけないから。

ふと思うのだ。
祖母はもういちど、店を開けてくれるだろうか?

エロ雑誌ばかりが並べられるようになったあの店で、不親切な手書きの伝票と
商品をつきあわせながら、返品をつくるのがいちばん大変、と言い、
もう疲れたよ、もうやめようかといつも思うけど閉めてもなにもすることないしねえ、と
話していた祖母の本屋がいま閉じている。

そりゃそうだろう。
90すぎて、いくら小さいからといってもひとりで切り盛りして、それなりに
売上をあげているんだから、たいしたものだ。
わたしがやめたいくらいだから、もう疲れたという祖母の気持ちは、
ほかの家族よりはすくなくともずっとわかるつもりだ。

でも、何度でも店を開けてほしい。
手術が終わって、うごけるようになったら、どうかお勝手の見えるあのお店に帰って、
いくらでも何度でも、いつまででもわたしは祖母に、店を開けてほしいと願うのだ。
本屋はひらいていなければ本屋じゃないのだ。
だからはやくできるだけ元気になってください、と毎日祈る。
おばあちゃん、祖母不孝な孫でごめん。
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by mayukoism | 2011-10-06 03:55 | 本のこと