乃木繭子 本のある風景など。http://twitter.com/komayuko


by mayukoism
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夜中のカナカナ

明治通りからすこしはなれたアパートに住みはじめて、1年が経った。

このあたりは案外と木が多い。
少し歩けば鬼子母神もあって、色と音の洪水の池袋駅からは、想像できないようなしずけさ。
休日は、鬼子母神の「ふくろうベンチ」に、ときどきよいしょと腰かける。
なににもさえぎられず吹きぬけていく風の、行く先に心の目をこらしてみる。

アパートには金木犀の木が植わっていて、定食に添えられた割り箸、ほどのせまい庭には
槿の花が咲いている。
花が咲く家というのは、いいもの。

夕方すぎに、上司がとつぜん職場にあらわれて、往来座に行ってきたよ、と言われた。
まるで約束していたみたいな口ぶりだったので、なんのことかと混乱した。
ええっと?と尋ねると、せとさんと旧知の仲で(そういえばせとさんもそんなふうに言っていたっけ)、
所用があり往来座に寄ったのだとのこと。

あなたの話もしたよー、と言われた。
おお、自分の職場と往来座がこんなふうにつながるとは思っていなかったので、
勤務中にはあまり思うことのない、いろんな景色が自分の中になだれこんできて、高揚した。
人と人とが、場所と場所とがつながるのって、ちょっとこわいけど、無性におもしろい。

せとさんはほんとうにいい人だよねー、と上司が言ったので、うんうんとうなずいた。
往来座はほんとうにいい店、いつ行ってもだれかがなにかお話してる。
レジが混みだしたので少ししか話せなかったけれど、じゃあまた、と言って上司は早足で去っていった。

もうすぐ日付がかわる時間。
いま、たぶん近くの銀杏の木のあたり、眠らないアブラゼミが鳴いている。
ときどきはミンミンゼミも鳴く。たまにカナカナも鳴いている。
カナカナの声は、ピアノの鍵盤の、めったに触れない、いちばん高いシの音。
カナカナが鳴くのを、ひさしぶりに聞いた。

往来座と、鬼子母神と、夜中にカナカナの鳴きだす木のあるこの土地を、わたしは好きです。

帰ったら、ここのところ夢中で読んでいる林芙美子の、見たことのない傑作集が
机のうえに置いてあった。
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by mayukoism | 2009-08-14 00:01 | 生活