乃木繭子 本のある風景など。http://twitter.com/komayuko


by mayukoism
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夏には夏のつま先

暑い季節になると、余計なものを脱いで、かろやかになりたいと思う。

他人とくらべたがるものさしだとか、やや大げさに脚色した出来事だとか、
言葉にしてしまったほんとうの欲望やなんかを、すべて高みへと放りあげて、
放りあげようとして、いつのまにかまた、余計なものをぶらさげていたりする。

「西瓜色のマニキュア」が出てくる向田邦子の作品があって、そのいきいきとした赤さを
想像の野原で思いこがれるうち、近い色のものを見つけて、思わず買ってしまった。
左足の親指にひとぬりすると、西瓜というよりも赤いほっぺの津軽りんごのようであったが、
ずんぐりとした指が、紅のそこだけ女の人になったようで、なんとなくのびをするように
ふんふんと深夜にひとり、足をのばしてみたりしている。

めずらしくきれいに塗れたのだから、やはり足の指の見えるサンダルが欲しいなあと思い、
セールにわきたつ百貨店へまぎれこむ。
靴はきちんとした上等なものを手に入れるべきだと、わかってはいるのだけれど、
ついお財布と相談して、ひと夏のことであれば、とそ知らぬ顔で値札をめくっていく。

ここさいきんの買物は、安価なものをいかによいものに見せるかというのが主題で、
同じ値段でも少しデザインのかわったものや、色づかいのきれいなもの、
なにより嵐の中をじゃぶじゃぶとしても、風合いのかわらない、タフな素材のものを
選ぶようにしている。折り合いのとれたサンダルを一足、購入した。
つまさきのところで合皮が交差した、赤い指のむきだしになりすぎないサンダルを選んだ。

そのサンダルをはいて、世田谷文学館まで自転車を走らせた。
日差しが肌に鋭角にささるのが、夏のようで、夏なので、わくわくした。

自転車は、区が貸し出しているもので、おそろしくかっこよく(紫色、かごの上に謎の
小さな車輪がついている)、おそろしくのりやすく(ハンドルがなぜか内向きにまがっている、
サドルのクッションがきいていない、もちろんギアなし)、長距離にはやや(思いきり)不向きの
「THEママチャリ」だったのだが、走っている間は、自転車の速度が気持ちよくて、
どこまでもこいでゆけそうな気がした。

前を走る知人がときどきふりむいてなにか言うのだけれど、ほとんど聞きとれない。
変な選挙のポスターを指さして笑ったりする。

世田谷文学館は「堀内誠一 旅と絵本とデザインと」展を開催しており、残念ながら
うわさの『堀内さん』は完売していたが、じゅうぶんに楽しめる展示だった。
トレーシングペーパーを、細いペン先の小さな字と小さな絵がちょこまかとうめてゆき、
線で描かれた地図にかさねれば、目の前に「堀内誠一のパリ」があらわれる。
「24時間営業の古本屋」や「昼間から夜のお姫様が立っている」という街角を指先でたどる。

3周くらい「堀内さん」を堪能し、ふたたび自転車を走らせる。
ボトルの「スーパードライ」を交差点で飲み干す。Tシャツが帆のようにひるがえる。

夕方の日差しはまるく肌をつつんで、ぼんやりくたびれた身体をますます火照らせる。
高円寺の「古楽房」に立ち寄ったら、王子が「焼けてる」と笑った。
そんなに焼けてるかしらんと、蛍光灯のあかりの下で自分の腕を見てすこしぎょっとなる。
赤と白の境界がきれいにできている。知人はもっと、砂浜と海くらい焼けている。

帰ってきて、きつくなったサンダルを脱ぐと、つま先もサンダルのかたちに焼けて、
なんだかゆでたハムのような色になっていた。
赤い爪は朝より少しちぢんだ。
知人が、今日観なくてはいけないと言う『ローマの休日』を鑑賞し(前に観たときよりずっとよかった)、
ボイルドハムを横目にしながら、ドレスにつつまれた華奢なつま先を、夢のような気持ちで見た。

夏なら夏の日差しをあびて、冬には冬の日差しをあびて、ぶさいくになるならしかたないか、と
つま先は思った。
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by mayukoism | 2009-07-17 02:33 | 生活