乃木繭子 本のある風景など。http://twitter.com/komayuko


by mayukoism
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Ne Chi Ga e Ru

目覚めたら洋服のままうつぶせになっていて、ああまたやってしまったと起きあがり、
ふと左の首すじがいたむ。顔を左にまわすことができない。
もう一度ただしい姿勢で眠ればなおるかしらと、淡い期待をいだいてあおむけになってみたが、
ふたたび目覚めてもいたみはとれない。
寝ちがえだね、寝ちがえだよ、と心の小人がささやきあう。ばかだな、と思う。

寝ちがえたのが月曜で、水曜の朝に目覚めたら首が石膏のようになっていて、動かない。
ほんとばかだな、と思う。
おとなしくしていればいいのに歩きまわったりするから。
パソコンを借りて、近所の整形外科をしらべる。たしかあのあたりにあったような。
初診受付は早いんじゃないの、と知人が言う。
それはそうかもしれないけど、けがは午前中にしとけなんてきまりないじゃん、と
いたみのあまり、いそぎんちゃくのようにきゅっ、とすぼまってしまった心で答える。
ふたつの病院に電話をかける。あとにかけたほうが、受付できますよ、と言ってくれた。

整形外科、というと昨年の秋のことをおもいだす。
ある日したたかに尾てい骨(正確には仙骨)をうちつけた知人が、青暗い救急病棟で、
おなじくらいの透きとおるような青い顔色をしていたことをおもいだす。
他人の「大丈夫」が、あのときほどあてにならない、と思ったことはなかった。
あれから、どこに行っても整形外科を見つけると、なんとなく記憶しておこうとする変なくせがついた。

名前を呼ばれて診察室に入る。
さまぁ~ずの大竹を全体にこじんまりとしたような先生だ。
体の向きをかえて、何枚かレントゲンを撮る。まぶしいけどがまんしてね、と言われると、
そのまぶしさにたたかいを挑みたくなり、必要以上に凝視してしまう。
しばらく光の残像が虫のようにのこって、くらくらと後悔する。

ふたたび名前を呼ばれて診察室に入る。
プリントされた骨の写真を、かしゃんかしゃんと光の板の上にはさんで、自分の骨のかたちを見る。
わかるわけもないのに、なにか不穏な影のようなものがないかさがしてしまう。
おいくつでしたっけ、と小大竹先生が言う。
34です、と答える。答えながら、おお、34かあ、と思う。

見てください、ここ、と先生が白いペンのようなもので指した、その先を見る。

頚椎というのはこう、
(と、先生は手を、ずいずいずっころばしのようににぎって、かさねる)
このように四角い骨がつながっているわけですが、34年もつかっているとですね、
頭というのは重いんです、ぴよっとこのへんが、
(と、先生はにぎった手の小指だけ伸ばす)
出てきてしまうんですよ、ほらこのへん。
(と、先生はふたたび写真をペン先で指す)

たしかに首の骨の写真の、何番目かの骨の接ぎの部分が、少しだけ出っぱっている。
これはかるーい頚椎ヘルニアですね、と先生はちょっとほほえんで言った。

あら。
あらら、名前がついた、と思った。
このいたみの感覚に名前がついてしまった。

34年も使っていると、と先生は言った。
もっと使えば、この首の骨はもっともっとすりへっていくのだ。
年をとるって、体を少しずつ少しずつへらして、ぽんこつにしていくことなのだなあ、としみじみ思った。
はじめて牽引(気持ちよかった)というものをしてもらい、湿布といたみどめをもらって帰り道、
自転車で近くまで来てくれた知人に、34年も使っているとぴよってこうやって骨が、という
ぴよっ、のところを見せたくて何度もやってしまった。
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by mayukoism | 2009-07-31 03:39 | 生活