乃木繭子 本のある風景など。http://twitter.com/komayuko


by mayukoism
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楽な服を着よう

楽な服を着よう、とおもった。

夜明け前の町をどこまでも歩いてもくたびれない靴を、
犬と同じ目の高さになるために地面に寝そべることのできるシャツを、
本がなだれたらかきわけてとびこえて、ひっぱりあげることのできるパンツを、

身につけよう。そうしよう。

そう思ったのは、ムトーさんが以前通りすがりに、ご飯がうまいよ、と言っていた
定食屋を出てからだった。

めくったら冬、と言いたいような冷たい雨の駅前通りで、トレンチコートのベルトを
しめ忘れたのだ。
こじんまりとした定食屋で、大きなショルダーバッグとコートのベルトをはずすのに
いちいち動きが大げさになっている気がした。
つややかな白米をほくほくいただいて、ごちそうさまでした、とお店を出たとき、
しめ忘れたトレンチコートのベルトが、水たまりに少しつかったのだった。
あっ、と思ったとき、広がったのはダメージではなく、はじけるような景色だった。

高いヒールのブーツも、細工のきれいなブラウスも、ステッチのうつくしいパンツも、
きらいではない、少しも。
身につければ低い背もぐーんとのびる。
けれどもいま、自分がしたいことはそこからだいぶ遠ざかっていて、わたしはたぶん動きたい。
はねたりとんだり、今日のような日はいっそずぶぬれになって、冬の雨のかたくなさを知りたい。

もう洋服で武装しなくてもいいのだと思った。
特定のだれかが気に入るような服を、顔色をうかがいながら着なくてもだいじょうぶな場所に、
もう来ているんじゃないかと、ふと思った。

楽な服を着る、ということは気をゆるめるということではなく、身ひとつでいつでも
走りだせる準備をするということ。

それでわたしはリュックを背負って、スニーカーをはいて、
雑司が谷のキク薬局ガレージにいるムトーさんとテクニシャン助手・王子と、
ガレージ扉に描かれているだろう未知の色彩を見るために、また雨のつよくなった
夕方の町へ飛びでたのだった。
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by mayukoism | 2009-11-18 04:30 | 生活