乃木繭子 本のある風景など。http://twitter.com/komayuko


by mayukoism
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きれはしのこと

まだ言葉になる前のきれはしのようなものが、
ひらひら、ひらひら、とあたまの中でひるがえっていて、
そのきれはしを言葉にうつそうとするとき、
そのきれはしに対して絶対的に嘘がつけない。

原稿を書きながら、自分のなかにそういうかたくなさがまだ残っていたことを知る。

つくづく自分は文章を書くのがうまいわけではない、と痛感する。
きれはしを言葉にしようとするとき、これだと思う文章に一発でたどりつけることは、
わずかなセンテンスであっても皆無と言っていいほどない。
だからすこしの文章を書くのに、途方もない時間がかかる。
イメージを何度でもあたまの中でひるがえす。
イメージと自分と言葉がぴったりとよりそうまで何度でもくりかえす。

本をあつかう仕事がたのしくないわけではない。
なにもないところから棚を作りあげたり、だれかのもとめている情報にたどりついたときは、
それはほんとうにうれしい。
本をあつかう以外の仕事にはたぶんつけないし、つきたいとも思っていない。

けれど、本をあつかっていればそれで済むかというと、商売は、ひいては書店はそうもいかない。
書店の規模が大きければ大きいほど、本をさわる時間は減る。
そうすると、自分がなんの仕事をしているのだったか、たまにわからなくなる。
真四角の計算機(しかもぽんこつ)になったような気分になる。

効率的な仕事ばかりしていると、自分の場合はなぜだか文章もうまくかけなくなって、
文章を書くために生活しているわけではないのだけれども、
自分の納得できる文章を書けないことほどくやしいことってない。
つくづく、わたしがほんとうにきちんと向き合って、向き合おうとできるのは、
文章と、これまでに出会った数人の、こころから好きな人たちだけなんだなあと思う。
今の仕事は、瞬間的にそういう気持ちになることはあるけれど、そこには含まれない。
だからと言ってどうあることもできないけれど、
ただ、そうなんだなあと、思っただけだ。
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by mayukoism | 2009-10-31 02:06 | 言葉