乃木繭子 本のある風景など。http://twitter.com/komayuko


by mayukoism
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まちがわないきらめかない陶酔しない

仕事をしていると、いろんな人の思惑が見えて、その思惑にいちいち答えようとすると、
どうしてもだれかがなにかが、影になる。
そこで自分をどう納得させるかだ。
これは、だれかとなにかの問題ではなく自分の問題だ。
なにをえらびとって、なにを満たすのか。
それを決めなければならない場面というのが、決めなければならない立場というのが
想像するより、意外ときつかったり。
たのしいだけでも、いっそいいのにね、と無責任に思ったり。

そうした日常のなかで、ちいさな場面をくりかえしまきもどしたりする。
部屋の窓をつたう何者かがいるような音がして、しぼりぞうきんのような気持ちで
ブラインドをあけたら、雨で育ったキンモクセイの枝が、2階のわが窓のふもとまで
のびていたのを見た夜のこととか、
今日の「古本酒場コクテイル 店長日記」(関東へ旅行)が、すばらしかったこととか、
自転車で坂道を猛スピードでおりて、ガードレールの手前であとから来る人を待とうと思ったら、
ちょうど左折してきたダスキンのワゴン車に、笑顔で「どうぞわたって」と言われちゃって、
わたらざるをえなかったこととか、

どうでもいいことばかり。
ぜんぶ過ぎていく。

過ぎていくものを、過ぎていくからいいんだなんて、知ってるみたいに言ったりしないで、
これ、どうにかのこせないのかなあ。
できたら言葉でのこせないのかなあ。
言葉ってそういうもののためにあるんじゃないのかなあ。
と、ふらふら渡る、五月晴れのお茶の水橋。
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by mayukoism | 2009-05-16 00:57 | 言葉