乃木繭子 本のある風景など。http://twitter.com/komayuko


by mayukoism
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澄子さんのこと

週にいちど、西荻窪の興居島屋の帳場にかよっていた。
三鷹の古書上々堂から、「出向」していた。
興居島屋の帳場は当時、高座のように売場から一段高くなっていて、
他人の家におじゃまするようによいしょ、と靴をぬいで上がり、
うすっぺらいf0178047_2217073.jpg座布団にすわって、日がかたむくまで店番をしていた。

帳場のCDデッキには、澄子さんがかけたと思われる「ふちがみとふなと」や、
「バートン・クレーン」など、聴いたことのないCDがたいていはいっていた。
ほかにもCDはたくさんあった、が聴ける状態のものがあまりなく、
それでもはじめはジャズやクラシックをかけたりもしたけれど、なにかちがう。
それで、澄子さんが入れたCDをそのままかけて、店番するようになった。

澄子さんと話をすることはほとんどなかった。
時間になると、小さいヘルメットをかぶった澄子さんがしずかにやってきて、
いくつか今日の店番の報告をして、それで終わりだった。
朝、店先に出したちゃぶ台や足ふみミシンの配置を、夕方の澄子さんが無言でさかさかとなおす。
すっきり見ばえのよくなった店先を見て、澄子さんのゆるがない美意識を感じた。

かけもちではたらいていた新刊書店に勤めることになって、古本屋バイトはやめてしまった。
ふたたびお会いしたのは、書店で企画したフェアのディスプレイのためだったか、
「ふちがみとふなと」のライブでだったか、よく思い出せないけれど、
澄子さんを見つけると、わたしはなんとなく反射的にあっ、と手をふってしまう。
澄子さんはまるい眼鏡の向こうの表情を、すこしだけゆるめてこちらを見る。

澄子さんが独立して、興居島屋の場所で澄子さんの店をひらく、という話を聞いて、
開店準備中の店の様子を見にいってみることにした。
日が落ちて、舗道にこぼれだした白熱灯のまるい光の向こうに、ほっかむりの澄子さんが動くのが見えた。
差しいれのビールをお渡ししてすぐに帰るつもりが、ふたことみこと話すうち椅子が出され、
平台の上の作業場がかたづけられて、気がついたらならんでビールを飲んでいた。

変わった?と聞かれたので、ずいぶんきれいになりましたね、と言ったが、
じつはもともとあった本を並べかえただけだと聞いて、へえっとおどろいた。
右の壁棚には単行本が並び、奥に図版、この並びは前と変わりないが、
人文書はわからないから少し減らしたの、わかるものを並べようと思って、と澄子さんが言う。
棚の上にはおなじみの「古本系シルクスクリーン」が、額装されて何枚か飾られている。

入って左の壁棚にはマッチラベルのシートがずらりとならび、
以前、澄子さんがスクーターにたくさんくくりつけて、大事そうに持ってきた古いお菓子の箱が、
棚の上にいくつか鎮座している。天井には、澄子さん作の「招布」がかわらずゆれている。
ほかにも、整理したら出てきたという大きな刻印機(邪魔だから捨てるよう言われたが捨てなかった)や、
定着液の匂いののこる16ミリフィルムのケース(六本木のごみ捨て場で拾った)を見せてくれた。

(ちなみに刻印機の印は、「PITIN」とデザインされているように見えるもの、
ケースに入っていた16ミリフィルムは12コマずつに切り離されて、「コンマ5秒の栞」として、
おそらくどちらもしばらくは来店記念に押したり、いただけたり、するかと思います。)

思えば店番にはいっていたころは、「出向」のかたちでの勤務だったこともあって、
ろくに自己紹介もしていなかったことに、飲みながらはじめて気がつく。
いまさらながら、上々堂でバイトすることになった経緯や、新刊書店の仕事のことを説明し、
澄子さんからはいまの住まいの話や、岡崎武志さんの『女子の古本屋』(筑摩書房)での紹介を
はじめは断っていたこと(自分が出した店ではないから、と)などを聞き、思わずやや深いところまで話す。

「なずな屋」という屋号は、お世話になった田村治芳さんの「なないろ文庫ふしぎ堂」から
「なな」をいただきたくて、はじめは「ななつ屋」とつけるつもりだった、が、
ななつ屋には「質屋」の意味もあることを知り、それはまずいからと「なずな屋」にした、
春の七草でからだにもいいし、と澄子さんは黒目がちの目をくるりとさせて言った。
屋号の看板は、「興居島屋」のときにお願いした知り合いに、ふたたび制作をお願いしたそうだ。

あ、看板は澄子さん作じゃなかったんですね、と言うと澄子さんは、
なんとなく看板は別の人に作ってもらったほうがいいような気がして、と言った。
なんとなく、でもとてもよくわかる、と思った。

いまでもたまに、あの帳場にまたすわりたい、と思うことがある。
柱時計がカチカチひびくあの場所にいたのは長い時間ではなかったが、
帳場にはいっていた「興居島屋」のころから、あの店はわたしにとってすでに「澄子さんの店」であった。
店先の本が澄子さんの手によってがらりと見ちがえたように、
あの場所は、芸術家としての澄子さんの意識や、誇りや、歴史に満ちていた。

そのような店の帳場にはいることは身のひきしまるような体験でもあったけれど、
澄子さんの感覚を「言葉」ではなく、棚やものなどの「目」で感じられることは刺激的で、おもしろかった。
店主を知ると、その店がまたたのしくなる。
1000円以下の本と硬質な文学書が勝負するように向かいあう「古書現世」や、
ぎっしりと本の並んだ棚の合間にこまかいしかけを発見する「古書往来座」のように。

帰りぎわ、千社札のような「微ニューアル」オープンのチラシを、封筒にいれて何枚かいただいた。
草色の封筒に、紺のスタンプインキで「紙モノ古本 なずな屋」の文字が、あざやかに浮かぶ。
本箱に車輪をつけた、と澄子さんが箱をさして、ちょっとうれしそうに言う。動くし、上に本も置けるのだ、と。
一人で準備は大変ですよねえ、と言うと、炎天下で車輪つけたりしてたらなんだかいつもより元気、と、
黒目をまたくるりとさせて、澄子さんはしずかにわらった。



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2010年8月21日 微ニューアルオープン!

紙モノ古本 なずな屋
昼12時~夜10時
火曜定休

〒167-0042
東京都杉並区西荻北3-31-6
03-6454-7834

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by mayukoism | 2010-08-25 22:01 | 本のこと