乃木繭子 本のある風景など。http://twitter.com/komayuko


by mayukoism
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あじのひらきのために働く、ということ

働く、ということを愉しもうとする自分と、逃げようとしている自分とがいつもいて、
ふたりの自分はときどき果てしなく遠ざかっていく。

目の前にやるべきことがあれば、それをなるたけ完璧なかたちで遂行しようと考える。
そのために必要な準備をして、ときには慎重に、ときには勢いでとりかかる。
それだけのことだ。それだけのことがつみかさなって、なんとなく巻きこまれている。
なんのためなのかよくわからない。
でもこれをつみかさねないと、暮らしていけないのだということはわかっている。
目の前の、たとえば650円のあじのひらき定食を食べたいと思ったとき、
食べるためには、あじのひらき650円分の余裕が出るまで働かなきゃいけない、
働くという行為でしか、いまの自分はこのあじのひらきと向き合えない、と知ったとき、
自分の中の「何もなさ」が、はじめておそろしくなった。それは28歳の夏だった。
その後、運よく縁のできた会社に入って、毎月決まった日数を働いて、
決まったお給料をもらっているけれど、いつまでたってもあの「何もなさ」は消えない。
人件費を減らされていくことに不満を言う人、自分の持ち場の大変さを主張する人、
さまざまな人の話を、真剣に聞かなければ、と思う。
ときには自分も従業員の代表として、そういったことを主張しなければ、とも思う。
でも、できない。
する気がおきない。
あなたが信じている「それ」はふいに消えたりもする。あなたが思うほど「それ」は
あなたのことを考えていない。そしてそこには、本当は「何もない」かもしれない。
「何もない」かもしれない、と気がついてしまったときのこわさと比べてしまうと、
会社の中で自分の立場を主張したりすることに、まったく真剣になれなくて、
そのときは真剣な人たちに申し訳ない、とも思うが、こればっかりは
もうどうしようもない気もする。たいがいの場面でけっこうひねくれている。

少女であるから純粋だなんてすこしも思わない。
不器用だから純粋であるとも。
世の中の大部分の人々が暮らしていくために働いていて、同じように暮らしていくために
自分も働いて、そこからでしか見えないものがきっとあるはずだと思った。
要領がよかったり、見栄をはったり、ずるがしこかったり、攻撃的だったり。
だからと言って純粋でないとは思えない。
それをしないから純粋であるとも思えない。
ただ、カーテンのついた一人の部屋からは見ることができないものを、自分の足で
見に行きたいとは思う。
それのひとつが働くこと、であるのだけれど、どうしてもアルバイトに注意をうながさなければ
いけない事態が起きて、別室でふたりまとめて教え諭す、ようなことが起きると、
茹ですぎたほうれん草みたいにくったりとくたびれたこんな夜は、もうこのまま一生
だれにも会いたくない、と思ったりもする。
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by mayukoism | 2009-08-07 02:40 | 生活