乃木繭子 本のある風景など。http://twitter.com/komayuko


by mayukoism
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北へ

りゅうせつこう、というひびきから、きらきらとしたイメージがふと頭をよぎったのだが、
雪をそこへ投げいれるのだと聞き、なるほど流雪溝か、と、廊下に貼りだしてある
「流雪溝利用当番表」を見ながら、道路のあちこちに壁のようにそびえる雪のことを思った。
いっぺんに雪を投げいれると溝はすぐにいっぱいになってしまうから、
家ごとに使用する時間が決まっているのだった。

カーテンごしに外を見て、やんだか、と尋ねる人がある。
カーテンをひらこうとすると、まだ降ってるよ、縦にうごいているもの、という返事がある。
しばらくながめていると、レースのカーテンをこまかく裂くように間断なくうごく白い影がある。
白さにはいろいろな白さがあり、白さにはまたさまざまなかたちの暗さがある。
その暗さのかたちをはかりたくて、雪を見る人はひとりひとり小さな窓をもつ。
その窓の前で、自分の息の白さのためにすこし黙る。

大きな川の大きな橋をわたる。
欄干にうめこまれた西脇順三郎の詩碑がある。
前を歩く人がその詩の校歌を歌っていたけれど、いまかすかなフレーズしか思い出せない。
雪野原にはさまれた信濃川の流れは、吸いこんでも吸いこんでも吸いこみきれないほど大きく、
その大きさと向き合うことでいっぱいになっていた。
夏に見た川とはちがう。夏の信濃川はおおらかだった。冬の信濃川は情熱的だ。情熱が流れをつくる。

他人の故郷で、昨年とおなじように屋根から雪の落ちる音を聞きながら、年を越えた。
自分が知るはずのなかった時間を、この町の景色やこの町の人の話から知ることができるのが、
いちいち楽しくて、細胞がすべてアンテナになる。
だから、なぜここにいるのだろうとはもう思わなかった。
2009年にできたこととできなかったことを頭の中で書きだしながら、ほんとうに大事なことを
まちがえないようにしようと思った。ほんとうに大事なことはそう多くない。



2010年は、こちらのブログと、わめぞブログの「雑司が谷白想」を無理のないペースで
定期的に更新したいと思います。
ここから見える人にとっても見えない人にとっても、自分にとっても、2010年が紆余曲折ありながら、
ふりかえればいい年になるように。
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by mayukoism | 2010-01-04 03:44 | 見たもの