乃木繭子 本のある風景など。http://twitter.com/komayuko


by mayukoism
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想像の水母

あたまの中の、変な位置に変な向きのソファがあって、
なんでこんなところにソファがあるんだろう、
これをこちらの、もっとちょうどいい場所に、こうゆったりとすえつければ
それだけでほっと息がつけるのに、それなのに、

という感じの偏頭痛。
金木犀がおとといから咲きだした。

図書館で借りた池田澄子『あさがや草紙』(角川学芸出版)を読んでいる。
短詩型の作家の散文は、ことばの選びかたがすみずみまでこまやかなので安心して読める。

「おもうわよー」の話がいい。
あのですね、ある島ではわかれるとき「さようなら」とか「じゃーね」などとは言わない。
「おもうわよー」と手をふるのだという話。
あなたがここからいなくなっても、ここであなたをおもうわよー、という、
こんなにうれしい別れの言葉があるだろうか、という話。
もうあなたに会うことがなくても。

池田澄子は戦場で父親を亡くしている。
だからなのか、俳句も散文も、視界のどこかにいつも死がある。
けれどそこに悲哀というようなものは、安易には見えなくて、
日常の続きのように、あれ?そこにいたの?というような自然さで死がある。
世界を見る目とそれを表現する言葉が同時に存在していて、
この人はそのことを、誤解をおそれずに言えば、たぶんたのしんでいる。
言葉を生むことで、死者とおしゃべりをする。

ピーマン切って中を明るくしてあげた

想像の水母がどうしても溶ける

口紅つかう気力体力 寒いわ


『池田澄子句集』(ふらんす堂)より


すごい短詩に会うと、ただすごい、と言いたくなる。いま、言いたくなる。
すごいんだよ、これすごいんだよ、と興奮しながら話して、
どこかどういうふうにすごいの?と尋ねられて、
うーんと、としばらく考えてみたけれど、どんな説明も上手にすべてを伝えられない、
とにかく読んでみて、これも、あ、これもすごいのこれも、ほら、と、
やっぱりすごいとしか言えない。
それじゃあ小学生だよ、と言われる。
まるでばかみたいなのであった。
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by mayukoism | 2009-10-09 02:30 | 言葉