乃木繭子 本のある風景など。http://twitter.com/komayuko


by mayukoism
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パンのある食卓

パンを焼くときだけ、トースターがこの部屋にないことをすこし後悔する。

いまのオーブンレンジにはたいてい「トースト」のボタンがついていて、
自動的にきつね色のトーストが焼きあがるようになっているけれど、
厚みによってパンの耳がかたくなったり、うまく水分がぬけずに重くなったりするので、
やっぱりトースターで焼いたトーストのほうがおいしい。

ときどき、パンをむしょうに噛みしめたくなることがある。
コンビニエンスストアで売っているような色とりどりの菓子パンではなく、
早起きのパン屋が大きなオーブンで焼きあげた堅い小麦のパンのかすかな塩味を、
頬っぺたいっぱいにわしわしと、できるだけ長い時間味わっていたい。

薄切りの食パンをかりかりに焼くのもいい。
小動物のように歯先でさくさくとかじりつきながら、脳内はバターの香りに満ちていく。
半分食べたらポタージュにすこしひたして、ふんにゃりともうあられもない姿になる前に、
そっと舌先でスープごとうけとめてあげる。

パンが食べたいとおもうときは、パンをこころゆくまで味わいつくしたいということであって、
パンをもとめるあまりに、食卓にパンしかない、ということがままある。
今夜もそうだった。
旅猫雑貨店のおむかいにある赤丸ベーカリーで、休日に購入した「上食パン」を、
ただかりかりとかじりたくて、1枚、もう1枚、と焼いてじゃがいものポタージュと
いっしょに食べたら、それだけで満腹になってしまった。

主食はたいてい白米で、外食でもライスのセットしか注文したことがない。
なのにときおりおとずれる、この「パン熱」はいったいなんなのだろう。
ひとつ、パンを食べていると頭のなかをよぎるイメージがある。

「何か召し上がらなくちゃいけませんよ」とパン屋は言った。「よかったら、あたしが焼いた温かいロールパンを食べて下さい。ちゃんと食べて、頑張って生きていかなきゃならんのだから。こんなときには、ものを食べることです。それはささやかなことですが、助けになります」と彼は言った。

『ささやかだけれど、役にたつこと』(レイモンド・カーヴァー著/村上春樹訳)


なぜ、と問うても理由の見つからないわるい知らせや、何もかもかみ合わずに
ただ疲弊していく時間が、こころの準備もないままにおとずれることがある。
そのくりかえしのために感受の土壌は痩せて、知らぬ間になにかを打ちのめし、
打ちのめしたことに自分が打ちのめされている。
そんな日はときどきくる。
わかっていても、わかっていなくてもときどきくる。

すこし、弱くなるとパンを食べたくなるのかもしれないな、と思う。
手のひらから手のひらへわたされる体温。
『ささやかだけれど、役に立つこと』はけっして愉しい物語ではないけれど、
そこにはたぶん物語でしか受けわたすことのできない希望のかたちがあって、
その希望のあまりのかすかさに、読みながらいつも立ちつくす。ただ立ちつくす。
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by mayukoism | 2010-02-13 03:42 | 生活