乃木繭子 本のある風景など。http://twitter.com/komayuko


by mayukoism
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肉のちから

頸椎の痛みどめ、歯の痛みどめ、頭痛薬、胃腸薬と部屋にいろんな種類の薬があって、
どれがどの薬だかわからなくなってしまった。
空気がしっとりと重くなるこの時期に、たいてい身体をこわす。
そして冷房でひえた腕をすりすりとさすりながら、この時期にひとつ年をとる。

不調が落ちついたところで夕方、いつもよりすこしいい服を着て部屋を出る。
中目黒の「ラ・ブーシェリー・デュ・ブッパ」という肉のお店で、
古書現世の向井さんといっしょに内澤旬子さんと逢うのだ。
もうまもなく告知が開始されるイベント(※発表されたらリンクはります)の打ち合わせに、
たぶん「とりあえずいっぱい食べる助手」として連れられて来た。

エゾシカの剥製がかがげられた階段を降りると、店内は壁一面に肉の塊が吊るされていて、
意味もなく歓声をあげる。ガラス張りの熟成庫だ。
自分の背の高さくらいありそうな肉や骨が、ガラスの向こうに明るく照らされている。
内澤さんとオーナーシェフの神谷さんが、肉の部位について話している。
聞いたことのない単語ばかりで、あらためて内澤さんの「屠畜」のことが頭をよぎる。

内澤さんが話すのは体験の言葉だ。
頭でこねくりまわした言葉ではなく、内澤さんがそのすらっとした手でがしがしと触れて、
そのすっと涼やかにひらいた目で見つめて、血となり肉となった言葉だ。
だから内澤さんの話す言葉にはなんの誇張も、余計な力も入っていない。
体験していない者は、ただ聞く。
むやみにうなずいたり同調できる言葉ではない。

それにしても、シェフの神谷さんが動物や肉の話を、顔をきらきらと蒸気させながら、
ほんとうに楽しそうに話すので笑ってしまった。
えー、いろんなコードに触れてしまう可能性があるので、あまり詳しく話せないけれど、
神谷さんの話を聞いた向井さんがとなりで、「首をギュッとね!」とつぶやいていた。

生ハムの盛り合わせ、と言ってもいままでに食べたことのあるものとはまったく違う。
羊の生ハムや鶏のレバー、鹿肉のチョリソーなど、食べたことのない肉料理ばかり。
一切れの味が濃い。
ひと噛みするごとに肉の香りがぱっとひろがる。
スパークリングワインが肉の後味をほどよく中和して、なんだか自分の体内で
難易度の高い技がつぎつぎときれいにきまっているような、はじめての感覚。

料理のさいごにでてきた肉の盛り合わせもすばらしかったなあ。
猪の肉や羊のソーセージや、お皿からあふれんばかり。
それぞれに食感も色も、味もなにもかもちがう。
噛みしめれば噛みしめるほど、内臓にしっかり溶けこんでいく。
ひき肉とマッシュポテト、その上にチーズをかぶせたものをパンにのせる料理が出されたときに、
つい手をのばしてしまうのを見た内澤さんが、
「炭水化物は控えめにするのがコツ」
と言ってくれたわけがよくわかった。肉の塊を3人で切り分けて食べる。

いつもは午前1時ごろまで混雑しているという店内が、おそらくワールドカップの影響で
3人以外いなくなった。
ブルーの鞄から内澤さんがノートパソコンを取り出し、育てていた豚の映像を見せてくれた。
神谷さんとお店のシェフの方たちも、ぐっと顔を近づけて映像を見ている。
自分自身の力だけでは絶対に来られない場所に、いま来ているなと思う。
そのことを単純にうれしいと感じる。
店内には内澤さんの、屠場のスケッチが飾られていた。



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by mayukoism | 2010-06-30 12:25 | 見たもの