乃木繭子 本のある風景など。http://twitter.com/komayuko


by mayukoism
カレンダー
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30

向き合う、ということ

仙台出品本の集荷から帰ってきた立石書店の岡島さんに連れられ、
イタリア料理のお店にはいる。
昼間に歩きながら食べたチョコモナカと、アメリカンドッグしか入っていない、
下流社会的胃袋がびっくりしている。それほどに美味。
うすい生地のシンプルなピザを、知人と3人でほおばるように食しながら、
冬におとずれた仙台で、「火星の庭」の前野さんにおしえていただいた
「ナプレ」のピザにも思いをはせる。

岡島さんの話を聞きながら、「わめぞ」のみなさんというのは、
つくづく商人でありながら芸術家であるな、と思う。

作り手を名のる武藤さんやpippoさんはもちろんのこと、
名のらない向井さんも、瀬戸さんも、「おれ、文章書くのだいっきらいだもん」とわらう岡島さんも、
わたしには作り手に見える。
それぞれのひとが、それぞれのひとにしかできない「なにか」を持っていて、
それは、世界で一つだけの…なんてなまっちょろいものではなく、
とぎすまされた集中力で「なにか」に向かった結果、ほんとうに特別な、
ものすごい「なにか」が、ぽろっとできあがっているのである。

奇妙なつながりで、「わめぞ」の周辺をうろうろとすることになったわたしは、
「わめぞ」のみなさんのなかで自由な身体をゆるめながら、こころはつねに高めている。
こころを高めていないと見えないものが、ここにはたくさんある。
そういう意味では、つねに緊張している。
自分の内側にある何者かと、つねにたたかっている気がする。

ちらり、とこのトークの話もでる。
Take off Book! Book!Sendai
いつものことながら書肆紅屋さんの的確なレポート。
当日聞けなかったわたしにはたいへんありがたかった。
つむがれていく歴史の中で、はたして自分になにができるだろう、と考える。
歴史は過去で、過去はかたちになって見えるから、かたちを提示されると、
もうなにもできることはない、という気分にもなる。

ここで働いていることに、なにか意味があるのだろうか?

仕事のときは、苦しいときも楽しいときも、そう漠然と思いながら、日々自分の棚と向き合っている。
本棚は自分の思想がまるごと反映されるから、向き合うだけでもきびしい。
きびしくて、見たくなくなることもたびたびある。

岡島さんと話していると、そういう「きびしさ」のことも素直に口にしてしまう。
岡島さんは、話せば話すほど、広く、ふかく、やわらかくなるので、わたしはうっかりと
どこまでも安心してしまう。
安心して、ごちそうになってしまった。
ふわふわしながら帰宅。
ふわふわしながら、仙台のために小さなかざりものをせっせと作る。

古本縁日 in 仙台。ほんとうにもうすぐ。
[PR]
by mayukoism | 2009-06-18 04:21 | 言葉