乃木繭子 本のある風景など。http://twitter.com/komayuko


by mayukoism
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名前のない時間

パソコンのほの白い画面を眺めていると、こんなにも人と人とが、言葉と言葉とが、
かんたんにつながることができるようになってしまって、いったいわたしたちはいつか、
この世界にさよならを言って、きちんと死ぬことができるのだろうか、ほんとうに?
と、ときどき思ってしまう。
薄手厚手の服を何枚もかさねて、かたくなな冬の風と会話できる姿勢をとる。

昼食をオーダーしたあと鞄をあけると、いくらまさぐっても財布がない。
お詫びしてオーダーをキャンセルしてから、昨晩から今までの自分の行動を振りかえると、
なくなるはずはないとも思えるし、いくらでもなくなる隙はあるという気もする。
つまり、鞄以外のどこにあるのか、見当もつかない。

来た道を徒歩で、列車で戻りながら、財布がなくなったあとの世界を想像してみる。
煩雑な手続きの数々はめんどうだけれど、なぜか少しだけわくわくしている。
財布がないということはなんと不安で、なんと軽やかなことだろう。
全世界を部屋にして、このドアを開け放つことがわたしにもできるかもしれない。

財布はあった。
毛布の下になぜだか隠れていた。
見つかれば見つかったで、ほっとしてふたたび部屋を出ると、はじめに部屋を出たときに見えた
朝の直線的な光は消えて、もう、一日を閉じていくような午後の円い日だまりが
いくつもエントランスに落ちていた。

目にうつる景色のアイテムは変わらないのに、自動販売機の前で休憩をとっていたつなぎの作業員は、
もくもくと材木を肩にのせる仕事にうつり、さっきはいなかった不動産屋の主人らしき男性は
入口の鉢植えを見ながら、こんなものを植えたおぼえはないんだけど、胞子がきっと
風に吹かれてここにきたんだね、いつのまにか生えていて、という話をおばあさんにしていた。
おばあさんは後ろ手に大きくうなずいていた。
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by mayukoism | 2009-12-02 15:39 | 生活