乃木繭子 本のある風景など。http://twitter.com/komayuko


by mayukoism
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ムトーさんのアトリエ

人が料理をする背中を眺めることができる。
あ、これはワンルームにおけるぜいたく、と思いながらムトーさんの背中を見ていた。

ムトーさんの細くながい脚の、右に左に重心がかかる。
んんーとか、あー?とか言いながら、ムトーさんはコピーしたレシピを幾度もながめる。
板張りのムトーさんのアトリエには、低い台所がついている。
背の高いムトーさんはすこし前かがみになりながら、ざくざくと長葱を切る。
一口コンロに、擦ったマッチで火を点ける。
外市などでいつか販売していた、ムトーさん作のマッチ箱だ。

大さじ1、とつぶやきながらムトーさんは甜麺醤の瓶に指をつっこむ。
豆板醤、豆チ醤も同じように指でべろりっとすくう。
パックのひき肉をざっくり半分、木べらで中華鍋に投入した。
手つきがおおざっぱなわりにはレシピどおりで、あらかじめ湯どおしした豆腐をくわえ、
ムトーさんはあちい、と言って中華鍋の手にぬれた布巾を巻いた。
中華鍋って噴火口のようだ、と思った。

部屋の一角は青いビニールシートでおおわれていた。
そのシートの下に、ムトーさんの仕事道具や描きかけの作品などがあるのかもしれなかった。
低い台所に、背を向けて描くのだろうか。
それとも台所に向かって描くのだろうか。
いや、台所に向かっては気が散りそうだから、横目に描くのかもしれない。
などと、どうでもいいことを想像した。

陳建一はえらいなー、と言いながらムトーさんお手製の麻婆豆腐をいただいた。
麻婆の素で作るのが麻婆豆腐だと思ってたら、陳建一のレシピがあって、
最初から作ってみたらすげーうまかったんだ、とムトーさんが言う。

でも、初めに作ったやつのほうがうまかった、と古書現世の向井さんが言う。
陳建一の店っていまもどっかにあるの?と古書信天翁のカンバラさんが言う。
もっと早く起きていればねえ、と古書信天翁のヤマザキ先輩が言う。
(ヤマザキ先輩はいちばん最後にアトリエに着いた)
わたしは同居人の隣にすわり、さくらんぼの茎を口のなかで結ぼうとしていた。
さくらんぼの茎はまずい。だれも結べなかった。

部屋のすぐそばで猫が喧嘩をはじめたので、ムトーさんは台所の窓を開けてにゃー、と言った。
窓際に並んでいた塩の容器が、シンクにぽちゃんと落ちた。

部屋の窓にはなぜかななめに吊られた電飾が、異なる色で順番に光っていた。
ときどき光が点滅するのを見ていた。
なぜ今日、この人たちがムトーさんのアトリエに集まったのか、よくわからなかった。
ただ、いまはこうして人に会っていたほうがたのしいんだな、と感じた。
想像よりも、現実の麻婆豆腐のほうがおいしいのは当たりまえのことだ。
ふむ、ふむ、と小さな台所を行ったり来たりするムトーさんの背中を見ながら、
たぶんなんかいつもより緊張してるんだよ、と向井さんが笑っていた。
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by mayukoism | 2011-06-16 04:01 | 生活