乃木繭子 本のある風景など。http://twitter.com/komayuko


by mayukoism
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ふるえるプリン

せまい路地に高い建物がつづくと、むこうの空がほそ長く見える。
ほそ長い空はいくつもの電線でざっくりと区切られて、
あそこがわたしの、
あちらの台形があなたの取り分。
紙を切るように、あたまのなかでひとひらふたひら、空を分けていく。

お昼ごろまでねむっていたけれど、窓からはいる風がさらさらと気持ちいいので、
あるくことにする。
駅前にある中華料理屋の、麻婆豆腐定食がおいしいので、また注文する。
テーブルの上の無料のゆで卵を見て、だれもかれもが「板東英二」と言う。
おわんに盛られたいくつもの卵は、なぜだろう、すこしこわい。
となりのテーブルの大学生は、ラッキー、と言ってくるくる殻を剥いていた。

知らない道。
いっしょにあるく人は、わたしの知らない道をよく知っている。
そして、どこにいても東西南北がわかる。
あれは人間に標準装備されている能力なのでしょうか。
だとしたらわたしは、人間でなくてなんなのだろう。
だってどこにも書いていないじゃないか。

眼をとじてあるくよう言われたのでしたがってみたが、行く先を見ずに公道をあるくのは、
あたりまえのようにおそろしい。
端のほうにつかまり、おそるおそるあるく。
あんまりこわいので、言いつけにそむいて目をあけてみると、
小さい建物のむこうに丸い屋根が見えた。
給水塔だった。

小さい建物は、幼稚園だ。
子どもの声は聞こえない。夏休みか。
作業服を着た大人がドリルを動かしている。
幼稚園のむこうには給水塔をかこむ公園があり、公園側から、丸いドームを見上げる。
ソフトクリームがおどろいたように、ぽた、ぽた、と落ちる。
大きい。

ちかくにきてみるとこんなに大きいのに、案外とちかくにくるまで気づかないのだ。
給水塔のふもとになぜか、出身大学の卒業生の作品集があった。
ひろってみると、本の下にいた蟻が、何匹かのろのろと動いた。
知らなかったなあ、と言い、そのあとにつづく言葉もなく見あげる。
とおざかってふりかえると、住宅のあいだに冗談のようにひょいと見えて、
ふたたびふりかえると、建物のうしろにもう見えなくなっている。

給水塔は昭和5年に完成し、いまも災害用貯水槽として使われているという。
あのなかで働くひとはいるのだろうか。
塔の水を見ていると、どんな気持ちがするのだろう。
あの水は、どこからくるのだろうか。
たくさんの塔の水は、塔の水として、いつまでそこにあるのだろう。

帰りしなに買ったプリンに、スプーンをさしこんで、食べながら来た道をもどる。
スプーンが容器の底にとどくと、香ばしいカラメルがみるみるあふれた。
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by mayukoism | 2009-08-29 02:44 | 見たもの